7 新たに

第一話 バカンス

 新メンバーにチェーロ、ハンナ、ハインリッヒとクリステール(クリストフ)兄弟を迎えたアリエスは、これを機に奴隷を全員解放することにした。


 買われた奴隷が解放されるのは、最低でも購入した際に支払った金額分は働かなくてはならないのだが、アリエスが購入したのは訳アリばかりだったため、能力と金額がいい意味で合っていなかった。

そのため、奴隷たちは既に購入金額分は稼ぎ終えている。


 後から買われたスクアーロは、処分市で叩き売られていたため、金貨5枚という驚きの安さだった。

その程度なら、ダンジョンで罠用に買う冒険者もいるかとも思われたが、でっち上げられたうたい文句がマズかったのだろう。

 「前の主人を頭からボリボリ食べた」という見た目とマッチし過ぎた作り話のため、だぁーれも買わなかった。

そんなアホな話を信じるヤツが多かったおかげで安く買えた、というのがアリエスの感想だった。


 奴隷を解放するにあたってアリエスの背中を押したのは、ブラッディ・ライアンだった。

彼は、アリエスから劣化版女体化ブレスレットを見せてもらったことで、何と完全版に至る道筋をつけられたのだ。

 材料さえあればクリステールを完全に女性にしてしまえるので、そうなれば家族計画のためにも早々に相手を解放してあげてはどうか、と。


 クイユも旅の途中でクリステールが控えめながらも自分を気遣ってくれていたことに、少し心を寄せていたのだが、自分は奴隷だし、同性愛は管轄外なので、それ以上の気持ちにはならなかった。


 しかし、ここにきてクリステールが同性愛者なのではなく、女性になりたいということならば話は変わってくると、奴隷から解放されるための条件をアリエスに聞こうと決めていたのだが、あっさりと解放されてしまったのだ。


 ということで、バルトとアドリア、クイユとクリステール、チェーロとハンナの3カップルがアリエスのパーティーに出来たのだった。

チェーロは、「アリーたんのところへ行く!」とロシナンテを抜けたハンナを追いかけて自分もクランを辞め、その勢いのままプロポーズしてしまい、それが受け入れられた結果である。


 本当は、もっと雰囲気のあるところでカッコよく決めたかったのだが、ハンナからすれば勢い余っての方が真実味があって良かったので、結果オーライだ。

雰囲気に飲まれたハンナから、「手の込んだ冗談は止めてよね!」と言われなくて良かったな、チェーロよ。


 そんなアリエス御一行様はというと、ダンジョン都市ドリミアの南にあるルミナージュ連合国のマルテリア王国へ、バカンスに来ている。

ここへは、奴隷たちが解放された記念にとアリエスが連れて来たのだ。


 奴隷だった者たちは、アリエスに命を救われたことも勿論あるが、自身の待遇や生活が普通の平民よりも遥かに良かったこともあり、彼女に絶対の忠誠を誓っている。

そのため、奴隷から解放しても大丈夫だとアリエスは判断したのだが、奴隷以外にも彼女のスキルを知ってしまった者がいるため、「まあ、いいか」となった結果でもある。


 マルテリア王国は地下水脈が豊かな土地なので、至る所に井戸があり、そのおかげで強い日差しにもかかわらず干からびずに済んでいる。


 そんなマルテリア王国には、「水寄越せ妖精」というのが存在しており、人が寝静まるような夜にコップを両手で持ち、枕元に立って「お水ちょうだい」と言うのだ。

そして、そのコップに水を入れてやると美味しそうにそれを飲み、飲み終わるとコップを置いて消えるのだが、そのコップは「水寄越せ妖精」が持参したものではなく、その家にあるものを持って来るのだ。


 「ちなみに、その家にコップがないと妖精は水が飲めねぇから、呪いをかけて行くんだってよ」

「妖怪かよ。ていうか、ハインリッヒさん。それってコップじゃないとダメなのか?ティーカップは?」

「それがコップじゃねぇとダメなんだわ。喉が渇く呪いだから地味にキツいんだぞ?」

「誰か、それにかかったの?」

「俺にその話をしてくれた人の爺さんがかかったんだってよ」


 都市伝説というには体験したことがある人が多過ぎるため、マルテリア王国では各家に必ず普段は使わないコップが1個は置いてある。

その話を聞いたアリエスが何をしたかといえば、お買い物アプリに売っているコップをコンプリートする勢いで買って並べて置いた。


 100コインショップやらホームセンター、ショッピングモール、デパートなど、片っ端からぽちぽちぽちぽちーーー!!とタップしていって合計114個ものコップを購入して、バカンス用に借りた貸別荘の空き部屋に並べた。

その様子を見たハインリッヒが盛大に吹き出して大爆笑したのは言うまでもないことだった。


 数日後の深夜、空き部屋からすすり泣く声が聞こえたため、ロッシュとハインリッヒが確認に行ったところ、コップがあり過ぎてどれにしようか決められず、その結果どうしていいのか分からなくなって泣いていた水寄越せ妖精を発見した。

ロッシュとハインリッヒは、片っ端からコップに少量の水を入れて、それを水寄越せ妖精に与えることで解決し、水寄越せ妖精は、「これからは入れ物は何でもいい。もう二度とコップじゃないと嫌とか言わない」と真剣な顔をして去って行った。


 その翌日、ロッシュとハインリッヒに水属性が追加されていたことで大騒ぎとなったが、アリエスは、「妖怪が自分のところに来なくて良かった」と、ホッとしていた。

来て欲しくはないけれど、来てしまっても大丈夫なようにと、114個もコップを置くのはさすがに鬼だと思うぞ、アリーたん。


 水寄越せ妖精は、お礼にロッシュとハインリッヒに水属性を与え、こんな鬼畜なことをしたアリエスの水属性を取り上げてやろうと思ったが、瞳の色とは裏腹に持っていなかったので、「うわぁーーーん!」と涙を煌めかせながら去って行ったのだった。


 この一件以来、水寄越せ妖精は、水をくれた人に飲み水程度の能力だが、水属性を与えるようになった。


 水寄越せ妖精は、思い出したのだ。

今でこそ井戸がそこかしこにあるが、昔は水に困る土地だった。そんな中でも水をくれた親切な人に、水属性を与えていたことを。


 今では水に困らなくなったが、それでもないよりはあった方が良いに決まっている。


 しかし、妖精は妖精である。

とても気まぐれで、気に入らなければ水属性を取り上げてしまうかもしれないので、注意が必要だ。


 


 

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