第五話 そこまで来た

 アリエスは、アドリアとたいして歳が変わらないテレーゼにも姫ベッドを買おうとしたのだが、どう見ても嬉しそうではないことに気付き、「テレーゼ、命令。どんなベッドが良いか言って」とテレーゼの好みを聞いて選んだのは、白を基調にしたシンプルなベッドだった。


 ロッシュに買ったのは黒を基調にしたベッドなのだが、おそらく彼が寝るととてつもない色気を放つだろう。

王の血を引くロッシュも例に漏れず美形であり、しかもサラリとした薄グレーの髪でダークピンクの瞳だ。さすが、テレーゼの初恋の人である。


 ベッドの組み立てが終わったロッシュを先程買った黒を基調にしたベッドへ座らせたアリエスは、自身の胸がきゅんっ!としたことで、「あ、やっぱ恋愛対象は男なのね」と、変なところで感心していた。


 「ロッシュ、すげぇ色気だな」

「そうでございますか、アリエスアリー様?」

「うん。思わず、きゅんっとした!!」

「おや、それは嬉しゅうございますね」


 嬉しいと言ってわざとらしく髪をかきあげてアリエスに流し目を送るロッシュ。実にエロい。テレーゼが無表情で鼻血を出しそうになっているから、その辺でやめろ。孫娘相手に何をやっているんだ、この爺さんは。


 寝具がアリエスからのプレゼントだと知ったロッシュは感激のあまりハンカチで涙を拭った。孫娘からの初めての贈り物が寝具とは何と嬉しい出来事かと。


 この世界、寝具を贈れるのは家族だけである。

付き合っているカップルが彼女にベッドを贈った場合、それがプロポーズになる世界なのだ。結婚で指輪を贈るのは貴族だけで、所謂いわゆる印章がついたものでダイヤモンドなんぞ付いていない。

 ベッドを贈るといっても現物を家に届けるのではなく、家具屋に注文して、その受け取り証を彼女に渡すのだ。

そして、嫁ぐ際にそれを嫁入り道具として持って行くので、男の甲斐性が試される。決して中古品なんぞ贈ってはいけない。安くても新品を買おう。


 ちなみに奴隷は別である。

ペットに寝床をプレゼントするのと同じ枠になるので、それに嫉妬してブチ切れるようなヤベー相手とは、サヨナラすべきである。


 なので、アリエスがアドリアにベッドを贈ってもバルトは反応しない。むしろ、アドリアがハラハラと嬉し涙を流してベッドを恐る恐る指で撫でているのをそっと見守っている。


 ベッドの配置も終えたので明日に備えさっさと寝ることにしたのだが、奴隷組は感動に打ち震えて気分が高揚してしまい目が冴えてしまっている。

クイユは元は貴族の息子なのだが、嫡男の影武者をさせられていたことで察せるが、まともな扱いを受けておらず、用意されたベッドの手触りと寝心地に感動しまくって、バレないように泣いている。拷問を受けたときだって泣かなかったのに。


 ロッシュとテレーゼも感動でぴるぴるしているが、そこはさすが側仕え。明日に支障をきたすようなことがあってはならないと、ある程度ぴるぴるしたら眠った。


 夢の中へ旅立ったアリエスの枕元には、お買い物アプリで購入した写真集とガーデニング本が置いてある。

白髪に金色のカラコンを入れてクジャクの羽根を流したようなマーメイドドレスを着た康一の写真集と、茉莉花が携わった庭の紹介やらお手軽にできるベランダ庭計画などの特集本だ。


 康一は、女性物のモデルをすることもあったので、写真集にはドレス姿も載っている。アリエスの一番のお気に入りはその写真集の最後のページにある銀髪に青い瞳をした軍服姿だ。


 茉莉花が、というよりは茉莉花の庭ファンたちの要望で出版されたガーデニング本は、普段なら立ち入ることの出来ない城の庭なども掲載されており、写真集の役割も担っている。


 翌朝、アリエス以外が起き出して朝食の支度を始めた。

ディメンションルームは、馬車内の壁に入り口を開けたままにしてあるので、アリエスが寝ていても出入り自由なのである。


 そんな風に野営を繰り返していくうちに、ハルルエスタート王国の国境まで来た。

その間にロシナンテのメンバーと打ち解けることができたアリエスは、元気いっぱいである。


 ちなみに、ここまでアリエスは自分がどこに向かっているのか分かっていなかったりした。

皆と楽しくワイワイやりながら旅が出来て満足していたのだ。なんという無頓着さ。テキトーにもほどがある。


 やっとここで国境を越える手続きをするという単語をロッシュから聞かされて「は?」と返したところである。


 「ちょっと待とうか、ロッシュさんや」

「はい、アリエスアリー様。どうかなさいましたか?」

「私、まだ国境を越えられないんじゃ……?」

「越えられますよ」

「え?ブロンズランクなのに?」

「はい。アリエスアリー様は、ブロンズランクの冒険者ですが、ハルルエスタート王国の平民でもございますので、きちんと手続きをすれば国境を越えることは可能なのでございます」


 離れを巣立ったその年は、ハルルエスタート王国王都に籍を置く平民という扱いになり、その年だけ住民税は発生しない。

翌年からは籍を移した場所にて住民税を支払うことになるが、冒険者になった場合は冒険者ギルドから支払われる報酬の中から先に天引きされ、それをまとめて冒険者ギルドが領主と国に収めているため、冒険者自身が自分で払いに行く必要はないのだ。


 そして、籍を持たない冒険者はゴールドランクになっていないと国境を越えられないのだが、籍を持っている平民ならば手続きをするだけで国境を越えられるのである。


 つまり、アリーたんは、今からでも国外に出られるのだ。


 「知らんかった。……ていうか、今更だけど私ってどこに向かってんの?」

「ダンジョン都市ドリミアでございますよ」

「マジか!?もうダンジョン都市まで行けるんだ……っ!」


 拳を握って喜ぶアリエスを微笑ましく見つめるロッシュ。

自分家じぶんちに孫娘を連れて行く気満々である。


 アリエスよ。今頃、クラン「ロシナンテ」の拠点では改修工事が行われているぞ。

孫娘の好みを熟知した爺さんによって、指示が出されたからな。


 こうして、何の問題もなくアリエスが予定していたよりもかなり早い時期に国境を越えたのだった。

 

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