閑話 ダンジョン都市ドリミア

 ここは、ルミナージュ連合国ダンジョン都市ドリミアにある領主館の執務室。

革張りの上等なソファーには、頭を掻きむしりボサボサになった髪をした男性と、申し訳なさそうな顔をした厳つい男性が座っており、その様子をソファーから少し離れた位置で冷めた目で見ている若い執事がいた。


 ボサボサになった髪をした男性は悄然とした様子のまま声を絞り出した。

「何故、ロシナンテは訪ねて来ないんだ?しかも、クランから精霊馬アマデオまで引き上げただと?何故なんだ……」

「申し訳ありません、領主様。今のクラン"ロシナンテ"には、ロシナンテさんの意志を理解していないメンバーが増えてしまっていました。今回の件で、そういったメンバーには辞めてもらう方向で動いています」


 厳つい男性ことクラン"ロシナンテ"のリーダーであるマテウスは、対面に座っているボサボサ頭の領主に今まであったことを正直に話しているのだが、それを冷めた目で見ている若い執事は内心で悪態をついていた。


 この若い執事は、ロッシュの異父妹の息子、つまりマテウスの従兄である。

彼が何故、冷めた目をしているかといえば、目の前の二人が未だにロッシュをロシナンテと呼んでいるからである。


 ロッシュは、王族籍を抜けて平民となったときに、ロシナンテからロッシュと名を変更しているのだが、それを未だに準王族だった頃の名で呼ばれるのをあまり好ましく思っていない。

それなのに、本人の思いなど無視してこの領主は未だにロシナンテと呼び、周りにもそれを強要しているのだが、若い執事は仕事を円滑に進めるためにあえてロシナンテと呼ぶことをロッシュから許可を得ており、そういうところがロッシュに気に入られている。


 ロッシュが仕えていたのは先代領主であって、その息子である今の領主ではない。

代替わりするときにロッシュは、ここの執事を辞めて、ハルルエスタート王国王宮の離れへ行くことにしたのだが、そう決意したということは、今の領主は仕えるに値しないと判断したということでもあるのだ。


 先代領主はロッシュのことを大事にしており、ここが帰る場所のひとつになればとの思いで、彼にクランを設立させ、その拠点をダンジョン都市に置かせたのであって、再びこのダンジョン都市の領主に仕えさせるためではなかった。

そのことはロッシュもきちんと分かっているため、ダンジョン都市ドリミアへと訪れたからといって領主館には立ち寄らないのだが、ロシナンテと呼ぶのをやめない限り立ち寄ることはまずないだろう。


 若い執事が何度か本人が望まないのだから、ロシナンテと呼ぶのをやめるように進言したことはあるのだが、今の領主は全く聞く耳を持たなかった。


 今の領主はロッシュのことを尊敬し、慕っているつもりなのだが、本当に慕っているのであれば本人が何を望んでいるのか、どういう思いでいるのか察することが出来るはずである。

それをしようともせず、「自分は彼を尊敬している。だからこそ愛称だった『ロッシュ』とは恐れ多くて呼べない」などと見当違いのことを言っているのだ。


 若い執事もロッシュを慕う一人であるが、彼はきちんと分かっているので、領主派の人がいない場ではロシナンテではなく、ちゃんとロッシュさんと呼んでいる。


 だからこそ、この若い執事はロッシュから生前贈与として、とある屋敷を一軒与えられているのだが、このことを本人たち以外で知っているのはロッシュの異父弟妹とテレーゼだけである。


 つまり、マテウスがロッシュのことをロシナンテと呼び続ける限り、彼はロッシュから認められることはない。

幼かった頃は大目に見てもらえたことでも、成人してクランリーダーまで任されるようになった今では、甘えは許されないのである。


 相手を尊重し、相手が何を思い望んでいるのか、それを気遣うことで繋がりを持ち、その関係を深めていけるとロッシュは思い、実行している。


 それは、一国の王とて同じなのである。

というより、この考えをロッシュに与えたのは彼の父である先々代のハルルエスタート王国国王なのだが、何がどうなってアリーたんの父ちゃんのようなのが生まれたのかは謎である。


 俯いたままぽつりと「何故、訪ねて来てくれないのだ。あの小娘のせいか?」と目をギラつかせる領主なのだが、それに対して若い執事は、「それがなくても来ないよ」とシラケている。


 とんでもないことをつぶやいた領主にマテウスは、顔を青くして即座にアリエスに手を出すようなことだけは止めるように必死で説得した。

彼女に手を出せばハルルエスタート王国国王が出張ってくるのだと、王太子には既に子供もいるため、いつでも代替わりして国王自ら挙兵してくることなど造作もないのだと。


 それを聞いて渋々ではあるがアリエスに手を出すのを止めると言ったこの領主に、マテウスは不信感を抱いた。


 クラン"ロシナンテ"の前リーダーから領主にあまり関わるなと言われていたマテウスは、憧れているロッシュの話を聞けるため、ついつい足を運んでしまっていたのだが、ここに至ってアリエスを排除しようとするこの領主に疑問を持ったのだ。

 

 実は、この領主が語るロッシュの話は彼の主観と思い込みが多用に含まれているため、実際の話とはかなりズレた内容になっている。

だからこそ、前リーダーは関わるのをやめろと言ったのだが、それがどうしてなのかやっと理解できたマテウスは、この領主と距離を置くことにしたのだった。


 少し落ち込み気味に肩を落として帰路に着こうと館の廊下を歩いているマテウスに、若い執事は、「いい加減、ロッシュさんのことを『ロシナンテさん』と呼ぶのをやめたらどうだい?」と、声をかけた。


 そう言われたマテウスは眉を下げてしょんぼりした顔で、「今更、呼べるわけないだろ」と言って、ため息をついたのだが、若い執事は意地の悪そうな顔をして、「ならば、"ろじたん"と呼んだら良いのでは?」とクスクスと笑った。性格わっる!


 それに対してマテウスは、顔を真っ赤にして口をパクパクさせたのだが、「そう呼んでも嫌がられないだろうか?」と返してきた。


 あ、こいつ、ただの素直だった!と思い出した従兄である若い執事は、「周囲が戸惑うから、あまりオススメはしないけどね。普通にロッシュさんと呼びなよ」と肩をすくめたのだった。

 

 良かったな、ロッシュ。

危うく「ろじたん」と堂々と呼ばれるところだったぞ。まあ、酒場では酔うと思いっきり「ろじたん」と呼んでいるので、今更かもしれないが。

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