第三話 増えた
ヘドロ色の髪をした少年を購入したが、まだブラブラしたいアリエスに付き合って歩けるほどの体力もなさそうだったので、バルトが抱えることになった。
アリエスは、奴隷たちにお喋りすることを禁じていないので、彼女の周囲ではヘドロ色の少年に色々と教えていた。
「な、なるほど。奴隷なのに凄いハーレムだと思っていましたが、そんな事情があったのですね」
「アリエス様は、そんなことをしてくれるご主人様なんだよ」
「でも、バルトさん。ご主人様は僕なんかを買ってしまって、本当に良かったんでしょうか……」
「それは、アリエス様が決めることだ。だから、お前は自分に出来る精一杯をやればいいと思うぞ」
「…………はい」
このヘドロ色の髪をした少年だが、有名な錬金術師の家に生まれた次男なのだ。
長男は側室の子だが、少年は正妻の子なので本来ならば跡継ぎは彼になるはずだった。
しかし、政略結婚で嫁いできた正妻のことが気に入らない当主は側室を寵愛し、跡継ぎは代々長男がしてきたといって側室の子を嫡男に指名したのだ。
正妻は、産後の肥立ちが悪くて亡くなったことになっているが、側室に一服盛られたことが原因である。
そして、後ろ盾をなくした少年は結局、養子として出されたのだが、側室が手を回し、その養子先から奴隷として売られてしまった。
その結果、少年の家には正当な跡継ぎが残っていない。
というのも、その少年の父親は曾祖母の親戚から養子に来ているので、その時点で血縁が途絶えているのだ。
少年の母親が政略結婚で嫁いで来たのは血筋を復活させるためなのだが、それが本人たちに伝わっていないがために起きた出来事だった。
つまり、その少年の母方の血を入れないと、お家断絶になってしまうのだが、彼らはそれに気付いていない。自分たちこそが正当な跡継ぎだと思っている。
ちなみに、少年もそのことは知らない。
幼い頃に養子に出された挙句に奴隷として売られたのだから、知りようもなかったのだ。
少年が生まれた家では、錬金術に使用する道具があるのだが、その中には血筋でないものには使えない物が存在する。
今は、まだ使用せずとも済んでいるが、そのうち使わざるを得えない状況になる日が来るのだが、そのとき彼らは今までのツケを払うはめになるだろう。
さて、ブラブラと歩いているアリエスが立ち止まり手に取ったのは、「治療人形」と呼ばれている品だった。
乾燥させた草っぽい繊維を束ねて
アリエスが鑑定してみると、どうやら本当に呪いの人形らしいのだが、呪いというより呪術といった方が良いだろう。
つまり、お灸をした程度には効く
アリエスは目を輝かせて、「やべー、ちょー楽しそう!」と結構な数を購入していった。
それを見ていた通りすがりの人たちも、「あんなに可愛い子が買って行くのならば、何か良いものなのかもしれない」と購入していった結果、売り切れた。店主のおばちゃんは呆然としている。
人形に他人の髪の毛を埋め込むことで、その人への治療もできるのかとアリエスがつぶやき、それが通りすがりのご婦人の耳に入ってしまったことにも原因はあるだろう。
治療なのだから、思う存分たっぷり釘を人形にブッ刺しても良いのよね?と、ニンマリ笑ったご婦人は、 「あら、これ良さそうね。最近、夫の具合があまり良くないの。試してみるわ」と、夫の具合が悪い割に楽しそうに買って行った。
お灸程度とはいえ、何事もやり過ぎは良くないので、程々にしておいて欲しいものである。
大規模マーケットというだけあって、たくさんの露天が並んでおり、昨日とは打って変わって騒がしい様子にアリエスは寒いのも忘れ、楽しんで一日を終えた。
ヘドロ色の髪をした少年の名付けは、どうした!?なんて、心配はいらない。ちゃんと付けた。ヘドロ色から安直にペトロなんて
少年の名は、ミスト。
薄灰色にうっすーい水色が掛かった瞳から霧を連想して、ミストにしたのだが、水関連の名前はこれで3人目である。
当然の如くアリエスのディメンションルームに驚き固まったミスト君だったが、「分かるよ、その気持ち」とアリエスを除く全員が頷いていた。
毎回恒例?の、奴隷丸洗いが行われ、こざっぱりしたミストは、暖かい部屋に温かい食事、そして、周囲の人の優しさにボロボロと涙を零しながらその日は眠りについた……のなら良かったのだが、優しさに触れてしまったら寂しくなってしまったのだ。
何かあったらいつでも来いと言われていたのを頼りにミストは、クイユの部屋を訪ねて一緒に寝てもらい、やっと夢の中へと旅立っていった。
治療などの経緯からロッシュを除く最年長であるにもかかわらず、息子ポジションを与えられていたクイユ。
しかし、幼い頃から蔑ろにされて育った彼には、ミストが感じる寂しさがよく分かったのだろう。この度、兄貴ポジションへと昇格を果たした。
だが、息子ポジションなのは、変わらない。
何故なら、末っ子ミストが増えただけだからである。
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