第三話 しなる鞭

 筋トレと同じようなもので、魔力は使えば使うほど増えていく。

しかし、ゲームとは違い魔物を倒したからといってレベルが上がってHPが増えるということはない。


 たいした一撃でなくとも頸動脈に当たると下手をすれば失血死するのだ。


 だからこそ、回復薬の残量を常に確認し、回復魔法が使えるものは重宝される。


 だが、アリエスには材料さえあれば回復薬を作れる錬金術師コンビのミストとブラッディ・ライアンがいるため、魔力回復薬にも困らない。


 つまり何が言いたいかといえば、結局ノンストップで補給にも戻らずダンジョンの最下層まで来てしまったのだ。

しかも、誰も疲弊していないどころか楽しげである。やはり、あるじがこうだと、下についたものもこうなるのか。


 最下層のボスがいるであろう、豪華な装飾が施された禍々しい扉を前にアリエスは、最終確認を行っていた。


 今回は頭の上にサスケを乗せたベアトリクスも上空から参戦するため待機している。たまには一緒に遊びたくなったという理由なのだが、頭上のサスケは「目玉は俺のもんだ!」と意気込み十分である。


 ボス戦メンバーは、リーダーにアリエス、盾役にバルト、遊撃にクイユ、回復役にクララ、クララの護衛にミロワールとスクアーロ、サスケを頭に乗せたベアトリクスは魔法アタッカーとして参戦する。

ロッシュはベアトリクスに騎乗して、全体を見ながら指揮を執るようにアリエスに頼まれているため、実質的なリーダーは彼になる。


 アリエスに全体を見ながらの細かい指示など無理無理の無理である。


 装備に綻びもなく、回復アイテムも十分にある、意気込みも十分!ということで、アリエスはボス戦の扉を開いた。


 篝火かがりびが灯されたドーム状の内部はとても広く、その奥には「一つ目の巨人」と呼ばれるサイクロプスが配下5体を従えて仁王立ちしていた。

サイクロプスは5mほどの大きさで、配下はオークの上位種であるハイオークで3mほどの大きさである。


 扉が重厚な音を立てて閉まると、サイクロプスが「ようこそ!」と言わんばかりに咆哮を上げた。


 それを合図にアリエスは先手必勝!と氷魔法で「アブソリュートゼロ」を思いっきり放った。


 思いっきりが良すぎてサイクロプスの下半分、ハイオークはサイクロプスから少し離れていたとはいえ身体の3分の2が凍ってしまい、サイクロプスが動かせるのは上半身だけ、ハイオークに至ってはほぼ身動きが取れなくなってしまった。


 アリエスは、「やべ、やり過ぎたか?」と笑ったが、怪我をするよりは良いだろうと、「総員、フルボッコーーー!!」と号令をかけた。


 ロッシュを乗せたベアトリクスは、上空から魔法で風の刃を飛ばし、サスケはサイクロプスの1個しかない目玉を土魔法で狙い撃ち、ロッシュは鞭を振るいサイクロプスの腕を攻撃している。


 バルトは大きな盾の裏に備え付けてあった剣を抜き、身動きの取れないハイオークの首を落とし、クイユは他のハイオークの頸動脈を切りつけた。


 身動きが取れないからといって油断せず、ミロワールとスクアーロはクララの護衛をしたまま警戒をしているが、アリエスの言う「総員」というのはアタッカーのことなので、命令違反にはならない。


 アリエスは、サイクロプスの首に目掛けて氷の矢を放って頸動脈を切りつけることに成功した。

 

 そして、サイクロプスとハイオークは、為す術なく散って行き、残ったのは冷凍肉とボス戦報酬の宝箱だけとなった。


 サスケも頑張って目玉を狙っていたが、鬱陶しがられるだけに終わってしまった。

しかし、目玉は素材なのでなるべく傷を付けない方が査定が上がるので、それはそれで良かったのである。サスケも満足しているので良いのだ。


 飛び回って魔法をバンバン打ったベアトリクスも大変満足した様子で今はディメンションルームへと戻り、お気に入りのクッションベッドでヘソ天で寝ている。


 宝箱も回収し、「さー、終わった終わった」といった感じで帰還することにしたアリエスたちは、ボス戦のあとに出現する入口までの直通魔法陣に乗った。

この魔法陣は、最下層のボスを討伐しないと出現しないので、それで帰って来たということは、つまり最下層のボスを討伐し、このダンジョンを攻略したということになる。


 全員が魔法陣に乗ったのを確認したアリエスは、魔法陣に魔力を流して起動させた。

青白い燐光が煌めき、一瞬の浮遊感の後には、ダンジョン入り口の横にある帰還用スペースに立っていた。


 帰還用スペースの魔法陣が光ったため、周囲にいた者たちは誰が攻略したのかと興味津々で覗いていたのだが、そこに現れたアリエスたちを見て目を見開き顎を落とした。


 半年近くダンジョンから戻って来ておらず、同行していたクラン"ロシナンテ"の設立者(ロッシュ)を探すための捜索隊が編成されており、明日の朝からダンジョンに潜るために既に待機していたのだ。

すれ違いにならなくて良かったな。ギリギリ間に合った。


 捜索隊と一緒にいたハインリッヒが騒ぎに気付き、帰還用スペースにいたアリエスに声を掛けた。


 「やぁーっと戻ってきたな。もう少しで捜索隊が出るとこだったぞ?」

「は?何で?自己責任だろ?」

「まあな。そう言ってんだけど、領主様は納得しねぇのよ。ロッシュが心配だって言って」

「チッ、めんどくせぇな」

「おいおい、不敬だぞ、アリエス。気をつけろ、な?」


 アリエスの態度に視線を尖らせた捜索隊に気付いたハインリッヒは、彼女に落ち着くように促した。


 攻略し終えたばかりで疲れているだろうからと、事情を聞くのは明日以降に持ち越されたが、アリエスは、「人を犯罪者みたいに言いやがって」とブチ切れていた。


 もちろん、アリエスがブチ切れているので、「アリーたんを愛でる会」の会長様も笑顔で静かにキレておられます。


 ロッシュさん?そのお手手にあるものは何でございましょう?

もう戦闘は終わりましたよ?そのお手手にある鞭をどうされるのでしょうか?


 あーあ、お仕置き確定ですかねぇ?



 

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