第五話 顕現
バキっと、ひっぺがして口に放り込んだら美味しそうに思えるほどリアリティのあるお菓子の家に、アリエスは感動しまくっていた。抱き上げてくれている父ちゃんの肩をバシバシ叩くほどに。あれ?アリーたん、人見知りは?しないのかい?
どうやら、王宮の離れにドデーン!と飾られている父ちゃんの肖像画を毎日のように見て育ったアリーたんは、父ちゃんに人見知りを発動しない模様。
ロッシュが父ちゃんの叔父であるため見た目や雰囲気も似ており、それもあって余計に懐いているのである。
感動に浸っている場合ではないと気付いたアリエスは、父ちゃんに霊廟の仕上げをしたいから下ろしてくれるように頼んだ。
アリエスは、ディメンションルームから聖霊マリーナ・ブリリアント様の本体である「聖なる遺物」とイルミネーション、メリーゴーランドの回転機構を取り出し、ミストとブラッディ・ライアンに霊廟を仕上げるよう指示した。
それを横目にアリエスは、薄らぼんやりしている聖霊マリーナ・ブリリアント様を父ちゃんに紹介し、本体である「聖なる遺物」に思いっきり聖属性の魔力を込めてほしいと頼んだ。
愉快だといわんばかりにニヤリと笑った父ちゃんは、「いいぞ」と言って、ちょ、危なくね!?というほどの魔力を本体にブチ込んだ。
その結果、聖霊マリーナ・ブリリアント様の本体であるシワッシワのミイラは、つるんつるん、ぷりんぷりんっの瑞々しい姿へと変わった。
それを見たアリエスは、「すっげぇー!!父ちゃん、すげぇー!!」と喜び、はしゃぎまくった。父ちゃん、ドヤ顔である。
聖霊マリーナ・ブリリアント様も本体が在りし日の自分に戻ったことに感動して飛び跳ねているのだが、顕現していないので、はしゃぎぶりの割に無音である。
さて、ここからが問題だと、真剣な顔をしたアリエスに、父ちゃんは片眉を上げて首を傾げた。
「なんだったかの花もあるんじゃなかったか?」
「うん、腐った花。いい?父ちゃん。私が取り出した瞬間に、さっきみたいに聖属性の魔力をブチ込んでね?じゃないと、ちょー臭いから」
「ほー、そんな臭いのか?」
「……嗅ぎたいの?」
「いや、いらん。やるか」
瑞々しくなった聖霊マリーナ・ブリリアント様の本体を設置……、いや、安置し、その下へと「腐った花」と呼ばれる聖華予定の花をアリエスが取り出した瞬間に父ちゃんは聖属性の魔力をブチ込んだ。
ほわぁ〜ん……と一瞬だけ腐臭が漂ったあとに、それを無かったかのように塗りつぶす勢いで濃厚な甘い蜜の香りが辺りに充満した。
一陣の風がふわりと通り抜けていくと、薄らぼんやりしていた聖霊マリーナ・ブリリアント様から遊色効果のあるオパールのような燐光が溢れ出し、その光が徐々に風景に溶け込んでいくと、この世界に初めて聖霊として地に足をつけた。顕現成功である。
まぶたを閉じていた聖霊マリーナ・ブリリアント様は、ゆっくりとそのまぶたを開き、自身の身体を見て、触れて、確認していたかと思えば、「ぃよっしゃぁーーーー!!」と声を張り上げて拳を天に突き上げた。意外とアツイ人なのかもしれない。
いきなりの「よっしゃー!」に驚いたアリエスだったが、我に返ると聖霊マリーナ・ブリリアント様に声をかけた。
「マリーナ様、どう?大丈夫?」
「うふふふふ。大丈夫よ、アリーちゃん!ありがとう!!あなたのことは世界が終わるときまで忘れないわ!」
「お、おう、そっか。よかった。……スケールでけぇな」
そんなやり取りを見ていた父ちゃんは、「うん?」と首を傾げると、「聖霊とそこの嬢ちゃんは、髪色が似てるな。属性が関係あるのか?」とアリエスに問い掛けた。
「うん、そうだよ、父ちゃん。聖霊マリーナ・ブリリアント様が聖女だったときの属性が、ここにいるクララと同じ『治癒』だったんだよ。ただ、マリーナ様は聖霊になったから髪色が半透明乳白色に加えてオパールみたいな光りが加わったんだってさ」
「ほぉーん。てことは、この嬢ちゃんも聖女の素質があるのか?」
クララに聖女の素質があったのかについて答えたのは聖霊マリーナ・ブリリアント様で、「素質はあったんだけど、医療に特化しちゃったから聖女にはなれないわ。
想像とは違った内容に顔を引きつらせているアリーたんだが、父ちゃんは「そんなもんだろうな」という顔をしている。
そこへドタバタと人が駆けてくる足音が聞こえ、父ちゃんの側近に何やら報告をしている。
それを受けて側近が父ちゃんに一言告げた。「王妃様が産気づかれました」と。
父ちゃんは、ククっと笑うと「リゼ、出番だぞ」と言って、またアリエスを抱き上げて移動し始めたのだった。
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