第16話 雄飛(4)

 ムハンマドはジョチの使者の言が嘘だったことを、すぐに知ることとなった。シル河中流域にある隊商都市スグナクがジョチ軍によって占領されたのである。

 太祖14年(1219年)、ジョチ軍はチュー河畔から北西に向かったところにあるスグナク市を包囲し、ハッサンを降伏勧告の使者にたてた。ジョチ軍はスグナク市で補給をする計画だった。

 ハッサンは陽気に言った。

「我がふるさと、スグナク市は豊かなところです」

ムハンマドから任命された市長はいち早く逃げ出しており、市の代表者が不在という中、暴力団がスグナク市を牛耳ってしまった。いきりたった彼らは、ハッサンを殺害したのだった。

 城壁の上からハッサンの頭が投げ落とされた。ジョチは初めて、重臣を失った。

 スグナク市には正規兵はおらず、戦闘の素人である暴力団員しかいなかった。攻城戦は、一瞬で終わったと言っていい。

 ジョチは住民全員の調査を行い、ハッサン殺害に関わったものを処刑し、その家族は奴隷とした。また、成年男子の十分の一を軍属として編入した。これ以降、スグナク市はシル河下流域攻略の重要拠点になる。重臣であるハッサンの息子を、スグナク市のダルガ(総督)とした。

 スグナク市がモンゴルの手に落ちたことで、キプチャク草原の遊牧民は動揺した。彼らは生活必需品の供給を、スグナク市での交易に頼っていたからである。ジョチの配下になりたいと、1万ほどのキプチャク騎兵が集まってきた。

 純粋な兵力だけで3万を越えたジョチ軍は、いよいよシル河流域の主邑ジャンド市の攻略に向かった。ジャンド市でも正規兵が逃げ出しており、市中は混乱していたが、イスラーム法学者イマームが人々に語りかけた。

「すべてはアッラーのおぼしめしである」

ジャンド市は無血開城した。人口調査が行われ、一時税の支払いと、成年男子の十分の一の徴発は実施されたものの、虐殺は行われなかった。ジャンド市の総督には、ハッサンの後を継いでジョチ家官僚の筆頭となったアリーが就任した。

 ジャンド市の人口は2万人程度であり、軍人・軍属とその家族の計5万人もいたジョチ軍を収容することはできなかった。そのため、損害が大きくなったウイグル軍はいったん本国に戻ることになり、再編成したキプチャク部族軍1万をシル河下流域のヤンギケント市に派遣した。ジャンド市のモスクや隊商宿だけでは家屋が足りないため、兵士は民家に世話になることとなった。ジョチは1219年の冬をジャンド市で越すことができた。

 カルルクやキプチャクといったトルコ語を話す牧民たちは、ジョチのことを、

「主(イディ)よ」

と呼びかけるようになった。

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