第六話 ゾラの話

 周囲が気を利かせてゾラを仕事から上がらせてくれたため、一人暮らしをしているという彼の家へと行くことにしたアリエスたち。

こぢんまりとした家の中は、男の一人暮らしという割にはキレイにしてあった。


 家の中は定期的に母親が掃除に来ており、昨日していってくれたばかりなのだと言った彼は、キートを産んだ女性のことなどを話してくれたのだが、ルシオの胸に顔をうずめているうちにキートは眠ってしまっていた。


 ゾラがキートを産んだ女性と出会ったのは、ハルルエスタート王国の王都だった。

彼は林業組合に就職したばかりの新人で、仕事を覚えるために先輩の後をついて色々と学んでおり、それで王都へとやって来ていた。


 思いのほか順調に仕事が進んだため先輩から自由時間を貰えたゾラは、王都の広場にある噴水へと足を運び、そこで泣いている女性に声を掛けたのが切っ掛けだった。


 誰かに聞いてもらうだけでも気分は変わるかもしれないよ。

そう話しかけて彼女が何で泣いているのかを知ったのだが、自分にはどうにも出来ないことだった。


 彼女は、妹が家のために売られていくのだと言い、自分は何もしてやれないのが悔しいのだと、そう言って更に涙を流していた。

話を聞いている間に自由時間が終わってしまったので、「何もしてあげられないけど、世の中、悪いことばかりじゃないから」と、飲み物を買って渡し、その場を去ったのだ。


 それから仕事でハルルエスタート王国の王都へとやって来ると、必ず広場にある噴水へ行くようなり、「マイラ」と名乗った彼女と何度か顔を合わせるようになった。


 しかし、そのうち姿を見かけなくなったので、元気にしているのだろうと思っていたが、そのマイラが赤子を抱きかかえて、身なりの良い男性に「あなたの子なの」と追いすがっていた。


 避妊していたのに出来るはずがないだろう、嘘をつくなと、男性は乱暴にマイラを振り払ったため、慌てて駆け寄ったのだが、どう見ても抱きかかえられている赤子がその男性の子には見えなかった。


 むしろ、そのソバカスだらけの顔をした赤子は自分の面影おもかげを宿しており、彼女に聞いてみたのだ。「その子、僕の子じゃないのかい?」と。

それに肩を揺らした彼女は、「違う!あなたとは、そんな関係になっていない!変なこと言わないで!!」と、走り去ってしまった。


 それからマイラと赤子を捜して一度だけ見つけることは出来たのだが、そのときも「違う、あなたの子なわけがない、勝手なこと言わないで!」と逃げてしまった。


 そこまで聞いてアリエスは、「そのマイラとかいう女と体の関係があったのか?」と尋ねたのだが、ゾラは身に覚えはないと言いつつも、一度だけ気がついたら知らない宿屋で寝ていたことがあったと答えた。


 「一服盛られたな。んで、そのときキートを授かったか。貴族か金持ちの男をつかまえようと手当り次第に関係を持ったが、そういうヤツらってのは必ず避妊をしているから、どれだけ頑張っても子供はデキねぇんだよ。そこでゾラが狙われたんだろ。その青い髪ならば、もしかしたら、と」

「でも、その子、キートには青い髪ではなく、ソバカスが受け継がれてしまったんだね。僕の小さい頃にもあったんだよ。まあ、僕の兄さんゼラには未だに残っているけれどね」


 キートを見て微笑んでいるゾラにスクアーロは、「そういやゼラはソバカスがすごかったな。ガキの頃だし何も分からずに病気なのかと聞いて蹴られた覚えがあるぞ」と思い出し笑いをしていた。


 属性能力の高さというのは両親のうち、低い方に引っ張られるため、王侯貴族は色の薄い者を認めない。

だから、マイラが産んだキートが仮に貴族の子だったとしても、属性能力の低さから認められることはなかっただろう。


 「でも、ゾラの子にしちゃあキートの色って薄くねぇか?」

「おそらく妊娠薬を服用したことによる弊害でしょうね」

「え、ロッシュ、マジで?そんなのあんのか?」

「ええ、ございますよ。ほぼ必ず妊娠する代わりに、産まれてくる子の属性能力はかなり低くなりますので、どうしても互いの子がほしいという夫婦以外が用いることは少ないですね」

「なるほどな。はあぁ〜……。そのマイラってのが何を思ってこんなことを仕出かしたか分からんが、キートにとってはイイ迷惑だぜ」

「そうかもしれないけど、僕にとっては大事な子に変わりないよ。あの、アリエスさん。キートを引き取りたいと思うんだけど、どうしたら良いかな?」

「それはキートが決めることだから何とも言えないけど、私はキートをパーティー"ギベオン"のメンバーとして入れたんだ。コイツがパーティーを抜けるときは未来を決めたときだ」


 バルトが模型職人となり、ハンナが設計士となったように、冒険者として生きる以外の道が見つかれば笑顔で送り出してやるつもりでいるのだ。

今はまだ子供で冒険者でもなければ奴隷でしかないキートが将来、何になるのかは誰にも分からない。


 親のもとで暮らし、親の仕事を継ぐばかりが将来ではない。

それは商会で働いている父を持ちながらも林業組合へと就職したゾラにもよく分かっていることだった。


 意を決したゾラはまっすぐにアリエスを見つめると、「なら、僕を雇ってください!キートのそばにいたいんです!」と頭を下げた。

それに対してアリエスは、「母ちゃんに掃除に来て貰ってるあんたに何が出来んだよ?」と冷めた口調で返した。


 言葉に詰まったゾラは考えた。

自分に何が出来るのか必死で考えたが、掃除は母親頼り、食事は外食、仕事は林業組合で働いているとはいえきこりでも何でもないので力仕事は無理、もちろん戦闘はからっきし。


 「読み書きと計算は得意です!」

「うちのメンバー全員やれるけど?」

「ええ!?ぜ、全員……。れ、礼儀作法も少しはやれます!」

「王宮仕込みの礼儀作法より上か?」

「お、王宮……。う、うぅ……。な、何でもします!!」

「何でもしますって、一から教えてやらなきゃいけないんじゃ雇う意味ねぇだろ」

「無給でいいです!キートの、息子のそばにいられるなら無給で構いません!!貯金ならあるので大丈夫です!!」

「よし、分かった。なら、雇用契約書を用意してやるから、それにサインしとけ」

「ありがとうございます!!」


 黙って見ていたルシオはキートの頭をポンポンと撫でると小声で「これが、お前の父親だ。無給というのは、給料ナシのことだぞ」と言った。

キートはチラリとルシオを見上げると、唇を尖らせて恥ずかしそうに顔をうずめたのだった。


  

 


 

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