第三話 野営地にて

 徒歩のメンツがいないのと揺れが少ない馬車ということもあり、かなりの速度を出して移動したため、予定していた街を通り過ぎて野営地にて泊まることになった、アリエス御一行様。

アリエスが街に泊まるのは嫌だと言ったせいでもあるのだが、ロシナンテのメンバーは野営に慣れているので何の問題もないし、メンバーの一人がテイマーなので夜間の警戒は従魔に任せて休めるため、宿に泊まるよりも気が楽だったりする。

 ちなみに馬車をひいているのは、スレイプニルという8本脚のお馬さんなのだが、敵に容赦はしない凶暴性の持ち主だ。


 暗くなる前に夕食の準備を済ませようと取り掛かったのだが、アリエスはすることがない。

というのも、ロシナンテのメンバーはクランの設立者であるロッシュの下についているので、そのロッシュが勝手に仕えているアリエスは、自動的にこのメンバーのトップになってしまったからだ。駆け出しのブロンズランクなのに。


 暇を持て余したアリエスは、成体サイズになったベアトリクスの背中でダレている。

「ひーまー」

「うーなぁー」

「たいつくぅー」

「にゃあん」


 律儀に相槌を打ってくれる優しいベアトリクス。

ただ、「退屈」を「たいつく」と言っていることに対してツッコミは入っていない模様。


 そんなアリエスを微笑ましく眺めるロシナンテのメンバーだが、あまり近づき過ぎたり長く見つめたりしていると、アリエスがイラッ!とくる前にロッシュから肩を叩かれるので、サラっと見るだけにしている。

アリエスは、気配察知を持っているので視線に敏感なのだが、ここにいるロシナンテのメンバーは精鋭なので、彼女に気付かれないように見ることが可能だったりする。実力の使い道がこれである。さすがロッシュが設立したクランのメンバー、さすがハインリッヒの仲間だ。


 用事を済ませたロッシュがアリエスの元へ行くと、彼女からどうして王宮で執事をしていたロッシュがクランの設立者なのかを聞かれた。


 「わたくしめの母方の実家が、ここから東に国を一つ跨いだ先にあるルミナージュ連合国ダンジョン都市ドリミアにございまして、成人後はその家を継ぎ、ドリミアの領主様のもとで執事をしていたのでございます。領主様に引退後は、ハルルエスタート王国王宮の離れにて後進のためにあちらで執事の任に就きたいと申し出たのですが、それを、許可するには条件があると仰せになられました。その条件が、冒険者ギルド所属クランをわたくし名義でドリミアに設立する、というものでございました」

「なるほど。仕事終わったら帰って来いよってこと?」

「過分にもそういうことなのでございましょう。ですが、わたくしめは、アリエスアリー様の側仕えでございますから、どこへでもお供いたしますよ」

「えへ。ありがと、ロッシュ。でも、ゴールドランクになったら、ダンジョン行くぞ!」

「ええ、もちろんお供させていただきますとも」


 アリエスは知らないが、ロッシュは暗器が使える執事である。

所持属性の能力が低いから戦闘で役に立たないかといえば、そのようなことはないのである。


 大規模魔法をブッパするだけが戦いではないし、むしろ魔物戦でそのようなことをすれば素材が台無しになるので、冒険者だと大規模魔法が得意というのはあまり自慢にならない。

いかに、安全にキレイに仕留めて解体できるかが腕の見せ所なのだ。じゃないと、おまんまを食いっぱぐれてしまう。


 夕食は、テレーゼ監修の具だくさんスープと串焼き肉、デザートの果実もある。

ロシナンテのメンバーたちが狩った獲物をバルトとアドリアが解体と下処理を済ませ、クララがクイユを護衛に伴って採取した野草も加えた栄養満点のスープは、腹の虫が大合唱しそうなほど良い匂いを漂わせている。

 そこに肉の焼ける香ばしい匂いも合わさり、ヨダレが滝のように出そうだ。


 ここは野営地なので少し離れた場所にも人はいるのだが、匂いに釣られてやって来たりはしない。

ロシナンテ達の装備や身のこなしで上位ランクの冒険者だと分かるし、側仕えと奴隷がいる美少女を見れば貴族のお忍び旅に見えるため、近付いてトラブルになるのはゴメンだと判断された。


 はふはふとスープの具を頬張るアリエスを内心ではだらしない顔になっているであろうテレーゼがお世話している以外は、みんな夕食を取っている。

本来ならば奴隷は、主人や側仕えなど奴隷ではない身分のものが食事を終えるまでは与えられないものなのだが、アリエスが落ち着かない!とワガママを言ったためにこうなっている。


 というのも、今日のお昼時に、さぁランチを食べよう!とアリエスが食事に手をつけたのだが、誰も一緒に食べないというハプニングが起きたのだ。

奴隷たちは自分の身分を理解しているため当然の結果なのだが、ロシナンテのメンバーはロッシュがアリエスの給仕をしていて食事に手をつけていないので、クランの設立者を差し置いて食べることなど出来ないと、「待て」状態の忠犬と化した。


 その結果、うりゅ……と涙が滲みそうになったアリエスに気付いてロッシュは、ロシナンテのメンバーをギロリと睨みつけたのだ。

自分のことは棚上げである。


 そんなことがあったので、ロッシュとテレーゼはアリエスと食事に関してのお約束をした。


 朝食は、速やかな行動に移すために全員で取る。

昼食は、周囲の警戒があるためロシナンテのメンバーとアリエスが先に済ませ、交代で奴隷たちが取る。給仕は、ロッシュが行う。

夕食は、見張り番をスレイプニルや他の従魔もしてくれるため、翌日に備えてさっさと食事を済ませて寝る。給仕は、テレーゼが行う。


 建前を用意することで一緒に食事が出来るようになったのだが、これに文句を言うものは、いない。

今日一日いただけで、ロシナンテのメンバーも「アリーたん、きゃわわ」になってしまったのだ。すごい感染力である。




 


 


 

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