第二話 ガツンと一発
アンネリーゼが振りかぶったモーニングスターを止めたのは、もちろんガザンだった。
いくら身体強化をして振りかぶったとしても戦闘未経験の13歳の少女である。ゴールドランクのガザンに余裕で止められてしまった。
ガザンはため息をつくと、冒険者ギルド内での戦闘は禁止されていること、話し合いでカタがつかない場合はギルド地下にある訓練場を使うことも出来るが、冒険者ギルドに登録していないと使用許可が下りないことをアンネリーゼに説明した。
それを聞いたアンネリーゼはニンマリと笑うと、「じゃあ登録してくる」とさっさと
こんなはずではなかったとガザンは頭を抱えたくなったが、ここで下手に止めてしまうよりは、短気を起こして喧嘩を売ることが、如何に愚かなことなのかをアンネリーゼに分からせることにした。
地下訓練場の中心には、アンネリーゼと絡んできた下っ端冒険者、そして酷い怪我をする前に止めるためのストッパーとしてガザンが両者の間に立っていた。
騒ぎを見ていた他の冒険者たちもイキっている少女の実力が気になったのか、この試合の行く末を見るためにここへと降りて来ている。
訓練用に刃を潰した武器なども置かれており、普段はそれを使うように言われるのだが、アンネリーゼが持てるメイスがなかったため、彼女が持っている何の変哲もないただの鉄製モーニングスターならばと、それを使うことは許可された。
相手は、刃を潰した両手剣を構えており、「始め」の合図があればすぐにでも動ける体勢を取っていた。
アンネリーゼは、きちんと相手の鑑定を済ませ、勝算があると判断してから喧嘩を売っているのだが、油断はしていない。
ガザンが、「始め」の合図をした瞬間、アンネリーゼは身体強化を自身に施した上に雷属性で更にブーストをかけて突っ込んで、土手っ腹に穴を開ける勢いでモーニングスターをフルスイングした。
その結果、ものすごく大きな金属同士を打ち当てた音が響いたのだが、アンネリーゼの攻撃を盾で受け止めたのはガザンだった。
「おっまえ!!相手を殺す気かっ!!?」
「えー。殴ろうとしただけじゃん?」
「腹に風穴あける勢いだったじゃないか!!」
「先手必勝!」
「難しい言葉使って誤魔化すんじゃない!」
なんだか親子喧嘩の様相を呈してきた。
アンネリーゼの攻撃にさらされた下っ端冒険者は、ぽつりと、「話が違くねぇ?」とつぶやいた。
実は、この絡んできた下っ端冒険者。
アンネリーゼが冒険者になると、こんなトラブルも起きるよ!ということを教えるために用意された、ガザンのパーティーメンバーの弟である。
危うく頼まれ事で命を失うことになりそうだった彼には災難でしかなかったが、これに関してはガザンの見通しが甘かったことと、アンネリーゼのテンションがおかしかったから起きたことだ。
彼に落ち度はない。
こんな状況を収拾させるためにパンパンと手を叩いたのは、ミスリルランクの冒険者ハインリッヒである。
このハインリッヒは、執事ロッシュに頼まれてアンネリーゼに冒険者としての心構えや戦闘の仕方などを1日だけ教えてくれた人物だ。
「お嬢ちゃん。奴隷は、どうした?俺は、戦闘奴隷を購入してから冒険者になれと言わなかったか?」
「あ、おじちゃんだ!」
「ごっふ……!お、おじちゃんはやめような。俺は、まだそんな歳ではないぞ。……ないよな?」
都合が悪くなるとボケる。アンネリーゼの良くない癖がハインリッヒの心にグッサリ刺さってしまった。
遠い目で少し呆然としている下っ端冒険者、頭を抱えるガザン、胸を押さえるハインリッヒ。
誰かどうにかしろよという雰囲気が立ちこめる中、最初に正気に戻ったのはさすがミスリルランク。ハインリッヒであった。
ハインリッヒはアンネリーゼの頭を
防げたから良かったものの、下手をすればパーティーメンバーの弟は酷い怪我を負うはめになったのだ。
しかし、ハインリッヒは、何か起こると武力で片付けようとする傾向にあるアンネリーゼにも責任の一端はあるとして、きちんと反省するようにと柔らかくだが、叱った。
場所を冒険者ギルド内にある酒場に移したアンネリーゼとガザン、ハインリッヒ、そして、下っ端冒険者ことバン。
ハインリッヒは、ガザンに、ゴールドランクな上に年齢的なことも重なってお節介をやきたくなる気持ちは分かるが、そいつの人生はそいつのものなんだから、あまり深入りするなと言った。
「何度か貴族の坊ちゃんたちが冒険者になろうとしているのを止めましてね。結果的に止めてくれて感謝していると本人に言われることもあったから。それで、今回も同じようにしてしまったんだよ」
「こいつの出自を考えりゃあ止めたくもなるだろうが、それはコイツの責任だし、ガザンが背負ってやる必要もねぇ。それに、こいつはこいつで腹は黒いから心配はいらんと思うぞ?」
「まあ、ひどい。レディに対してお腹黒いですって。えっち!」
「ごぼぉっ!!ゲホッゲホッ……!性格が腹黒だっつってんだよ!変なこと言うんじゃねぇ!!」
アンネリーゼの発言は、ハインリッヒが酒を口にしたのが分かっていてなので、わざとである。
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