第四話 覚える気があるかないか

 キョトン顔のアリエスに、タヌキの皮を数えるスクアーロの叔父ゼノ、そんなゼノを冷めた目で見るロッシュ、内心ハラハラしているスクアーロ。

それを「連れて来た人選が合っていたのかミスったのか、どっちなんだろう」と、ちょっと困ってしまった従業員。


 そんな彼らのもとに背の高いヒョロっとした男性が声を掛けてきた。

「あぁ、ゾムスクアーロ!!久しぶりだねぇ。元気そうで安心したよ。ゼノ、商談室を借りられたから、そこで話をしようと思うんだけど、良いかい?」

「あ、ああ、そうだな。そうしよう。私も行くよ」

「その前に、ご挨拶をしないとね。息子が大変お世話になっているようで、本当に感謝しております。父のゼムと申します」

「パーティー"ギベオン"のリーダー、アリエスだ。こっちは、ロッシュ。んー。祖父であり、執事であり、あと何か色々と肩書きあったよな?」

アリエスアリー様の祖父・・と執事以外にございませんとも」


 いや、嬉しそうにしているロッシュさんや。あなた、大手クラン"ロシナンテ"の設立者でしょーが!アリーたんに祖父と言われてデレッデレなのは分かるけれど。

スクアーロも内心では、「大手クランのロシナンテは言わないのな」と思っているが、口にはしなかった。


 商談室へとやって来たことで、改めてこちらを訪ねた経緯をロッシュが説明したのだが、彼らは信じらない様子であった。

ゼノは何か良からぬことを企んでいるのではないかと疑い、スクアーロの父親であるゼムは甥っ子のゾラがそんなことを仕出かしたとは思えなかったのである。


 「何を言われようが私のもとにいるキートの父親が、ゾラという名前であることに間違いはない。私は別にどーでも良いんだけど、メンバーのスクアーロが気にしているからここまで来たんだ。どこにいるか教えてくれるか?」

「その前に、キートという子に会わせてくれないか?にわかには信じられない」

「しょーがねぇなぁ。馬車にいるから今から行くか」


 アリエスは面倒くさそうな態度を隠しもせずに向かった。

馬車に繋がれた珍しい精霊馬と、その馬車を護衛するように立っている冒険者を見てゼノ叔父ゼム父親は驚いた。


 スクアーロの父親であるゼムは息子からの手紙で、所属しているパーティーが資金も潤沢で実力もあるのだろうと察していたが、そこに所属することになった経緯が息子が嵌められて奴隷となっていたというものだったので、そのことは伏せて息子は元気にやっている、としかゼノには話していなかった。


 そのため、ゾムスクアーロの現状を正しく知らない叔父のゼノは、自身の息子であるゾラの子供だといって、彼らが金を要求しに来たのではないかと思ってしまったのだ。


 しかし、精霊馬を持ち、簡素な見た目ながらも見るものが見れば、かなり高級な馬車であることが窺える上に、護衛に立っている仲間と思しき冒険者の装備も良いものばかりで、腕も立ちそうだった。

ならば、金の無心ではなく、本当にゾラの子供がいるのではないかと、思い直したのであった。


 「クイユ、キートを連れて来てくれ。不安がるようならルシオも一緒でいい」

「わかりました」


 とんでもなく美形な冒険者が馬車の中へ入って行くと、記憶の中にある懐かしい顔と重なる少年と、目がチカチカする強面こわもての男性を連れて降りてきた。


 それを見たゼノ叔父は、「あぁ……、これは、間違いないだろうな」と、つぶやいた。

しかし、ゼム父親は、「あれ?ゾラの子供なのかい?ゼラじゃなくて?」と首を傾げた。


 この時点でアリエスは、「こいつらの名前、ぜってぇ絶対に覚えきる自信ねぇわ。誰が誰なんだか、ワケわかんねぇ」とボヤいていた。


 連れて来られたキートは、ここに来るまでの間にルシオと少しずつ話をして、父親だとされていた「チェン」という男は本当に父親ではなかったこと、そして、スクアーロが本当の父親の従兄弟であることを知った。

最初は従兄弟が何か分からなかったため、ハインリッヒとフリードリヒを例にして説明したのである。ルシオとカミロでは兄弟とはいえ血の繋がりがないのと、カミロとカルラの兄妹よりも同性の兄弟であるハインリッヒたちの方が理解しやすいと思ってのことだった。


 死んだ魚の目をしていたキートは、少し表情が柔らかくなったが、それは、面倒見のいいルシオと騒がしい自称"おねえちゃん"のグレーテルがいたおかげでもあるだろう。

ルシオが「お兄ちゃん」ならば、その妻である私は「お姉ちゃん」でしょう?という言い分なのだが、二人はまだ結婚していない。


 ふらふらと吸い寄せられるようにしてゼノ叔父はキートに近付くと、ゆっくりと膝をつき目線を合わせた。

知らない男性が近付いてきたことに少し恐怖を覚えたキートは、ルシオのズボンを握りしめてはいるが、隠れたいのを我慢して耐えているので、「えらい、えらい」とルシオが頭を撫でてやった。


 「はじめまして、キート君というんだね。私はゼノ。おそらく君の祖父だろうと思う。君は私の息子の小さい頃にそっくりだからね」

「えぇ?えっと、んと……」

「キート、おじいちゃんは分かるか?」

「うん、ルシオさん。おじいちゃんは、分かるよ!」

「祖父とは、おじいちゃんのことだ」

「え、じゃあ……、おじいちゃん?」


 キートに「おじいちゃん」と呼ばれ、ちょっとデレたゼノ。

しかし、キートの反応はドライだった。


 実の母親に「産むんじゃなかった」となじられ、父親だとされた男性には「俺の子供じゃねぇ!」と拒絶され、知らない人に連れ去られて奴隷として売られたのだ。人間不信になるのも当然である。


 何とは言えないけれど、そばにいると安心するルシオ。

そのルシオを兄と呼んでいるカミロから、自分たちは血は繋がっていないが兄弟だと教えられたキート。


 そのことを幼いなりに考えたキートは、血の繋がりというのは、たいして大事なものではないのかもしれないと思った。

実の母親からされた仕打ちは今も深く心に突き刺さっており、じゅくじゅくとした痛みを訴えかけてくる。


 しかし、今、自分がいるここには、血の繋がりはないけれど優しい人たちがいる。

奴隷となってしまったけれど、想像していたような痛いことや怖いことはなかった。


 それに、任されている仕事というのも近所の子たちがやっていた、家のお手伝いとそれほど変わらなかった。

ご飯の準備のときにお皿を用意したり、掃除したり、ムーちゃんのお世話をしたりで、どちらかといえば楽しい日々を過ごしている。


 しかも、仕事をしたら「給料」が与えられ、それで欲しいものを買うか、貯めて自分を買い戻すことも出来ると言われているため、頑張って貯めているのだ。


 スクアーロが肩が凝ったといって肩たたきをさせて「給料」をやり、ハインリッヒが風呂に入るときに背中を流させて「給料」をやり、フリードリヒが料理を手伝えといって食材を洗わせつつ、つまみ食いをさせて「給料」をやりと、なんだかんだとオッサン連中が甘やかして「給料」を与えるため、目標額までかなりのハイペースで貯まってきている。

 

 女性陣がそれに苦言を呈するかといえば、そんなことはなく、ちょこちょこ用事を頼んで「給料」を与えたり、街で買ってきたお菓子をあげたりしている。


 しかし、それではキートの教育にあまり良くないだろうと、ロッシュとテレーゼによって言葉遣いや礼儀作法、「アリーたんを愛でる会」の布教活動も挟んで色々と教えている最中であった。


 


 



 

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