第二話 何があったのか
名前のせいでこれ以上、情報が頭に入って来ないと判断したアリエスは、気を失っている男性奴隷を馬車の後ろに連結させた箱に入れて移動し、カエラルン領オタマジャルン街までやって来た。
道中、件の男性奴隷に話を聞こうとしたが、命令されたこと以外は何も出来ず話せないようにされており、何故あの街道にいたのか結局は分からなかった。
オタマジャルン街の詰め所にて、街道で倒れていた奴隷を保護し、その
それを見て何があったのか気になったアリエスたちは、詳しく聞いてみることにしたのだった。
「実は、そのティーナという女性は指名手配されていましてね。やっとこの街にて捕まえることが出来たのですが、自分はハルルエスタート王国の王女だと、自分に何かあれば国王陛下であるお父様が黙っていないと言い張るもので、その確認中なのですが。どう見ても王女には見えないんですけどねぇ」
「そのティーナという女性の姿を確認させていただけませんか?実は、ここにいるロッシュは、ハルルエスタート王国の王宮で執事をしていたので、彼女が本当に王女ならば、彼には分かるはずです」
ロッシュが、「仕方がございませんねぇ」と喜んでいる。そうか、嬉しいのか。アリーたんに頼られて嬉しいのか。
ロッシュは、美形なことと普段から執事服を着用しているため、それらしく見える。見えるというか、アリーたんの執事をしているので、執事ではあるのだが。
詰め所にいる彼らにとって、ロッシュがハルルエスタート王国の王宮で本当に執事をしていたのか、そうでないのかは分からない。
ただ、ティーナの姿を確認させるくらいならばそれほど問題はないので、すんなりとアリエスたちを通した。
そして、少し暗くジメっとした詰め所の奥にある拘留所からは、ひとりの女性のすすり泣く粘着質な声が響いてきた。
すすり泣いているのに粘着質って、どういうことなんだとアリエスは「キモウザ!!」と鳥肌を立てていた。キモくて、ウザイのな、アリーたん。
隠し窓から中を覗いたロッシュとアリエス。
ティーナという女性を視認した途端ロッシュの目は冷たくなり、アリエスは、「うへぇ……」となった。
このティーナという女性は、確かにハルルエスタート王国の王女
王女だった頃の名は「マルティナ」だったが、王族籍から平民籍になった際に名を「ティーナ」に
つまり、王家から追放されたのである。
もちろん追放なので、王家の家系図からも削除されているので、それでロッシュの目が凍えるほど冷たくなっているのだ。
ロッシュの目が見るからに冷たくなったことに案内してきた兵士は、ビビった。
ちょっと後ずさりするくらいには、ビビった。
そんなことなどお構い無しにロッシュは、「ハルルエスタート王国からの返答をお待ちになった方が良いでしょうが、彼女は王女ではありませんし、王家の家系図にもその名はないでしょう」と、言い切った。
兵士に、「家系図にその名は無い」と言ったところで、「はあ、そうですか」になるが、ある程度の地位にいる者の耳に入れば、その意味は分かる。
つまり、このティーナに何かあってもハルルエスタート王国王家が動くことはないということなのだ。
アリーたんと違って。
このティーナという女性は、ギリギリ王女として後宮入り出来るかもしれないが、本人のためを思えば出涸らし小屋と呼ばれている離れで育った方が良いという程度の属性能力だった。
しかし、母親がギリギリ入れるのならば娘に王女としての生活をさせてやりたいと、後宮へと入ったのだ。
大した属性能力もないのに後宮へ入ったことでティーナはいつも肩身の狭い思いをし、それが嫌で部屋からは出なくなった。
そんなことをしていれば人脈も築けないし、何の能力も身につかない。読む本も夢見がちな恋愛小説ばかりで、教養が身につくようなものは読んでいなかったのだが、母親はそれではいけないと、茶会に参加させようとしたが、頑として動かなかった。
そして、そのまま成人を迎えたが何の努力もしなかったティーナに斡旋される嫁ぎ先や仕事はなく、彼女は平民となり、娘が何の結果も残せなかったということで母親も後宮を追い出され、共に実家へ身を寄せることになった。
実家の支援もあって、平民としてならば何不自由なく過ごせており、マルテリア王国へ母親とバカンスに来ていたときにハルルエスタート王国で粛清が行われ、それの余波を受けた実家も取り潰しにあったため、仕送りが途絶えたのだ。
それほど高価ではないが、手持ちの宝石などを換金してはマルテリア王国にて生活を続けていたが、そのうち「何故、
悪女になることを選択した時点で、やはりその程度の人間だったのだろう。人を騙し、お金や時には物を奪い、そうやって好き勝手に生きてきたが、元はただの世間知らずの王女。
結局は逃げた先のメルクリア王国にて捕縛され、詰め所へと拘留されてしまったのだが、捕まる前に奴隷に「ハルルエスタート王国へ行って助けを呼んで来て。お父様以外とは口をきかないこと」などという無謀な命令をしたため、あの男性奴隷はそれを遂行せざるを得なかった結果、街道で倒れていたのだが、そこをアマデオが蹴っちゃったのだ。
母親は、大事に仕舞ってあった自身の母親の形見でもある一枚しか残っていなかったドレスや、売っても一週間も暮らせないだろう程度の宝飾品までをも娘が持ち出して行方をくらませたことにショックを受けて、建物から身を投げたのだが、投げ出したその先、つまり通りを歩いていた屈強な冒険者に受け止められ、そのままお持ち帰りされた。
そろそろ引退しようとしていた冒険者だったのだが、結局この歳まで添い遂げる相手が見つからなかったため、ペットでも飼うかと肩を落として歩いていたところに、平民からすれば、とびきりの美人が降って来たのだ。持って帰るだろう。
成人している子がいるとはいえ自分よりも若いことには変わらないし、しかも美人。慎ましやかな生活とはいえ、妻となった彼女をとても大切にした。
最初は戸惑っていたが、愛される喜びを知った彼女は、貴族の嗜みで得た刺繍の腕を奮い、家計の助けになればと夫を支えたが、料理だけは壊滅的だったため、冒険者だった夫が笑顔を浮かべながらしている。
ティーナも愚かなことをしなければ幸せを見つけられたかもしれない。
母親は、自らの命を捨てるという愚かな行為をしたし、下手をすれば通行人を巻き込んでいたかもしれない。それを夫になった男性に後から指摘されて叱られた。
ティーナの母親は、大国の国王に抱かれ、王女をもうけたという過去に囚われることなく、今の自分を救い、愛してくれたこの男に全てを捧げようと決意したからこそ得られた幸せだった。
そして、今でも行方が分からなくなった娘ティーナを心配し、捜している。
恐らくティーナは、犯罪奴隷となるか極刑になるだろう。
今まで重ねた罪だけならば犯罪奴隷で済んだのだろうが、平民、いや犯罪者がハルルエスタート王国の王女の名を
彼女は、平民となるときに言われたのを忘れたのだろう。
もう王女ではない。王女だったことすら抹消されたのだから、自身を元王女だと言うことすら許されないと、そう言われたことを。
アリエスたちに出来ることはない。
前世を思い出していなければ自分もああなっていたかもしれないと思ったアリーたんだったが、「いや、さすがにアレはないわー」と思考を切り替えたのだった。
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