第五話 いいんだよ!

 いきなりとんでもないことをされたハインリッヒだったが、効果を知って本当に自分にくれるのかアリエスに詰め寄った。

売ればかなりの金額になるのに本当に良いのか、と。


 ここで誤解のないように言っておくが、このブレスレットをハインリッヒが欲しているのは、自分に使うためではない。

自身の弟に渡したいからだ。


 それをアリエスも知っているため、ハインリッヒにお土産として渡したのである。


 効果の確認を終えたハインリッヒはブレスレットを外し、大事に仕舞ったが、アリエスがハインリッヒにはめたのは、ただのイタズラである。確認作業のためではないのだ。


 ハインリッヒは改めてアリエスにお礼を言うと、まだこの場に残っていたザザに視線を向けた。

ザザもアリエスが何を渡したのかに気付いてからは、ハインリッヒから言われることを理解していた。理解していたが、認めたくはなかった。


 「ザザ、覚悟はいいな?」

「……良くはないが。はっきり言って良くない」

「諦めろ。この手合いのものが手に入ったら、という話だっただろう?」

「しかし……」

「しかしも、へったくれもねぇよ。手に入ったんだから」


 苦虫を噛み潰したよう顔をしたザザは、「あとの話はクランハウスに戻ってからだ」と言って、ハインリッヒを伴ってギルドを出て行った。

その背中は隠しきれない、いや、隠す気もなく落ち込んでいた。


 何の話か分からなかったアリエスだったが、自身に関係ないことだろうと、買い取りカウンターまで行くのであった。

関係ないどころか、発端になったアイテムを渡した張本人だろうに。


 査定のために広めに取られた買い取りカウンターにて待ち構えていたオッサンは、「半年ほど帰還しなかったそうだが、カウンターに並びきらないようなら奥の倉庫へ行ってくれ」と笑顔で後ろの扉を親指で指し示した。


 倉庫にて、次々に出される解体済の素材。

袋に入ったランク別に仕分けられた魔石や牙、皮など、半年分の様々な素材が山積みになった。

 よくもまあこんなに貯め込んだものである。

帰還しなかったので仕方ないにしても、普通の冒険者ならば持ち帰るのが不可能なほどの量だ。


 ぐるりと倉庫内を見渡したロッシュは、何の感情も浮かばない無表情で、「全て書き記してリスト化してあるので、誤魔化しは不可能ですよ?」と言い放った。

それを聞いた倉庫内にいた職員たちは、とある一人へ視線を向けたので、そんなことをしそうな者がいると言っているようなものだし、それが誰がなのか一目瞭然であった。


 既に改心しているし、二度としないと約束しているし、本人もするつもりはないのだが、一度ついた悪い印象は簡単には無くならない、いい例であった。


 量が量だけに査定し終わるまでに数日を要するということで、アリエスたちはロシナンテのクランハウスへとやって来た。


 第四区に借りていた家は、今回入ったダンジョンからいつ戻るか決めていなかったために解約してしまったので、宿に泊まるくらいならロッシュの家に行こうということになったのだ。


 半年以上振りに訪ねたロシナンテのクランハウスは、当然何も変わっていないのだが、何やら少し騒がしい雰囲気が漂ってきている。

だが、ロシナンテで何が起きていようとも自分には関係ないと思っているアリエスは、さっさと部屋へと上がってしまった。


 部屋に置かれている触り心地も座り心地も良い、濃い青色のソファーに、グデッと座ったアリエス。

そこへ、すかさずロッシュが飲み物を用意してくれたのだが、アリエスは今日くらいは自分のことは自分でするから休んでとロッシュを座らせた。


 ここで、ロッシュにもお茶を入れてあげるとか言わないのがアリーたんのいい所なのだ。

何故って、アリーたんがお茶を入れれば渋苦いお茶が出てくるからである。

 それを分かっているから彼女はやらないのだが、そんな渋苦いお茶でもアリーたんが入れてくれたのならロッシュは喜んで飲むと思うぞ。


 そこへ、ドスドスっ!と扉をノックする音が響いた。

テレーゼが対応に出て、クリストフが訪ねて来ているがどうするかとアリエスに聞いた。


 クリストフとは、ハインリッヒの弟である。


 アリエスの許可を得て招き入れられたクリストフは、アンティークレッドの長い髪をオールバックにして束ね、鋭い眼光は鮮やかな緑色をしている、程よいマッチョマンだ。


 その鋭い眼光を潤ませたクリストフはアリエスを視界に留めると、ソファーに座っている彼女の前に膝をつき、その手を取った。


 「アリーちゃん。本当にいいの?」

「にししし!当たり前じゃん。ずっとクリスが欲しがってるの知ってたからな!でも、劣化版だったんだよなぁ、アレ。まあ、あのダンジョンで完全版が手に入るなんて思ってねぇけどな!」

「アリーちゃんが潜ってたダンジョンでは、普通なら劣化版すら手に入らないよ。さすがだね」

「ふふん!私にかかれば、こんなもんよ!あ、でも、完全版も手に入ったらお土産にするからな!」

「ダメだよ、さすがに完全版はお土産として受け取れないよ」

「いーの、いーの!」


 アリエスがハインリッヒに渡したお土産である、あの女体化のブレスレットは劣化版なのだが、完全版は名の通り子供を産むことも出来るようになる代物だと言われている。


 そんな代物をさも当然のように手に入る算段で話をするアリエス。

彼女ならば、本当に手に入れてしまうかもしれない。

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