第八話 さっさと行こう

 アンネリーゼの知らないところで、旅の仲間が一人増えたことによって、自動的にもう一人仲間が追加されることなる。

それは、いつもアンネリーゼに食事を届けてくれるメイドで、名をテレーゼといい、無表情無口がデフォルトの「必要最低限の言動しかしない」女性なのだが、彼女はロッシュの異父弟の娘、つまり姪っ子である。


 ロッシュの母は、産んだ息子ロッシュの所持属性が低かったために後宮入りすることはなく、彼女に想いを寄せていた同じく王家で家庭教師をしていた男性と結婚し、その彼との間に一男一女の二人の子を産み、天寿をまっとうした。

テレーゼにとってロッシュは、伯父であると共に憧れの初恋の人でもあった。今では上司であり、「アリーちゃんを愛でる会」の同士でもある。


 なんだ、アリーちゃんを愛でる会って。


 アリーちゃんを愛でる会のメンバーは、会長(会員No.1)にロッシュ、副会長(会員No.2)にテレーゼ、会員No.3にハインリッヒがいる。

しかし、クララはそこには入れない。何故なら、アリーちゃんの所有物だからだ。それに気付いた会員たちは「くっ……、羨ましくなんか……、いや、超絶羨ましいっ!!」と、崩れ落ちた。色々と残念な人たちである。 


 そんなことなど知らないアンネリーゼは、再び奴隷商会へと訪れていた。

そう、放出日が過ぎたからである。


 放出日から2〜3日は客足が多く混雑すると言われたアンネリーゼは、「残り物には福がある」だろうと暢気に構え、本日は放出日から5日目だ。


 アンネリーゼのことを覚えていた案内人は苦笑すると、「混雑するとは申しましたが、まさか5日も経ってからお出でになられるとは。あまり良いのは残っておりませんが、とりあえずご案内いたします」と、前回とは異なる通路へと先導していった。


 案内された場所は近付くにつれて強烈な臭いが襲いかかってきたため、アンネリーゼは堪らず鼻を押さえて、「にゃにがにゃって、こんにゃにくちゃい?」と問いかけたのだが、可愛いだけで言葉になっていなかった。


 案内人は、あまりの可愛さに膝をつきそうになったが堪えて、おそらく言いたかったであろう内容を「何があって、こんなに臭い?」と予測して答えた。


 「この臭いでございますか?酷い怪我を負っておりましてね。出血しないように表面だけ塞ぐ処置を施されたようで、膿んできているのでございます」

「うへぇー。くちゃいうえに、いちゃそぉー」

「それも罰のひとつなのでございましょう。とりあえず、あまりにむごい状態なのもおりますが、冒険者になるための訓練の一つと思って頑張ってくださいませ」

「あいっ」


 ゾンビスプラッターと、どっちがグロいだろうかと考えるアンネリーゼだが、あれよりマシか、同等程度である。

現実なのだから、あれを超えることはないと思って良い。特殊メイクとCG技術は現実を超えた作品を世に出すのだから。


 ただ、映像に臭いは付いていないので、そちらが耐えられるかが勝負になるだろう。


 帰ったらまず洗浄魔法で自分を丸洗いして、ここで染み付いた臭いを取ろうと、もう既に帰ることを考えてしまっているアンネリーゼの耳には、呻き声や怨嗟の声が届き始めていた。


 ここにいるのは金貨5枚以下で、そんな金額でもいらんわ!となった奴隷ばかりであり、現在動けそうもない奴隷は死を待つのみで、動ける奴隷はそのうち鉱山へと送られるのだが、動けるのに金貨5枚で買い手がつかないとは、相当なものである。


 そんな説明をここに来るまでにされたアンネリーゼが見たのは、どうやってここまで運んだのだろうかという巨漢と言うにはデブに失礼な、肌色の何かにカツラが乗っているのでは?と疑いたくなるような恐らく人と、性別が分からないほど傷つけられた腰の部分から女性と推察される人や、手足がない人など、様々だった。


 女性に対してこんなむごいことをするなんて、とアンネリーゼは心を痛めたが、そこに転がっている女性こそがアンネリーゼの母を死に追いやった元側室である。

この元側室は、魔法で回復させてもらえることが決まっているのだが、それは鉱山へと送られるために施されるのであって、決して救済のためではない。


 「こちらの女性奴隷は行き先が決まっておりまして、受け入れ先が整うまでここで預かっているのでございます。きちんと回復しますので、ご心配には及びませんよ」


 案内人、ナイスフォローである。

アンネリーゼがちらりと肌色の何かを見ると、案内人は苦笑して、「さあ、参りましょう」と背を押した。説明する気ゼロである。


 肌色の何かは、粛清された貴族が所有していた元は甘いマスクの男娼だったのだが、持ち主だった母親が飽きたからと娘へ渡したことで起きた悲劇。

持ち主が変われば好みも変わる、ということでああなってしまった、いや、されてしまった、これぞまさに肉布団。

 断じて違うと男共の絶叫が聞こえそうだが、あれを敷くのは大丈夫でも、かぶった時点で待っているのは本当の天国になるだろう。


 そんな奴隷たちを横目にアンネリーゼは進んで行くのであった。

鑑定もせずに。




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