第二話 精霊流し

 ロッシュとハインリッヒに水属性が生えるという、とんでもない騒動が巻き起こってから幾日か経った夜にアリエスたちは、「精霊せいれい流し」というイベントが開催されている大きな川を訪れていた。


 こちらの世界で書き表すと「セイレイながし」となるのだが、アリエスの脳内では「精霊流し」となってしまうので、うっかり「精霊しょうろう流し」と言ってしまいそうになる。


 この「精霊せいれい流し」というイベントは、葉っぱで作られた小舟に小さな精霊を括り付け川に流すというものなのだが、これは、川辺りに並べられている葉っぱの小舟の中から気に入ったものを精霊自らが選び、持ち主に括り付けてもらうのだ。

精霊を括り付ける紐は、小舟から伸びており、それを握りながら少し離れたとこで待機しているので、どれが自分の小舟なのかが分かる。


 括り方が緩いとゴールに辿り着くまでに川へ落ちてしまうし、下手するとそのまま海に出て帰って来られなくなってしまうという、デッドオアアライブなイベントなのだ。ここの精霊は、ドMなのだろうか?


 ゴール地点を過ぎた精霊は自力で脱出し、気に入れば小舟の作者と契約を結んでくれるということもあり、人気のイベントなのだが、葉っぱの小舟に乗れるほど小さい精霊なので、彼らが出来ることなどほとんど無かったりする。


 せっかく来たのだから皆でやってみようと、辺りに生えている葉を摘み思い思いに小舟を作り川辺りに並べて様子を見ていると、さっそくアリエスの作った周囲とは一線を画す笹舟にツンツンヘアーの精霊が仁王立ちした。

チラっ、チラっとアリエスを見てくるので、彼女は「マジかよ、早くね?」と、ちょっと困惑気味だ。


 精霊を括る紐は、イベント会場で銅貨5枚というお手頃価格で買えるのだが、括るときに魔力を流さないといけないので、魔力操作が下手な者には厳しかったりする。 


 アリエスは紐を購入したときに説明された通りに、とりあえず紐に魔力を込めた。思いっきり込めた。それこそ括られた精霊が更に光るほどに込めたのだが、大丈夫なのだろか。ハインリッヒの顔が引きつっているのだが、アリエスよ、振り向いて彼の顔を見ろ!見るんだ!何か、おかしいと気付け!!


 精霊は元から淡く発光しているので、川へと放たれた精霊小舟がふわりふわりと光り、残光を散りばめながら川を彩っている。

そんな中、幻想的な雰囲気をぶち壊すアリエスが流した精霊小舟。


 ロウソクが灯された幻想的な夜景にデコトラが横切るような感じである。

めちゃくちゃ目を引く上に、目に痛い。なんだあれ。


 流してから、「あ、やべ。やっちまったか?」と気付いても、もう遅い。

ビカビカに光るアリエスの作った小舟に乗った精霊は、ゴール地点を過ぎると「ふんぬっ!!」と自身を括り付けていた紐をちぎって、「ゴールちてん」と書かれた場所に降り立ち、片手を腰に当て、もう片方の手を天へと掲げた。ウィナーポーズなのだろうか。


 そして、そのポーズのままチラっ、チラっとアリエスを見るツンツンヘアーの精霊。

ゴール地点にて精霊がその場を動かずにいるのは、契約をしてくれるということなのだと説明されていたアリエスは、その精霊を万物鑑定してみた。


 その結果、「きば精霊」だということが判明した。

牙ならば、ファングだろうと、その牙精霊をファングと名付けたアリエスだったが、その精霊が出来ることについては笑うしかなかった。


 契約完了したアリエスに楽しげに声を掛けたハインリッヒは、彼女の顔を見た途端に血の気が引いた。その歯は、どうしたのか、と。

答えようとしたアリエスだったが、牙精霊に犬歯を牙にしてもらっていたので、「どぉーひたも」となり、とても喋りにくかったので牙を戻してもらった。


 「どうしたって、コイツ牙精霊なんだよ。つまり、歯を牙に出来んの」

「は?」

「うん、だから、歯を牙に出来んの」

「あ、いや、え?」

「それだけだぞ?」


 精霊にも色々と種類があり、木の精霊、布の精霊、酒の精霊など、様々いるのだが、さすがのハインリッヒも牙精霊というのは初めて聞くものだった。


 ツンツンヘアーの牙精霊あらためファングは、アリエスの頭上で「ふふん!」と、ドヤ顔で仁王立ちしている。

小さい精霊に出来ることなどほとんどないはずなのに、犬歯を牙に出来るということは、それなりに力を持っているということになる。

 持っているのだが、だが、しかし!

そうは言っても犬歯を牙に出来るだけである。それだけなのだ。


 それだけなのだが、アリエスにかかれば恐ろしい話になる。

イタズラを思いついたような顔をした彼女は、「歯を全部、牙にして長くしちゃえば何も噛めねぇし、何も口に入れられねぇよな?」と、ニンマリ笑ったのだった。

酷いことを思いつくものである。


 と、そこへふわりふわりと淡く光る精霊小舟が漂着し、モゾモゾと紐から抜け出した精霊はゴール地点へ降り立ち、ちょこんとスカートをつまみ、淑女のように礼をした。

その小舟の持ち主はアドリアで、彼女は精霊に「ナージェ」と名付けた。


 アリエスが鑑定したところほうき精霊で、ダンスをするようにして床を掃除してくれる精霊だと判明した。

それを聞いたアドリアはとても喜び、いつも肩に乗せて行動するようになったのだった。



 

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