第六話 爆誕

 国王父ちゃんに抱っこされたまま廊下を突き進むこと、しばし。

王妃が産気づいたということで、廊下をバタバタというほどでもないがせわしなく行き交う使用人が増えており、彼女らが国王の姿を目にして驚きつつもザッと頭を下げていく。


 急に立ち止まって礼を取るものだから、たまに国王の存在に気付いていない者とぶつかったりして、ちょっとした事故が起きつつある。

それを耳にした侍女長が、「こんな大変なときに何故ここにいるの!!?」とブチ切れながら王妃のもとから駆け付けた。


 目を吊り上げた鬼ババ……、いや、侍女長が国王の姿を捉え超早歩きで詰め寄ると、「この一大事に何のおつもりですか!?その抱えてらっしゃる小娘をさっさと元の場所へお戻しくださいませ!!」と怒鳴り声を上げた。

どうやら侍女長は、抱えられている小娘と国王が今から後宮にてシケ込むつもりだと思ったらしい。


 それに対して国王は、如何にも不愉快だといわんばかりに顔を歪めると、「貴様、いつから俺に指図できるほど偉くなった?」と、腰に下げられている剣に手を伸ばした。


 剣に手を伸ばしてますよ!という自己主張のためにわざとカチャリと音を立てた変なところで親切な国王。

彼の行動に気付いたアリエスは、「父ちゃん、そんなことでいちいち斬ってたら人がいなくなるよ?それよりも急ごう!約束を守るんだろ?早く早くっ!!」と、国王父ちゃんを急かした。


 抱えられている小娘が国王に向かって「父ちゃん」などと呼んでいることに目を見開いた侍女長だったが、それよりも国王が父ちゃん呼びを許していることに驚いた。


 急かされた国王は呆然としている侍女長をひと睨みすると、「リゼに感謝するんだな」と言い残して廊下を突き進んでいったのだが、ここにロッシュはいない。

というのも、この世界のお産は女の戦場なため、男子禁制ということで、宮廷医の権威と呼ばれている大爺様でも立ち入ることは出来ないのだ。

 そのためロッシュと大爺様は霊廟にてお茶をしており、それにミストとブラッディ・ライアンも巻き込まれ中なのである。


 お産の部屋に国王が!?何で国王とはいえ男性が入ってくるの!?と大混乱に陥っている室内をよそに、痛みに耐え深く息を繰り返す王妃のもとへと国王は歩を進めた。


 ふわりと嗅ぎなれた香りに顔を上げた王妃は固まった。何故、ここに国王がいるのか、と。

そんな固まる王妃の頬を空いている手で優しく撫でた国王は、「リゼだ。約束は守るからな」と言ってニヤリと笑うと彼女に口付けた。


 スルリと抱っこからアリエスを下ろした国王は、「命令だ。ここにいるリゼの指示に従え」と言って彼女の頭をポンポンして「後は頼んだ」と部屋を出て行った。


 お産の最中に正式な挨拶なんぞ必要ないだろうと判断したアリエスは、軽い自己紹介に留めた。


 「申し訳ございませんが、今はご挨拶を省略させていただきます。元第27子アンネリーゼ改めアリエスと申します。こちらは、聖霊マリーナ・ブリリアント様、そして、私のパーティーメンバーである治癒師のクララです。まずは、診察をさせてください」

「え、ええ、わかったわ」


 万物鑑定の結果、少し血圧は高いがその他は何も問題なかったし、胎児も元気だった。

あとは、王妃にいきむ力があるかどうかにかかっているので、それを確認したところ、王妃自身からも産婆からも大丈夫だと返ってきた。


 さすがに経産婦だったことと安産だったこともあって、アリエスが合流してから5時間後、女の子を出産したのだが、出血が止まらなかった。

アリエスが出血箇所を特定し、クララが適切に治療したため何とか一命を取り留めた。


 王妃の出血が酷かったため周囲にいた者たちは覚悟を決めて悲痛な表情を浮かべていたのだが、アリエスたちだけは慌てず急がず適切な治療をして、仕上げに聖霊マリーナ・ブリリアント様に癒しを施してもらった。


 聖霊マリーナ・ブリリアント様の癒しは、失った体力やら血など様々なものを癒してくれるのだが、使える容量が決まっているため、王妃に施した規模になると1日に1回が限度である。

これがなければ恐らく王妃は一週間ほどしか、もたなかった可能性があったためギリギリ間に合ったといったところだ。さすが、持てる男は間に合わせるものだと思わなくもないが、高齢出産に含まれる年齢の妻をうっかり妊娠させたのが原因なので、プラマイゼロだろう。


 ハルルエスタート王国国王の第29子として生まれた第18王女は、国王に似た艶やかな黒髪に王妃譲りの深いサファイアブルーに金の虹彩が入った瞳をしていた。

産まれたばかりではあるが、将来は父である国王に迫るほどの美形に育つだろうことが窺える見た目をしていることに周りは戦慄した。


 そこで王妃はアリエスに頼んだ。

あなたのスキルで性格まで分からないだろうか。分からなくても、とりあえず見てもらえないか、と。


 頼まれたアリエスがその王女を鑑定してみた結果、脳筋であることが判明した。

それを聞いた王妃を含めた周囲は、「それはそれで無自覚に問題を起こしそうだ」と思ったのだった。


 後の歴史書に仮面をつけた謎の騎士が登場したのは、彼女の美貌を隠すためだったのかもしれない。と、ナレーション風にアリエスがついついボケてしまった言葉を聞いて、「それだ!!」となった。


 ここに、仮面王女が爆誕した瞬間だった。

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