第六話 アンネリーゼの前世

 アンネリーゼの前世は、長男(康一こういち)、長女(茉莉花まりか)、次男(じん)の三人兄弟の末っ子、つまり男だった。


 両親は幼い頃に事故で他界しており、面倒を見てくれたのは母方の祖母だったのだが、面倒をみてもらっているというより、姉の茉莉花が尻拭いをしていたような、そんな家庭環境だったこともあり、長男の康一が成人すると共に茉莉花と仁を連れて家を出たのだ。


 祖母はスナックを経営していたが男にだらしがなく、貢いでは借金を作り、それを返済するために違う男を作りと、それを繰り返していたが、若さが衰えてくるとそうそうイイ男をつかまえることも出来ずに借金だけが増えていた。

仁たちを引き取ったのも子供たちに遺された保険金目当てで、長男の康一が成人する頃には完全に使い込まれており、残っていなかった。


 長男の康一は、背も高く顔も整っており、手足も長かったためモデルにスカウトされた。収入が良かったこともあり、そのままモデルを続け、パリコレの舞台にまで登りつめたのだが、頭のおかしなデザイナーが主催したコレクションにて舞台から落下し、モデルを引退せざるを得なくなったのだ。


 主催者は、周囲が止めるのも聞かずに舞台の高さを倍にし、床材もイメージを重視して変更したため滑りやすくなっていた。

しかも、自身が贔屓にしている実力が伴っていないモデルをそのコレクションに起用した結果、そのモデルが本番のランウェイでスッ転び康一に激突。

 ぶつかられた康一は体勢を整えることも出来ずに落下し、その事故が原因で歩けなくなってしまったのだが、リハビリの甲斐あって杖をつけば買い物に出掛けられるくらいには歩けるようになった。


 そんな康一にはたくさんのファンがおり、惜しまれつつ引退したが、その後チューバーとして活躍していることを知ったファンやデザイナーがフォロワーになろうとしたが、断念した者も少なからずいた。


 康一は無類の映画好きではあったのだが、その中でも特にスプラッタやホラーが大好物で、それを多くの人と共有したいと、その手のゲームを実況動画としてアップしていたのだが、いくらコメディー調に編集されていても苦手な人は苦手なのだ。


 幼少期の仁は、康一から「今日は、とっても面白い映画があるからね。一緒にテレビを見ようね!」と誘われ、何度となく後悔している。

楽しいアニメの映画だったこともあるが、たまにブッ込まれるホラーやゾンビ映画で昼夜関係なくトイレに行けなくなった過去があるので、未だに仁はそういうジャンルは苦手である。


 ちなみに康一の中にホラーなどというジャンルは存在せず、コメディーに分類されている。


 姉の茉莉花は、とても優しくのんびりした性格であり、ガーデニングが趣味だった。

祖母が経営するスナックの店先を飾るプランターは、茉莉花が丹精を込めて育てていたが、客の中では祖母が育てていることになっていた。


 仁は納得がいかないと抗議しようとしたが、姉の茉莉花が止めるので渋々引き下がったのだが、そのとき茉莉花が、「あのね、仁ちゃん。したことって良いことも悪いことも、みーんな自分に返ってくるのよ?だからね。周りには優しくしましょうね?」と言って微笑みながら諭してくれたのを仁は、震えながら聞いていた。


 優しさ100%で可愛い弟には良い子に育ってほしいとの願いを込めて諭した茉莉花の言葉が仁には、「私やあなたが手を汚さなくても、あの人は勝手に駄目になっていくのよ?」と、サイコパスのように嗤って見えたのだ。

ホラー映画の弊害である。


 いい歳をした祖母が実の孫である康一に甘ったるい声で話しかけたり触れようとしたりするのを目にしたり、ホラー映画の影響で裏表なく本当に優しい茉莉花がたまにサイコパスに見えたりと、軽く人間不信になっていた仁であったが、彼に友人がいないのは、人間不信だからではなく、彼自身に問題があったからだ。


 姉の茉莉花は、タレ目の愛らしい見た目と性格が合わさり、言い寄ってくる男が後を絶たず、中には実力行使に出て無理矢理手に入れようとする輩もいたため、常に仁がそばにいて守っていた。

5歳年上の姉に言い寄ってくる男に少年の仁が適うわけがないのだが、彼はすこぶる目つきと口が悪く、モデルをしていた兄に寝ている間に毛先を金髪にされたりと、どう見てもチビっ子ヤンキーにしか見えず、どうかするとヤのつく職業の息子に見えたため、茉莉花を守ることができていた。


 そんな日常だったため、普通……ではないかもしれないが、ホラー映画が苦手などこにでも……いないかもしれないが、いい子だった仁なのだが、周囲はそう思わなかった。


 口調を荒くし、態度を悪くすることで姉の茉莉花を狙う輩がビビることを覚えた仁は、茉莉花を守るためにそうしていたが、やがて、そんな見た目のせいで喧嘩を売られることが出てきたため、そちらの対処もしなければならず、いつの間にか立派……?なヤンキーに育っていた。


 そんな仁のことをいつもニコニコと微笑んで頭を撫でる姉の茉莉花は、趣味のガーデニングが趣味の域を超え、外国に城を持っている金持ちからスカウトされ、庭師として世界中を飛び回ることになったのだ。

茉莉花のことが心配だった仁は、兄の康一にどうにかならないか相談した結果、昔の伝手を使ってとある人物を茉莉花の護衛につけてくれたのだが、それが後に茉莉花の旦那になる男だった。


 茉莉花第一主義のその男がいたおかげで茉莉花のガーデニング人生はとても楽しいものになったようで、いつもニコニコしていた茉莉花の笑顔には、幸せが溢れていた。


 海外を拠点にしている茉莉花から子供が生まれたと報告があり、喜んでいた仁だったが、一人で海外に行く勇気などないため、兄を頼ろうとその兄の帰りを待っていた。


 前世の記憶はそこまでしかない。


 自身に何が起きたのか全く分からないが、モデル時代の貯金と慰謝料、チューバーの収入があり、家事能力もあるスパダリな兄の世話になっていた引きこもりの仁なので、自分がいなくても兄は困らないだろうと思ったが、姉の子供には会いたかったと嘆くアンネリーゼであった。


 アンネリーゼは覚えていないようだが、仁の死因は刺されたことによる失血死である。

犯人は、茉莉花に想いを寄せていた男で、仁が本能的に嫌悪感を覚えたため徹底的に排除していたのだが、茉莉花に子供が生まれたことを知って、自分たちが結ばれることを邪魔してきていた仁を逆恨みしての犯行だった。


 仁が死んでいるのを発見した兄の康一は、夕飯の買い物になど行かずにカップ麺で済ませておけば良かったと後悔し、秘密裏に手を回し犯人を完膚なきまでに追い詰め、……壊した。

 


 

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