第二話 旅をするにあたって
処理落ち状態のロッシュとテレーゼが再起動するまでアリエスは、お買い物アプリで欲しいものを購入していくことにした。
まず、旅をするにあたって宿には泊まらない。
前世の生活水準と出涸らし小屋とはいえ王宮の離れで育ったアリエスにとって、この世界のそこそこ良い宿屋でも「あっは☆これが良い宿とか冗談だろ?無理じゃね?」というレベル。
良い宿というのは、教育がきちんと出来ていて行き届いていることを指す。
この場合の教育とは、ぼったくりとか手癖の悪さとか無く、寝ている間も安心ですよ!という意味なので、清潔かどうかは関係ないのだ。
アリエスが毎日、簡単に使用している洗浄魔法だが、これを使える者はそれだけで王宮や貴族家へ仕えるための第一審査を突破できるほどなのだ。
洗濯機のような魔道具もあるが、とても高価な上に動力に魔物から取れる魔石が必要になってくるので、それを置いてある
そんなところに毎回毎回泊まっていたのでは、あっという間に資金が底をついてしまう。
ということで、生活資金を浮かせるためにアリーたんは、宿へ泊まるよりも人数分のベッドを買う方が断然お得だと判断し、お買い物アプリの前で迷い中である。
ただのベッドにしようか、デスク付きのロフトベッドにしようか、クララには夢かわいい姫タイプじゃね?と何の候補も絞れずに腕を組んで難しい顔をしている。
「ハッ!?ア、
「んー?ベッドをね、人数分買おうと思って」
「な、
「だって宿屋に泊まるのもったいないじゃん?しかも、あんま清潔そうじゃないしさぁ」
「宿のことなら心配ご無用でございます。安心して泊まれる清潔な宿を熟知いたしておりますので、お任せくださいませ」
「ロッシュを信用してないわけじゃないんだけどさ、ここに泊まればタダじゃん?」
「そうですが……、
優秀な執事が欲望に負けた瞬間だった。
テレーゼが無表情キャラでなければ今頃、モザイク処理が必要なほど笑み崩れただらしない顔をしていただろう。
ちなみに馬車の御者と周囲を囲む騎乗した護衛は、冒険者ギルド所属クラン、ロシナンテのメンバーである。
ロッシュとテレーゼが職を辞して旅に出るということで、護衛として来たのだ。
アリエスの奴隷たちは馬車の後ろに連結された箱に乗っており、魔物などの襲撃があった際は、バルトとクイユも戦闘に参加する。
護衛は御者を入れて全部で6人なのだが、少数精鋭の腕利きなので何の心配もいらない。
本当はハインリッヒも来たがったのだが、仕事のためダンジョン都市ドリミアのとあるダンジョンに血涙を流しながら潜っている。
どのようなベッドがいいのか目移りしたアリエスだが、クララに夢かわいい姫ベッドを買うのだけは決定事項だったようで、それを「ポチッとなー」と言いながら購入したのだが、その瞬間に成体となったベアトリクスに
購入したものは、ステータス画面から出てくる。それを忘れているので危うく購入したベッドで怪我をするところだったのだ。
「あっぶね!!ベアトリクス、ありがとな」
「うなー……」
勘弁してよねー……とため息をつきながら返事をしたベアトリクス。
彼女はこの5年で成体となり、お馬さんサイズになったのだが、ホタテ貝型のクッションベッドがお気に入りなので、寝る時は仔猫サイズになっていたりする。
突如として現れた可愛らしいベッドに驚きつつも顔を綻ばせるロッシュは、「
「いや、これクララ用だけど?」
「なんとっ!?……クララは、奴隷でございますよ?」
「んー、まあロッシュの言いたいことは分かるんだけどさ。私、姉ちゃんから『自分がされて嫌なことはしちゃダメだよ』って言われて育ったからさ。用意してやれないわけでもないのに、奴隷だからって毛布一枚で床に寝ろっていうのは、出来そうもないんだよ」
「なんとお優しい……。あまり甘やかすのは良くないのですが、彼らに至ってはつけ上がることもないでしょうから、大丈夫でしょう。もし、そうなることがあれば、この不肖ロッシュが躾し直させていただく所存です」
自分がされて嫌なことはするなと言われて育った仁ことアリエスであったが、それが発揮されるのは自分の懐に入れた相手にだけである。
しかもその懐は、ものごっつ狭い。猫の額並に狭い。
アリエスがパーソナルスペースに入れるのは、召喚獣のベアトリクスとサスケ、家族枠のロッシュとテレーゼ、親戚のおじちゃん枠のハインリッヒ、奴隷のクララ、クイユ、バルト、アドリアだけである。
基本的にアリエスは前世の頃から、手が届く距離に人がいるのは嫌いなのだ。例外は懐に入れた人だけで、それ以外は、ただ横にいるとか、通り過ぎる程度なら耐えられるが、目線を向けられて横にいられるとかなりストレスが溜まる。
つまり、今回の旅に同行しているロシナンテのメンバーには、ロッシュに隠れて威嚇中なのである。
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