第五話 与えられたもの
ペラペラと辞書をめくっていたアリーたんが見ていたのは、フランス語の辞書であった。
チラリとオネェを見て、「ダームか……。うん、ありだな」とつぶやいたことでオネェは、「ちょっと、それって私の?えぇー……」と複雑な気分になっていたが、クララから「アリエス様が見ておられる辞書ですと、『淑女』という意味になりますね」と教えられて「やぁだ、もぅ〜」と照れていた。
少女につける名は悩むことなく「コメットだな」と決定し、可愛らしい響きに感じられたようで目と鼻を赤くして泣いた跡が残る少女は頬を緩めていた。
クララから「彗星のことですよ」と教えられたのだが、彗星が分からず困った顔をしていると、ルシオが「ほうき星なら分かるか?それのことだ」と、彗星が何か分かって目を輝かせた。
なかなか決まらなかったお姉さんの名は、「あー、うーん……。ルナールで良いか」と、ちょっと歯切れ悪く決まった。
クララは何から取ったのか分かるため困ったように笑うだけであり、お姉さんは「あの、ちょっと?何なの?良さげな名前に聞こえるけど、何か意味があるのでしょう?何から取ったの……?」と、少し不安げにしていたのだが、アリエスから「狐のことだ」と聞いて、ポカンとした顔をした後にケラケラと笑い出した。「まさに私のためにあるような名前ね!」と嬉しそうであった。
これにて名付けは終了し、盾役にオネェことダーム、精霊使いの補助役にお姉さんことルナール、後衛物理アタッカーに少女ことコメットとなった。
アリエスは満足そうに頷き、「やってみねぇと分からんが、補助が入った分だけ楽しくなりそうだな!」と、ヤル気満々である。
さすが、兄貴。高位の精霊より上だった。
コメットが持つ特殊スキルには「厄落とし」の他に、それとセットになっている「破邪の矢」というものがある。
厄落としは、コメットが「あっ、あの人なんか良くなさそう」という曖昧なものを感じ取ることができ、「厄よ、落ちろ!」と落とそうという意識を持ってスキルを発動すると使える。
破邪の矢は、コメットが敵だと思ったものに向かって飛ばすことが出来るスキルで、飛ばすものは魔力でも矢でも、大概のものならイケる。
つまり、コントロールなんぞ必要なく、必中なのである。
それを聞いたコメットは目と口をパカっと開いて、「ぇえ……?邪悪なものではない……?」と、放心してしまった。
「むしろ逆だ。邪悪なものを破るというか、コメットが敵だと認識したものに対してブッ放すことができるんだよ」
「ずっと……、厄を振りまき、邪悪なものを飛ばすものなのだと……、そう言われて、そう……、思ってきたのですが……、違うの?」
「違うぞ?まあ、スキルの説明だけを見てもイマイチ分からなかったのかもしれねぇけど、逆のことを教えられたっていうか、コメットの親は字が読めなかったんだよ」
「えぇ……?字が、読めなかったって……、ええぇ?」
辺境伯家の嫡男であった父を「字が読めなかった」のだと言ったアリエスにコメットは最初、困惑していたが、それが徐々に頭に浸透していくとジワジワと笑いが押し寄せてきた。
「んふっ、ふふっ、あははははっ!」
「なー?馬鹿だろ?字が読めなかったんだから」
「そ、そうでふ、んふふっ、あははっ、く、苦しっ!あははははっ!」
「おー、笑え笑え。しょーもねぇ親だったんだ。遠慮なく笑え」
泣いて笑って、たくさんの感情を溢れさせたコメットがうとうとし始めたので、そのままリビングのソファーで寝かせてやることにしたアリエスは、コテージの外へ出て、アマデオ兄貴の前で正座している精霊を見てゲラゲラ笑ってしまった。「お前ら、何やってんだよ!?」と、ひーひー笑った。
「ねぇ、ちょっと、アリエス様〜!どうにかしてよぉ……」
「んな、彼氏盗られたみたいな顔すんなよ」
「だってぇ〜……」
「ていうか、さすが、ロッシュの相棒だな!」
「勿体なきお言葉にございます」
何故に高位の精霊よりアマデオ兄貴の方が上なのかというと、彼はハルルエスタート王国王家に代々受け継がれてきた精霊馬であり、「誰と共に生きるかは俺が決めるぜぃ!」ということで、彼が契約する相手を決めており、契約していた相手が天寿をまっとうして契約が切れると、「たっだいまー!」と城へと帰ってくるのだ。
しかし、誰でも良いわけではなく、王家の血筋以外からは選ばず、今のお気に入りはロッシュなのである。
そんなアマデオ兄貴が何故にロシナンテに貸し出されていたかといえば、レベルアップのためだった。
長いときを王家で過ごし、精霊としての階位も上がっていたのだが、ロッシュが更なる高みへと上げるためにロシナンテへと預けていたのだ。
しかし、それをロシナンテの連中は自分たちのためだと思い込んでいたのだが、そんなことは一切なかったのだ。
古参の中には薄々その事実に気付いたメンバーもいたが、貸してくれるだけで有り難い話なので文句なんぞなかったのである。
ちなみに相手が天寿をまっとうして契約が切れたときだけ空を駆けて城へと帰るため、「あ、契約相手が亡くなったのね」ということが分かる。
契約しているときは空を駆けないというのが、アマデオ兄貴のこだわりポイントなのであった。
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