第十一話 クイユに起きたこと

 アンネリーゼは、クララに治癒魔法の練習をさせるにあたって、まず人体がどういう構造をしているのかを教えることにした。

そのため、お買い物アプリにて「素晴らしき人体〜あなたの体もこうなっている〜」というフルカラー本を購入し、クララに文字がまだ読めずとも詳しい図解付きなので、絵を見るだけでも勉強になるからと渡していた。そのお値段なんと48000コインなり

もちろん魔法など無い世界の書物なので、アンネリーゼがあらかじめ自身の体を鑑定しながら本を読み進めた結果、魔力を生産、保有している臓器以外は同じであったため、クイユの治療に問題はなかったのだが、その臓器について詳しく知ることについては現状、難しいことはクララに伝えてある。


 クララの手探り状態の初試みという博打のような治療は、奇跡的に成功を収めた。

アンネリーゼの鑑定で状態を詳しく調べ、優先度の高いものから順に治療するように指示を出しはしたが、治癒魔法をかけるのはクララ自身なので、彼女のイメージ力にかかっていたのだ。


 この世界の魔法は、脳が魔法陣を構築して、それを元に魔法を放つのだが、具体的なイメージが出来ていなければきちんとした魔法陣にはならず、魔法を放てない。

そのため、魔法を学ぶ際は、実際にその魔法を見てイメージ出来るようになる必要があり、想像が下手な者は、何度も見せてもらうことになる。

 あとは、魔法陣をまるっと覚える方法もあるが、そうすると応用が利かなくなるのでオススメしない。


 つまり、人体の構造をフルカラーの本で学んだクララは、おそらくこの世界屈指の治癒魔法師といえる。

弱冠12歳で、世界屈指である。クララ、おそろしい子っ!


 そんなクララであったが、予期せぬ壁にぶち当たった。

人型の肉塊であったクイユ。そう、男のシンボルも痛めつけられており、原型を留めていなかった。鬼畜の所業である。


 クララは治療だと思ってはいるがちょっぴり恥ずかしいという気持ちもあった。

それをアンネリーゼは「実際に見たことがないから想像し難いのかな?」と判断してしまった。


 そこで目をつけられたのがバルトなのだが、つがい以外に見せるわけにはいかないし、あるじに命令されれば断れないしと大混乱。

人間の内緒話など獣人族からすれば普通に聞こえるので、その会話が耳に入ったアドリアが、クララに一度も見たことはないのか聞いたところ、奴隷商会にて意図せずして視界に入ったことはあると答えた。


 ならば、それらを統合して一番大きかったものにすればどうかと提案した結果、クララはポムっと手を叩き、いそいそと治療を始めた。


 その甲斐あってクイユはなんとか完治したのだが、治療には半年かかった。

顔も耳もズルリンだったので、もう美容整形後の「誰だお前」状態だ。


 本来ならば回復魔法を施す際は、元通りに再生されるようにイメージすべきなのだが、今後のトラブルを回避するために全く違う顔にすることにしたのである。

お買い物アプリの写真集コーナーで二人して、どの人を参考にしようか迷ったのだが、結局は骨格が似た人物を選ぶことで落ち着いた。


 その様子は、どの服を買うのかネットショッピングでキャッキャしている女子のようであった。


 「もう、クイユさんの身体に関しては、クイユさんご自身よりも詳しいですよ!」

「…………感謝してる。ありがとう、クララ。してるが……、うん」

「まあ何だ。下の世話は、俺がやっといたから。さすがに女の子にされるのは嫌だろ?」

「そのことについても、ほんっとーーーに、感謝してる!ありがとう、バルト。すまなかったな」

「いいってことよ。俺は気にしちゃいねぇから。それに、される側の方が辛いだろう」


 やっと自力で歩けるようになったことで、今は、完治祝いをディメンションルーム内でしているところである。

拷問によって削がれたはずの鼻や耳もあることから、どれ程の回復師を呼んだのかと冷や汗を流したクイユだったが、治療をしてくれたのが同じ奴隷の少女だと知って顎が外れそうになるほど、あんぐりした。


 そして、先程一人でトイレに行けるようになって、五度見したのもいい思い出になるだろう。

拷問を受けたので下手すれば無くなっているか、相当小さくなっているだろうと思っていた自分の息子ちゃんが大きく変貌を遂げていたのだから。


 なんとかバルトと二人になったタイミングで聞いてみたが言葉を濁されて話してくれず、謎のままである。

アドリアの意図せぬ一言が呼んだ結果なので、仕方がない。

 クララは、イメージ出来てしまえば美容整形のように顔を変えられるほどの治癒魔法師なのだ。


 知らない方が幸せなこともあるんだぞ、クイユよ。


 クイユはこの機会だからと、「クイユ」とは馴染みのない名前だがこれに何か意味はあるのかと尋ねた。


 アンネリーゼは、「とある地方で鯉のことをクイユと呼び、川……、いや滝だったか?を登った鯉が龍となるという立身出世の縁起物から取った」と言ったが、錦鯉のような見た目から連想したとは言わない。

自分の名の由来を聞いてクイユが泣いてしまったからだ。


 賢いクララも空気が読めるバルトも、そのことは言わない。

そして、私の名前にも何か意味があったりするのだろうかと、クララは、期待した目をアンネリーゼに向けた。


 「クララか。有名な物語に出てくるお金持ちのお嬢様の名前でな。二度と歩けないと塞ぎ込んでいたんだが、友人の励ましによって歩けるようになったんだよ。『クララが立った!!』は、有名なセリフなんだぞ?」

「うわぁ!お嬢様と同じ名前なんですか!!嬉しいです!」

「諦めなければ達成できるというのは、クララちゃんにピッタリな名前ね」


 アドリアも精神的に壊れかけていたが、肉塊ショック……いや、アンネリーゼに買われたことと、つがいであるバルトが共にいられることで、だいぶ良くなった。

今ではお互いに四六時中一緒にいなくても大丈夫になったので、バルトとは別々に離れでの教育を受けている。


 この半年間でアンネリーゼは、二度ほど奴隷商会へと足を運んだが、欲しいと思える奴隷はいなかったので、しばらくはこのメンツで旅をしようと思うのだった。

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