第七話 新たな仲間

 結局、アンネリーゼは放出日を待つことにして、クラゲ少女だけを金貨10枚で買ってきた。

それを見たロッシュは、いつもの優しい微笑みが引きつっていた。


 「ア、アンネリーゼ様?な、何故なのか、お伺いしてもよろしいでしょうか?」

「やーだ」

「(か、かわいい……っ!)ごほんっ、な、何か理由がおありなのでしょう。ですが、同情だけは、なりませんよ」

「うん!それは、大丈夫だよ!ちゃんと考えた結果だから、安心して、ロッシュ」


 ぶりっ子全開で誤魔化すアンネリーゼ。


 購入した奴隷商会の店にてある程度はキレイにしてもらったクラゲ少女だが、それでも部屋へと入れるわけにはいかないと、メイドたちによって丸洗いされ、ボサボサだった髪も傷んだところから切り揃えてもらい、ショートボブになったことにより益々クラゲ感が出てしまった。


 丸洗いされたクラゲ少女が着ているのは、離れで用意された奴隷用の服で、素材と形が決まっている。

そのため、王宮の離れにいる間はその決まりを守らなければならず、クラゲ少女の服装を自由に出来るのは、独り立ちした後になる。


 いつまでも心の中でクラゲ少女と呼んでいるわけにもいかず、実際にそう呼ぶわけにもいかないので、アンネリーゼは名前を尋ねることにしたのだが、返ってきたのは予想だにしないものだった。


 「奴隷に名前はありません。ご主人様につけていただくのです」

「……はい?え、最初からないの?」

「私は、最初から名を呼ばれることはありませんでしたが、奴隷はご主人様が変わる度に名前が変わります」

「マジか……」


 クラゲ少女は、生まれてから名をつけられることなく今に至るので、強いて言えば「サ-24番」が自身を識別する名前である。


 それを知ったアンネリーゼは、「クラゲ少女なんて酷いあだ名付けるんじゃなかった!」と後悔した。

しかし、既にクラゲ以外の言葉が出て来なくなっていたため、そこから連想してクララでイケんじゃね?という安直な名前を候補に挙げてしまった。もう、クララとしか思えなくなっている。


 「じ、じゃあ、クララとか、どうかな?」

「クララ……、クララ……っ、なんて、可愛らしい響きなのでしょう!ありがとうございます、ご主人様っ!!」

「あ、あの、ご主人様とか止めて?アリーって呼んで?」

「ご主人様のことを愛称でお呼びするなど、そんな無礼なこと出来ません!!」

「え、えぇー。あ、でも冒険者登録した名前は『アリー』だから、外ではアリーと呼んでもらうことになるから、ね?」

「か、かしこまりました!お外では、そう呼ばせていただきます!!」


 クララは、読み書きは一切できなかったので、離れにて施される奴隷用の教育と並行して、アンネリーゼがお買い物アプリで購入した幼児向けのドリルや絵本で勉強もさせることにした。


 奴隷用の教育といっても厳しい体罰が待っているわけではなく、主人に対する態度や言葉遣い、アンネリーゼが冒険者となる未来を選択したことから野営時の料理に役立つ知識などを教えられている。


 離れが施すのは、そこにいる準王族の子たちが恙無つつがなく人生を送れるようにすることであって、決して下克上のためではない。

文官になったとしても、政治の中枢に関われるような地位にはなれないのだが、それは教育が足りないからというのと、後ろ盾や人脈がないためでもある。


 王侯貴族の子供たちは、幼い頃から優秀な家庭教師によって教育が施され、やがて学園に通い、そこで互いに切磋琢磨し人脈を構築していくのだ。

学園に通うにはかなりの費用がかかるため、全ての子供たちが通えるわけではなく、将来性があるか財力のある家の子供がほとんどである。


 知識や物理的な武力は、後付けでどうにかなるし、足りなければ優秀な部下を持てば済むが、所持属性の強さだけはどうすることもできない。

上に立つ者は、下にいる者を守る義務がある。義務があるからこそ権利が与えられているのだ。


 今は落ち着いているが、ハルルエスタート王国の国王が王太子だった頃には、その武力でもって勢力を拡大し、今の大きさになったので、逆に攻め込まれることになれば貴族は兵士を従えて戦に出なければならない。

それが根本にあるため、属性能力の低い者は貴族として、そして王族として認められないのだ。


 離れで育つ準王族の子は、それを周囲から教えられるのだが、同じ王の血を引いているにもかかわらず、扱いが違うということに納得しない者も少なからずいるのだ。

そういった子が、文官を目指し、政治の中枢へと登りつめて、やがては宰相となってこの国を牛耳ってやるのだと息巻くのだが、そのような考えに至る時点で頭の出来は知れているので、上に立つ人物にはなれないのが現実だ。


 ロッシュは、そんな愚かな考えに至らないように現実を教えようと頑張ってきたのだが、「執事にしかなれなかったお前になど言われたくない!お前と一緒にするな!」と、聞く耳を持ってもらえないことも多々あった。

執事という身分はそう簡単になれるものではないので、それに気付くことも出来ないのでは話にならない。


 その点、アンネリーゼは素直に教えを受け入れ、困ったことがあるとすぐに頼ってくれるし、何と言っても可愛い。見た目もそうだが中身が可愛いのだ。

考えがあって買ったという乳白色の髪をした少女の頭を撫でている光景は、更に尊い。


 ロッシュは、思った。

「わたくしもいい歳です。引退してどこに行こうが何も言われないでしょう」と。


 引退して、アンネリーゼたんについて行く気満々である。

ロッシュは先々代国王の息子、つまり家系図にすればアンネリーゼの大叔父にあたる。


 ということは、「恐れながら、わたくしめはアンネリーゼ様のおじいちゃんといっても過言ではございませんよ」とのたまって祖父と孫娘として旅に出ようとするだろう。


 よかったな、アンネリーゼ。

回復特化のクラg……クララに加えて、執事が仲間入りしたぞ。

 


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