第六話 買っちゃった
アンネリーゼは、心の中でクラゲ少女と呼んだサ-24番を買うことしたのだが、戦闘奴隷を見に来たのだっと思い出し、もう一度ブラブラと見て歩くことにした。
そんな様子のアンネリーゼを見て、何の目的でサ-24番を買ったのか理解に苦しむ案内人は、ここに来てやっとどんな奴隷が欲しいのか尋ねた。
「んー、戦闘奴隷を買えって、おじちゃんも執事も言うのよ。あ、さっきの子はメイド代わりにするからいいのよ?」
「左様でございますか。それでしたら、前衛に物理職、後衛に魔法職を配置した方がよろしいかと存じますが、もう一つ上の奴隷もご覧になられますか?」
「んー、見るだけでも良い?」
「ええ、構いませんよ。どうぞ、こちらへ」
これといって欲しい奴隷がクラゲ少女以外にいなかったアンネリーゼは、ちょっぴり奮発することも考えて、金貨250枚以上する奴隷がいる所へと案内してもらった。
治癒属性持ちを金貨10枚で買えたのだから、金貨250枚以上を出してもう一人買ったとしても、お得な買い物になるはずなので、奮発したとは言えない気もするが、それはそれ、これはこれなのだろう。
さすがに先程いた場所よりも臭いがマシなことで、高めの奴隷はそれなりの待遇なのが分かる。
戦闘奴隷を希望していることから案内人は、小脇に挟んでいた資料の中からそれに該当する奴隷をピックアップして紹介してくれたのだが、アンネリーゼが反応する奴隷はいなかった。
というのも、アンネリーゼ自身が氷属性以外にも高い能力を持っていることから、今の懐事情で買える魔法職の奴隷となると、彼女の下位互換でしかなく、買う意味を見いだせなかったのだ。
物理職の方はというと、そこそこイイ感じのスキルを持った者もいたが、「欲しいっ!」となるほどでもなく値段に合った者だったため、今ここで買う必要もないかと思ってしまった。
「お気に召しませんでしたか?」
「うーん。もう少し貯めてからの方が良さそうかなぁって思うんだよね。まだ、予算まで貯まってないし」
「なるほど、左様でございますか。そうですね、もう少しすると奴隷が追加されますので、その方がよろしいかと存じます」
「そうなの?」
「はい。何やら粛清が行われたようで、そこから奴隷が大量に流れて来ることになっていると、聞き及んでおります」
「わぁーぉ」
粛清が行われた。粛正ではなく、粛清。
てめぇ邪魔なんだよ!的な感じで、めこぼしされていた不正を挙げられて一気に、ばいちゃーとなったのだ。
もちろん、粛清をやったのはアンネリーゼ、君の父ちゃんだぞ。
アンネリーゼが知ることはないが、粛清された中には彼女の母親が死ぬ原因となった、あの側室とその実家もある。
粛清されるような家なので、娘を人質代わりに側室として召し上げたが、幅を利かせられるようなことはさせないと、その側室には秘かに避妊薬が盛られていたのだ。
「放出される中には元貴族の方々もおられますが、平民に買わせることで屈辱を与えるのだそうですよ?」
「それ、私に言っちゃっても良かったんですか?」
「大丈夫でしょう。この件を見越してロッシュ様は、あなた様を一度こちらへ赴かせたのではないかと愚考いたしております」
「え。私、いたぶるような趣味とかありませんが?」
案内人は、残念なものを見るような目でアンネリーゼを見やると、「そうではございません」と答えた。
「一般的に売られている奴隷と、粛清によって奴隷となったものは、随分と値段が変わってまいります。値段が高ければそれなりの生活をしている者に買われますが、安い場合は、生活水準が低い者でも買えるのでございます」
「うわぁ……」
一般的な奴隷の質と値段を知らずに、放出された奴隷を見てそちらを基準にしてしまうと、後々困ったことにもなりかねないのだ。
そして、粛清で放出された奴隷を助けるつもりで買おうものなら、「お前も仲間だったのかー」と、巻き添えにされる可能性もあるので、放出されたら最後。そっと目を逸らして忘れるしかないのだ。
しかし、助けたいと思ってもらえるような人は、端から放出されることなどないので、「放出された=人でなし」なのである。
「家族がやらかして巻き込まれただけの人も、そうなるの?」
「そういった人は、お貴族様がおられる街の奴隷商会へと運ばれますから。こちらで、下級冒険者に買われるよりは、良い暮らしができるかと存じます」
「なんだか、ここのお店が『ざまぁ』扱いの場にされているのも失礼な話だと思うんだけど」
「おやおや、ありがとう存じます。しかし、ご心配には及びませんよ。同じ経営者の姉妹店でございますので」
「あぁ……、なるほど」
数店舗で売れ残りを何回かグルっと回して、それでも残ったものは、鉱山などの過酷な現場への労働者として放出される。
だから、奴隷たちは必死なのだ。使い捨ての過酷な労働奴隷から逃れるために一縷の望みにかけて縋るのだ。
それが、労働奴隷よりもマシな保証など、どこにもないのに。
むしろ、更に酷い生活が待っているかもしれないのに。
知っている行き先よりも、知らない行き先の方がしばらくは夢が見られる。
アンネリーゼがクラゲ少女と呼んだ彼女は、ここが最後だった。
ここで期間内に売れなければ、鉱山へ放出されることになっていた。
まだ12歳にもかかわらず。それでも彼女は、最後のその日まで夢を見た。
まだ、今日は最後の日ではない。
まだ、今日は終わってない。今日がダメでも、明日がある、と。
そして、今日、買ってもらえた。
身なりのキレイな美しい少女に。
もう、夢は終わった。
ここから一歩でも出れば、現実が待っている。
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