第三話 名前

 スクアーロの実家は酪農場だったのだが、魔物の侵攻によって廃業を余儀なくされており、家計を支えるために彼は10歳という年齢で、冒険者見習いとして働き始めたのだった。


 仕事も財産も無くした彼の父親はショックを受けていたが、息子にばかり負担を掛けていてはいけないと正気に戻り、現状を自身の弟に伝えた。

すると、弟が世話になっている商会へ口利きをしてくれるということで、それを頼りに両親と幼い弟はそちらへと向かったのだが、自分一人くらいならまかなえるようになっていたスクアーロは、一人でもいない方が家計は助かるはずだと思い、それを機に独り立ちをした。


 「それで嵌められて奴隷になってりゃ、世話ねぇぞ」

「いや、だってよぉ。アリー様の武器はドラゴンの骨だから傷なんて付かねぇけど、普通は維持費ってのが掛かるんだぜ?それをアイツらは分かってねぇから、金を管理していたリーダーの俺を追い出して、好きに金を使おうと思ったんだろうよ」

「うはっ!今頃バカ見てんじゃねぇ?」

「だろうな。刃物類も自分で手入れしてたって定期的に武器屋に持ち込まねぇと、いざという時にポッキリと逝っちまうことだってあるんだぜ?それをアイツらは『リーダーは心配性を通り越して小心者だ!』なんて、影で笑ってやがったからな」

「いや、なんでそんなパーティーにいたんだよ……」


 パーティーを組むということは、相手に命を預けるも同然なので、ゲームのように「コイツら気に入らねぇから、他探そう!」といって掲示板やサイトで募集するようなワケにはいかない。

パーティーを抜けるなり解散させるなりした後のことも考えなくてはならなかったため、おいそれと簡単に事を移すことができなかったのである。


 しかし、しんどい思いもツラい思いもしたし、人知れず傷ついたりもしたが、とんでもないパーティーに加入することが出来た幸運があったので、収支はプラスだと思っているスクアーロ。

それに何より、品質の高い乳製品が食べ放題なのである。ここ、大事。


 とりあえず、キートの父親であろうゾラを捜すにあたって、まずはスクアーロの家族が頼って行ったという彼の叔父のもとへと行くことにした。

奴隷となっていた期間を除くが、たまに近況を家族に知らせており、その返事には変わらず叔父が勤めている商会で働いているとあったからだ。


 スクアーロの叔父がいるのはルミナージュ連合国の玄関口であるルナラリア王国の北に位置するジオレリア王国である。

林業の盛んな国で、ハルルエスタート王国もここから木材を輸入している。


 スったかたったったー!と風になるアマデオ兄貴。

そして、風圧の割に髪がなびかないミロワール。


 アマデオ兄貴ならば、奴隷商会の放出日までに行って帰って来られるとアリエスが判断したからなのだが、間に合わなければそれでもいいや!とも思っている。


 まだ日中なので商会にいるだろうと、馬車をそちらへ向かわせ、ロッシュを伴ったアリエスはスクアーロを連れて、その商会へと足を踏み入れた。


 かなり大きな商会で、ここだけで買い物を終わらせられると言わしめるほどの品揃えがある。


 とは言うものの、アリエスの前世にあったデパートやショッピングモールほどの規模はないため、アリーたんは商会の大きさにスルーしまくりであった。


 洗練された所作の執事を連れた無反応なアリエスに商会の従業員は、厄介事なのではないかと警戒し、万が一に備えてそっと一人が奥へと知らせに行ったのだが、それに気付かないロッシュではない。


 初めての来店であれば必ずと言って良いほど全員が品揃えに目を輝かせるか、感嘆のため息をもらしたりするはずなのに、無反応ということは常連客の可能性もあるが、それならば見覚えがあるはずである。

それがないとすれば、難癖なんくせをつけに来たと考える方が妥当だろうと判断したのだ。


 知らせを受けてそこそこの立場の者が「いらっしゃいませ。どのような品をお探しでしょうか?」と声を掛けてきたのだが、丁寧な態度を取っているようでいて値踏みするような視線だった。


 あ、これは早々に間に入った方が良さそうだと判断したスクアーロが返事をした。


 「あー、もしかして、ゼノ叔父さんか?」

「うん?確かに私はゼノだが……、もしや!?ゾムか?ゾムなのか!?」

「そうだよ。あー、でも今の名前はスクアーロだ」

「なんと……!親から貰った名を変えるなど、どういうつもりだ!?」


 スクアーロの本名は「ゾム」なのだが、それをアリエスたちに伝えていなかったため、スクアーロと呼んでほしいと言ったのだが、名を変えたことを叱られてしまった。

ゼノはスクアーロが名を変えた経緯を知らなかったのだが、ろくでもない奴とツルんでいるようだから、ここらで私が手を切らせるように動かねばと、変な気を利かせたのだ。


 そして、そんなことを言われればブチ切れるに決まっているアリーたん。

わぁーるかったなぁ!親から貰った名前を変えて!!」 

「ゼノ叔父さん、俺と違って世の中には親から与えられた名前を名乗れないヤツだっているんだから、そういう風に言わないでくれよ」

「おい、ちょっと待てよ、スクアーロ。それじゃあ、私が犯罪者みてぇじゃねぇか!」

「スクアーロ、言い方に気をつけてください。アリエスアリー様の本来のお名前はお父君以外が呼ぶことを許されていないのですから」

「え、ちょっとロッシュ?それ、初耳なんですけど?」


 ブチ切れて目がクワっ!となっていたアリーたんだったが、父ちゃん国王を出されてキョトンとしてしまった。


 以前にロッシュから国王だけがアリエスを本来の名前であるアンネリーゼから取った「リゼ」という愛称で呼んでいることを知らされていたアリーたんであったが、実はその「リゼ」という愛称は国王以外が呼ぶことを許しておらず、アンネリーゼと呼ぶことすらも許していないと言われたアリエスは、ビックリして固まった。


 ここでスクアーロの叔父であるゼノは察した。

いくら父親が名を呼ぶことを許していないとはいえ、そんなことを周りが律儀に守るとは思えない。

 ということは、目の前にいる女性アリエスの父親はそれが出来てしまう立場にいる、ということである。


 しかし、彼女の見た目はどう見ても色が薄い。

立場ある父親が溺愛するほどの能力を有しているようには見えないということは、稀有なスキルを持っている可能性があると判断した。


 脳内でソロバンを弾くように計算しているゼノを冷めた目で見ているロッシュに気付いたのは、スクアーロだけである。

彼は心の中で、「叔父さん、頼むから下手なことは考えないでくれよ……」と祈るのだった。


 

 



 

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