3 旅に出ます

第一話 旅立ち

 夏真っ盛りの暑い日、アンネリーゼことアリエスは15歳の成人を迎えた。

準王族ではなくなるため、新たに違う名を名乗ることにしたのだが思い浮かばず、冒険者登録した「アリー」という名にいずれSランク冒険者になりたいと、エスを足した安直な名前である。


 アリエスとはおひつじ座、牡羊座!オスである!

アリーたん、君は女の子だぞ……。

 それに、この世界の冒険者ランクはアルファベット表記ではなく、鉱物名表記である。


 クイユの治療に半年かかったので、冒険者ランクを上げだしたのは一年半前から。

街中のおつかい程度の依頼から王都の外へと出て薬草採取や弱めの魔物狩りなどをこなし、コツコツと頑張った結果、アリエスは成人前に見習いのアイアンランクから駆け出しと言われるブロンズランクに昇格できた。武器は相変わらずモーニングスターのままである。


 バルトは元シルバーランクの冒険者だったが、奴隷となったのでランクは凍結されている。

奴隷から解放されることがあれば、そのときに適正試験を受け、合格すれば元のランクから、不合格なら冒険者ギルドが適正だと判断したランクからのスタートとなる。


 アリエスは、初めて冒険者ギルドを訪れた際にドス声でブチ切れたことと、躊躇なく相手のお腹に風穴を空けようとしたところなどが周囲の冒険者に知られたため、絡まれることはほとんどなかった。

それを知らない人がナンパしようものなら周囲が「やめろ、腹に風穴が空くぞ!」と回収してくれるので放置している。


 王家からの支度金は事前に言われていた通り、合計金貨600枚を貰えた。

そこからアリエスが使ったのは、奴隷購入に金貨60枚だけだったので、残りの金貨540枚で移動用に馬車を用意しようと考えていた。


 しかし、ここで待ったが入った。

そう、アリーちゃんを愛でる会の会長様登場である。


 「アリエスアリー様。どうぞ、この爺めも一緒に連れて行ってくださいませんか」

「え。……えぇ?でも、ロッシュは、ここの執事なんじゃ?」

「ほっほっ、ご安心くださいませ。既に退職しておりますよ」

「え?いや、えぇ?なんで?」

「分不相応にも孫娘と旅をしたいと思ったのでございます」

「はあ……。あ?孫娘?」

「わたくしめにも王家の血が入っておりまして、家系図にするとアリエスアリー様の大叔父となります」

「………………。マジかっ!!?」


 ここにきてやっとアリエスはロッシュと血縁関係にあることを知った。

何気に懐いていたロッシュが実は大叔父であったことに嬉しそうに頬を緩めるアリエスをニコニコと見つめるロッシュ。


 そんな二人を無表情ながらも背後に暗雲を背負いつつ眺めるメイドが一人。

テレーゼである。


 「テレーゼは……、お見送りなの?」

「許されるのであれば、お供させていただきたく存じます」

「お仕事は……?」

「既に退職しており、お供が許されぬのならば、ダンジョン都市ドリミアにある家へ帰る所存です」

「ダンジョン……っ!!」


 ダンジョンのフレーズに目を輝かせるアリエスに、内心笑みを深めるテレーゼとロッシュ。


 しかし、アリエスは笑顔を浮かべたのもつかの間、表情を曇らせてしまった。

ロッシュとテレーゼが一緒なのは嬉しいが、自分の特異なステータスのことを考えると、どうしても踏ん切りがつかないのだ。


 ウジウジ悩み始めてしまったアリエスの手をそっと握ったのは、クララだった。

「大丈夫でございます、アリエス様。お二人ほど頼もしい仲間はそうそう出来ませんわ」

「うん。うん、でもね。でも……」


 クララとは、クイユの治療を二人三脚でやったため、主人と奴隷という間柄に加え、手に手を取り合える仲になった。


 そんなアリエスが悩んでいるのは、口の悪さだ。

元ヤンキーな上に、普段一緒にいるのは召喚獣のベアトリクスとサスケ、奴隷たちなので、取り繕うことなく前世と同じように喋っていたが、最近では少し意識して直そうと努力している。

しかし、咄嗟のときや気分が高揚したりすると、ポロっと出てしまうのだ。それをロッシュとテレーゼが受け入れてくれるのかが心配だった。


 アリエスの様子に何かを感じ取ったロッシュは、俯いてしまった彼女と視線を合わせるために膝をついた。

「わたくしめは、アリエスアリー様がどのような子でも大好きでございますよ」

「だっ……!!?だ、大好きって!?」

「ええ、アリエスアリー様のおじいちゃんですからね。孫娘が可愛いのでございます」


 ナチュラルに自分のポジションに祖父を追加しようとするロッシュ。


 そんなことに気付かないアリエスは、恐る恐る顔を上げてロッシュと目を合わせ、「本当に、本当の本当に、普通にしててもいいの?」と、問いかけた。


 それに対してロッシュはいつものように、「もちろんでございます」と優しく微笑んだ。


 きっと口が悪いのを聞いても最終的には「アリーたん、きゃわわ」で終わるだろう。

「アリーちゃんを愛でる会」の会長と副会長が、そんなことで考えや態度を変えるわけがない。


 こうして、ロッシュ所有の見た目は簡素だが、乗り心地は王家所有並の高級馬車に乗って旅立つことになったので、アリエスの支度金はまたも減ることはなかった。


 この2年で更に頑張ったアリエスの総魔力量は増え、ディメンションルームは45畳ほどになったのだが、ゆとりを持った2LDKの一軒家がすっぽり入る広さである。


 馬車に乗り込んだアリエスは、ディメンションルームへとロッシュとテレーゼを招待し、自分の前世のことやスキルのことなどを話した。


 ただただ広いだけでベアトリクスとサスケの寝床、キャットタワーが置かれているだけなのだが、成人後の支度にどれほどお金が必要になるか分からなかったために我慢していただけで、もっと色々と置きたかったアリエスは、話もそこそこにお買い物アプリで家具を物色しだした。


 ロッシュとテレーゼは、放心中のまま放置である。

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