第七話 親の話

 ゾラと雇用契約を交わす前に、彼が勤めている林業組合へ辞めることを伝えに行かなければならず、その日のうちに林業組合の組合長と直属の上司に事情を話し、無事に退職することが出来た。


 組合長が冒険者所属パーティー"ギベオン"を知っていたので話が簡単に通ったところもあり、ゾラはその時になって初めて凄いパーティーに押しかけたのだと知った。


 ゾラと交わした雇用契約の内容はというと、簡単に言えば出来高のお小遣い制である。

これ、お願い。で、上手に出来たら「給料」が与えられる。キートと同じ扱いなのだが、既にお手伝いをしているキートの方が色々と出来る上に先輩だったりする。


 そんな状況であってもゾラは、「うわー、懐かしいなぁ。また後輩だよ、僕。しかも、息子の後輩!ふふ、なんだか不思議な感じがするよ」と、だいぶ能天気であった。


 住んでいた家は父親が契約して借りてくれていたので、ゾラがすることは必要なものを持ち出すだけであり、仕事も辞めて息子のそばにいると決めたこともあわせて伝えに行った。


 仕事が終わって話をして、それから報告に来るだろうとゾラの父親であるゼノはその日の夜は予定を入れずに家で待っていた。

そこへ先程の面々アリエスたちと共にやって来て、満面の笑みで嬉しそうに仕事を辞めたと報告した息子に頭を抱えた。


 「何故、仕事を辞めたりなんてしたんだ!!お前が林業組合へ入るのに、どれだけ方々に頭を下げて頼んだと思ってるんだ!?」

「は?何ソレ?『俺が頭を下げたことを台無しにしやがって』て、話か?あんた、父親としてサイテーだな」

「なっ!?君に親としての何が分かる!?……いい職に就くことがどれだけ大変なことか、冒険者にしかなれなかった君なら身に染みて知ってるんじゃないかな?」

「うわ、本性現したぞ」

「なんと失礼な人なのでしょうね。アリエスアリー様は自ら冒険者とおなりになったのであって、王族として生きる道もございましたよ」

「お、王族……だと?」

「ええ、王族でございます。アリエスアリー様は、ハルルエスタート王国現国王陛下の御息女様であられますから」


 ロッシュの凍てつくような視線と共に語られたアリエスの出自に顔色を無くすゼノ。

しかし、彼女の髪と瞳の色を見て「捨てられた王族」なのではないかという考えがぎったが、午前中に交わした話の中にあった「本来の名前を父親以外が呼べない」ということを思い出した。


 誰をおとしめるようなことを言ったのか理解したゼノは、脂汗を流すことになった。


 ロッシュの難しい言い回しをルシオが子供でも分かるように通訳してやると、キートは目を丸くして「アリエス様って、王様の子なの?」と、驚いた。


 「あれ?知らなかったか?私の父ちゃんは国王だぞ?しかも、すっげぇ美形」

「クイユさんよりー?」

「そうとも!というか、美形の種類が違う。どちらかといえばロッシュに近いって、ロッシュも国王の叔父じゃねぇか」

「おじ……、おじ、えぇ!?ロッシュさん、王様のおじさんなの!?」

「ほっほっ、そうでございますよ。国王陛下からは『叔父貴』と呼んでいただいております」

「おじき?」

「あー、キート。私の言葉遣いが荒いように父ちゃんも普段は荒いんだよ。だから、叔父貴って呼び方は真似しない方がいい。分かったな?」

「うん。あ、はい!」

「えらい、えらい」


 脂汗タラリなゼノを放置して和やかな雰囲気になっているところへ、ほわっとした声と共に割って入ってきた人がいた。

「あなた、お話は終わったかしら?ゾラに子がいたのですって?会わせてちょうだいな。あら?この子?まあ、幼い頃のゾラにそっくりだわぁ。はじめまして、おばあちゃんよ〜。あなたが、おかあさん?」

「は?いえ、俺は兄貴みたいなもんです」

「あら、そうなの。おばあちゃんの名前はサラっていうのよ〜。お名前言えるかしら〜?」

「……キート」

「上手に言えたわねぇ。えらいわぁ、そう、キート君っていうのねぇ」


 ルシオにあるのは立派な大胸筋であってオッパイではないし、どう見ても男性である。

めっちゃマイペースなご夫人が登場し、話し始めたら止まらない系であることが窺えたので、話が終わるまで控えているようにゼノが言いつけていたのも分かるといったところだ。


 あれよあれよという間にルシオから貰い受けてキートを抱っこしてしまったご夫人ことサラは、「あらぁ、おばあちゃんでは抱っこ出来ないくらい大きくなって〜。いっぱい食べて、もっと大きくならなくてはね!好き嫌いしちゃ、ダメよ?あなたのお父さん、ピーマンが未だに食べられないの。かっこ悪いでしょ〜?」と、ノンストップお喋りを続けているが、腕がプルプルしていたので、そっとルシオがキートを抱っこし直した。


 ア然としている周囲をよそにゾラだけは、「ちょ、そんなこと息子に言わないでよ!ピーマンが食べられなくても大きくなれるんだから!」と顔を真っ赤にしており、そこへスクアーロが「キートはピーマン食えるぞ?」と、ゾラをからかった。


 キートがピーマンを食べられるのは好き嫌い言っていられるような食環境ではなかったからであり、それを言える環境にいた父に冷めた目を送るのであった。


 サラが、キートとこれから暮らせるのかと聞いたところでゾラが詳しく説明すると、彼女は涙を流して「孫をもの扱いしないでくださって、ありがとう」と、アリエスに頭を下げ、息子であるゾラには「もう既に林業組合は辞めてしまったのだから、後戻りは出来ないわね。ちゃんと頑張るのよ?迷惑かけないようにね?出された食事は残さず頂くのよ?周りの言うことをきちんと聞いて行動しなくてはダメよ?」と、次から次へと小言のような心配をされる始末である。


 そんな様子にキートは「これだけ想ってくれる母親もいるんだね」と、母親というものが、あんなもの・・・・・だけではないことを知った。


 そして、それが自分にも向けられて、むず痒くなった。

心配される、気にかけてもらえるというのは、それだけで胸の中がぽかぽかするのだと、この日改めてキートは思ったのだった。


 


 

 

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