第三話 理想

 少し棘が丸くなった箇所があるものの、モーニングスターを手に入れ、冒険者登録も果たしたアンネリーゼはホクホク顔であったが、帰り際にハインリッヒから、近いうちに訪ねて行くと言われていた。


 そして、冒険者登録から数日後、ハインリッヒが離れを訪ねて来たのだが、その顔は初めて見る真剣なものだった。

といっても、会ったのはこの日で3回目だが。


 「なあ、アリー。お前、あの日、身体強化以外に何をした?」

「えー、それって言わなきゃいけないこと?」

「冒険者としてなら今の質問は、マナー違反だ。だが、それを明かすことで今の境遇を改善することも出来るだろう?わざわざ冒険者になる必要はなくなるはずだ」

「冒険者になりたくて黙ってるとは思わないの?」


 アンネリーゼの暢気な返事に顔をしかめたハインリッヒは、冒険者が楽な仕事ではないこと、女性の場合は特に「月のもの」があるため、余計にしんどい思いをするはめになると言ったが、そんなものは彼女には関係のないことだった。


 「ねぇ、ハインリッヒさん。この離れにいる子がさ、斡旋された婚姻以外の道を選んだとき、どうなるか知ってる?」

「…………まさかっ!?」

「子供ができないように魔法で封印を施されるの。だから、成人したら私には月のものは来なくなる。……はずだったんだけど、もう既に今、施された後なんだよね」

「冒険者登録を済ませたからか?」

「そういうこと。成人までは、きちんと面倒を見てもらえるし、支度金にも変更はないけど、平民として生きる道を選んだ時点で、王族の血を勝手にばらまかないようにされるの」


 この話を聞いたハインリッヒは、奥歯を噛み締めて感情を逃がそうとしていたが、アンネリーゼからすると、この封印はありがたいものだった。


 前世の男だった記憶があるためか月のものに慣れず、毎月イライラに悩まされ、腹痛に耐え、夏場は蒸れるし臭う。

自分の血を分けた子供が欲しくないわけではないが、自分が男に抱かれたり、出産する未来を想像できなかったのだ。


 前世のことを言えるはずもなく、ハインリッヒにいらぬ気遣いをさせてしまったかと少し後悔したアンネリーゼだったが、なるべく明るい声で「まあ、そういうことだから、月のものに関しては心配いらないんだよ!」と笑うと、何故か抱き締められた。


 無理して明るく振舞おうとしている健気な少女に見えたらしい。

選択をマズったと思ったが仕方がない。特別に少女を抱き締めるのを堪能させてやろうと、しばし大人しくしているアンネリーゼであった。


 何かを耐えるようにアンネリーゼを抱き締めるハインリッヒ。

そんな彼にアンネリーゼは、「落ち着いた?」と声を掛けた。

 

 「いや、何で俺が慰められたみたいな話になってんだよ。お前の話だっての」

「え。だって、私、気にしてないし」

「気にしろよ!?惚れた男が出来ても、そいつの子を産めないんだぞ!!」

「いや、好きになった相手が必ずしも自分を好きになってくれるとは限らないよね?」

「そうだけどっ、そうなんだけどさ!何で、お前はそんなにスレてんの!?」


 アンネリーゼが年齢よりも落ち着いて見えるのと、恋愛に対して一歩引いているのは、前世の記憶を持っているからというのもあるが、その前世の兄と姉が関係していることもある。


 兄の康一は元パリコレモデルなスパダリだ。そんなスパダリを発揮していた相手が残念仕様の弟だったというのは、アレだが、その兄の世話になり、甘やかされて育った前世を持っているので、男の理想がすこぶる高い。高過ぎる。


 そして、理想の女性は当然の事ながら姉の茉莉花である。

あまりの優しさにサイコパスかと勘違いをしそうになるほど、優しさ100%で出来ている人だった。怒ったのを見たことがないので、恐らくそういった感情をお腹の中に忘れてきて、それを弟の仁が追加で持ってきてしまったのだろう。


 そんなことを知る由もないハインリッヒは、急に抱き締めたことを謝ったが、彼が何故ここまで感情をあらわにしたのかは語らなかった。

冒険者の過去を詮索するのは、あまり歓迎されないことだと聞かされていたので、アンネリーゼもそれを追求するつもりはない。


 まあ、語りたい日が来れば聞くけどな、といった感じのアンネリーゼであるが、ハインリッヒの過去に何かあったわけではない。

贔屓の娼婦が、好きになっても報われないのだと悲しげにしているのと重なっただけである。しょーもない話である。


 ちなみに、娼婦にも子供が出来ると困るので、アンネリーゼと同じような封印が施されているので、そういうところも重なって見えたのだろう。


 アンネリーゼが冒険者として生きていくことを変えないと分かったハインリッヒは、冒険者として活動するのであれば、必ず戦闘奴隷を買ってからにしろと念を押して帰って行った。


 「と言われてもなぁ。既に登録しちゃったし、活動もしたいけど、部屋に奴隷を住まわせてもいいもんなのか?何にしても困ったときのロッシュだな」


 ロッシュは青いタヌキではないのだが、困ったときは力になってくれるだろう。

何でも言うことを聞いてダメ人間に育てることはないので、その辺は安心である。


 



 

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