第十話 快適な空間

 部屋まで異臭がする箱をそっと運んでもらったアンネリーゼは、さっそくディメンションルームを開けた。

その途端に中にいたベアトリクスは「ギャンッ!!?」と叫んで飛び上がり、サスケは「チーーーっ!チーーーっ!」と警戒警報のように叫んだ。臭すぎたのだ。


 だが、安心してほい。ディメンションルームは、快適に保たれるように出来ている。つまり、すぐに臭いはしなくなった。


 「ごめんなぁ。臭かったか?でもな、コイツそんなこと言ってられないような酷い状態なんだよ」

「にゃうん?」

「ちょっと待ってなぁ。よっこいしょ」


 よっこいしょという掛け声と共に開けられた箱の中を見てベアトリクスは、震えた。

あまりの惨状に見ているだけで、こっちまで痛くなってくるほどなのだ。


 アンネリーゼは、サスケに誰か来たら教えてくれるように頼み、お買い物アプリでビニールシート、抗菌仕様マットレス、消毒液、火傷によく効く十字印の薬、経口補水液など、片っ端から購入していった。

何が必要なのか医療知識などないため、手当り次第である。


 前世の姉である茉莉花の親友が経営していた店へも共に行ったことがあり、そこの商品も買えたので、アンネリーゼはほくほく顔だ。


 「姉ちゃんが、火傷や怪我にはミネラル原液をぶっかければ早くキレイに治るっつぅから塗ってもらったことがあるけど、悶絶痛ぇんだよな。まあ確かに早くキレイに治ったけどよ。あの店にも行っておいて良かったわ、マジで」


 肉塊のような男性奴隷は、触ることも困難な状態なので、闇魔法で影を操って移動させた。

そうこうしているうちに、本日の教育が済んだクララと、丸洗いされてこざっぱりした奴隷二人が部屋へと入ってきた。


 アンネリーゼは、戻って来たクララに先程購入した奴隷のことを話し、治癒の練習をするように言い、獣人の奴隷と話すことにした。


 「んーと、名前を決めなきゃいけないんだっけ?」

「はい、そうです」

「元の名前とかは?」

「俺の場合は、奴隷になる前の本名がありますが、それは奴隷の間は名乗ることは許されませんし、彼女は名がありません」

「彼女のこと、何て呼んでた?」

「声をかけることも許されていませんでしたので……」

「そっか。んじゃ、お前はバルトな、彼女はアドリア。どっちも海に関する名だ」

「はい、ご主人様。ありがとうございます」

「は……ぃ、ご主人……様。ありがとう……ござ……ます」


 アンネリーゼからすれば、水色から海を連想して付けた安直な名前なのだが、この二人からすれば素敵な名を与えられたと喜んでいる。


 アンネリーゼにディメンションルームへと案内されたバルトは開いた口が塞がらなかった。

まず、なんだこの空間。しかも、そこにいる翼の生えた生き物は何なのか。凶暴で有名なストーンチップまでいる。そして、床に横たわる人型の肉塊と、それに魔法をかける少女。


 情報が満載でぱぁーーーん!となりそうなバルトをよそにアドリアは、アンネリーゼに買われたことに安堵していた。


 自分が、つがいである彼が、こんな目に遭わずに済んだことを思えば、辱めを受けただけで済んだと思ってしまったのだ。

傷付いた心と身体は変わらないが、それでも、こんな惨状の人を見てしまっては、「自分の方がマシ」だと思わざるを得なかった。


 これを目にしたアドリアは大丈夫かと心配したバルトが彼女を見ると、瞳に光が戻っていることに気付いた。

そっと彼女の肩を抱き寄せると、頭を預けてきてくれた。


 「おい、そこのバカップル。イチャついてないで手伝え」

「ハッ!?すみません!!」

「ご、ごめんなさいっ!!」


 クララは幼い頃に奴隷として売られ、アドリアも似たような過去だったため、アンネリーゼの異常さに気付いていないが、平民の子として生まれ冒険者として生きてきた過去があるバルトは、この異常さを目の当たりにして少しパニックを起こしている。


 「コイツの名前も決めなきゃなぁ。どうすっかな」

「あちらのお二人には、どういった感じで名付けられたのですか?」

「瞳が青系だから海に関する名前にした。男がバルトで、女がアドリアな」

「海は青いのでしたね。では、見た目で……」


 クララは、言葉に詰まった。

この人型の彼は、髪の色も瞳の色も分からないので、見た目から連想することが出来ないのだ。打撲痕と肉の色である。


 「青タンに、白、赤、黒……の斑模様。錦鯉か?」

「ニシキゴイ、ですか?」

「おう。金貨500枚以上するやつもいるし、どうかすると1000枚を超える高級ペットの魚だ」

「お、お魚……」


 こんな肉塊のような魚がいて、それをペットにするとは、お金持ちって分からないと困惑するクララだった。


 「よし、んじゃクイユだな。コイツの名前はクイユに決定だ」

「わかりました、クイユですね」


 アンネリーゼは、前世の兄から沖縄の言葉で鯉のことをクイユと聞いた覚えがあったので、そう名付けた。

さすがに「ニシキゴイ」とは呼びたくなかったのだろう。


 「それに、縁起物だしな。川を登った鯉は、やがて龍になると言われてたんだったかな?」

「リュウ……とは、ドラゴンのことですか?」

「んー、ちっとばかし違うか?」


 冒険者だったバルトは、ドラゴンが竜とも呼ばれていることを知っていたので、そう問いかけたが、アンネリーゼから違うと説明された。異世界産の本で。


 突如として現れた、見たこともない薄い紙の色鮮やかな本に驚き白目になるバルトであった。



 


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