閑話 ロシナンテ
ここは、ハルルエスタート王国から国を一つ挟んで東にあるルミナージュ連合国ダンジョン都市ドリミア。
ダンジョンを多く抱えている分だけ他よりもたくさんの冒険者が集まるため、その分だけクランの数も多い。
クランというのは、冒険者がパーティーを組んだのを「家族」とすれば、クランは、「一族」といった感じになる。
クラン設立の条件は、借家ではなく持ち家の拠点があること、5人以上のパーティーが3つあること、プラチナランク以上の冒険者が2人以上いること、この3つになる。
そのダンジョン都市ドリミアの高給住宅街に拠点を置く冒険者ギルド所属クラン"ロシナンテ"のリーダー宛に手紙が届いた。
その手紙の送り主は、クランの名前にもなっているロシナンテからだった。
ロシナンテは、成人後に母親の実家へと養子に入った際に、ロッシュと改名しているのだが、リーダーを筆頭に幹部連中は未だに彼をロッシュではなくロシナンテと呼ぶ。
ロッシュのことを兄や父として慕う者たちにとって、元は愛称だったロッシュという名は気軽に呼べないのだ。
そんなロシナンテことロッシュからの手紙には、13歳で冒険者登録をした準王族の王女のことが書かれていた。
手紙を読み進めていたリーダーは、途中で手紙を行きつ戻りつしながら首を傾げていた。
そんなリーダーの様子を訝しんだクランメンバーは、何かあったのかと声をかけた。
「いや、何もねぇ……こともないのか?いや、この分厚い手紙の大半が『アンネリーゼ様』とやらの話ばっかりなんだよ」
「はあ?なんだ、ロシナンテの兄貴に好い人でも出来たのか?」
「どっちかってぇと、孫娘を愛でる爺さんの手紙か?お前も読んでみろよ」
手紙を渡されたクランメンバーも読み進めていくと、母を亡くしたのに健気に頑張っているから始まり、いつも笑顔で元気いっぱいで懐いてくるのが可愛いだの、自分を頼るときのあの上目遣いが
自分たちが元気にしているかどうかは、最後の方にテキトーに書かれていただけだった。
そんな手紙を読み終えたクランメンバーは、ため息をついた。
あのロシナンテがこれほど頭のオカシイ手紙を送ってくるとは、そのアンネリーゼとやらは魅了などの精神汚染系のスキルか魔法を持っているのではないかと。
リーダーもそれを危惧したようだが、手紙を読む限りアンネリーゼという子がロシナンテを利用しているような感じは受けない。
と、二人で頭を悩ませているところへ、とある会のNo.3が部屋へと入って来た。
「ハインリッヒ、戻ったのか」
「ああ、定期報告のためにな。だが、またすぐにあちらへ行くつもりだ」
「やはり、この手紙にあるアンネリーゼという子は、要注意人物なのか?」
「当たり前だ!目を離した隙に害虫が付きでもしたらどうするっ!!」
「……………………。お前もか」
しかし、ミスリルランクに至ったハインリッヒに精神汚染系のスキルや魔法が効くとも思えない。
となれば、やはりオッサンが可愛がりたくなる感じの、ただのイイ子なのかもしれないが、楽観視はできない。
コメカミを抑えるリーダーにハインリッヒは、預かってきた手紙を渡した。
差出人は、リーダーの姉テレーゼである。
姉から手紙が届くなど珍しいこともあるものだと、頬を綻ばせながら開いた手紙を見てリーダーの頬は引きつった。
「アリーたん、きゃわわ」
「何の呪文だよ、リーダー」
「いや、姉さんからの手紙にそう書いてあった」
「はぁ、いいよな、テレーゼは。アリーのそばでお世話できんだから」
「ハインリッヒ、アリーとは誰なんだ?姉さんに子供でも出来たとか言わないよな!?相手は、お前か!!?」
ハインリッヒからアリーとはアンネリーゼのことだと聞かされたリーダーは、姉までもが毒牙にかかっていることに戦慄した。
あの、無表情無口の必要最低限しか行動しない姉が「アリーたん、きゃわわ」とかいうふざけた手紙を出してきたのだ。アンネリーゼとは一体どういう子なのか、リーダーは会うのが怖くなるのだった。
顔を青くするリーダーにハインリッヒは、「おそらく、のんびり旅をしながらここまで来るだろうから、というか、誘導するから。そのうち会えるぞ」と言ったあとに、どさりとお金が入った袋を机の上に置いた。
「ん?何の金だ?」
「アリーの部屋を調えておいてくれ。好みが書かれたメモもこの中に入ってる。日当たりが一番良い部屋で頼んだぞ」
「それって、ロシナンテさんの部屋じゃないか!?」
「まあ、そうなるか。ロッシュがそう言ってんだから、問題ねぇだろ」
「問題あるわ!大ありだ!!このクランの設立者だぞ!?」
「んなこと言ったって、その本人がそう言ってんだから従うしかねぇだろうよ」
ギリリと奥歯を噛み締めたリーダーが、お金の入った袋からメモを取り出すとそこには、主寝室とリビングをアンネリーゼの好みに、書斎をロッシュに、予備の部屋をテレーゼにと書かれていた。
「こんなの……、これじゃあ、まるでロシナンテさんが側仕えみたいじゃないか!!」
「みたいじゃなくて、そうなんだよ。嬉々として執事やってるから、離れを出たあとも続けるつもりなんだろうよ」
ガックリと項垂れたリーダー。
彼もロッシュに憧れる一人である。
しかし、ロッシュは就ける仕事が執事しかなかったために仕方なく執事をしているわけではない。
そんな理由で就けるほど執事の地位は甘くないのだ。
つまり、好きでやっている上に、仕えたいというより構いたい相手が出来ただけである。それがアンネリーゼだったというだけだ。
静観してこのことを眺めていたクランメンバーは、やれやれと頭を振った。
アンネリーゼがここへ来ることになれば、一悶着起こりそうだと。
そんなアンネリーゼは、この夏に15歳の成人を迎える。
彼女の旅立ちは、すぐそこまで迫っていた。
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