第15話 雄飛(3)

 メルキトの敗残兵の逃走先は、キプチャク草原である。現在のカザフスタンからドナウ河口にかけての広大な草原にいたのがトルコ系のキプチャク族だったので、ユーラシア西方の草原はキプチャク草原と呼ばれていた。

 チンギス・カンは、キプチャクの一首長に、メルキトを引き渡すよう要求した。これに対して首長はチンギス・カンの使者に次のように答えた。

「逃げまどう雀を、草はその身をもって隠す。まして我々は人間だ。匿わないことがあろうか」

 太祖13年(1218年)、ジョチはキプチャク草原に侵攻を開始した。ジョチ軍には今回、土地勘のあるスグナク附馬率いるカルルク軍と、ウイグル王イディクト率いる1万が加わった。グルカンの支援を得られぬまま、キプチャク・メルキト連合軍はチュー河畔で敗退した。メルキト部族長の末子を捕えたが、彼は弓の名手だった。自身もそうであったジョチは、チンギス・カンに助命を嘆願したが、処刑するようにと勅があった。

 戦場の清掃が終わりかけた頃、見知らぬ騎兵の集団が接近しているとの知らせを受けたジョチは、各軍に戦闘態勢を敷くよう命じた。ジョチ軍も敵も、三部隊に分かれていた。ジョチ軍はあわてることなく射程距離に入った集団に弓の一斉掃射を行い、その後、退却した。だが、左翼のウイグル軍が追いつかれてしまったため、やむなく後方にいた重装騎兵を繰り出して、敵中央に突撃させた。ウイグル軍に噛みついていた敵右翼は、中央を助けるためにウイグル軍から離れていき、この遭遇戦は終わった。

 ジョチは、捕虜を訊問して、敵の正体がホラズムシャー朝の君主ムハンマドの親率部隊であり、右翼の指揮官がムハンマドの長男ジャラールッディーンであることを知った。ジョチはハッサンに、使者としてムハンマドの下に向かうよう命じた。

 その頃、ムハンマドは怯えていた。キプチャク・メルキト連合軍とモンゴル軍が会戦を行おうとしているという情報を聞きつけ、同盟国である西遼の敵モンゴルに一発くらわせてやろうと、意気揚々とやってきたのだった。ところが、手も足も出なかったと言っていい。ムハンマドとジョチという、司令官の力量の差が残酷に表れたのだった。

 ハッサンはムハンマドに言った。

「貴国と我が国とのあいだには通商条約が結ばれています。今回の件はたまたまおきてしまったことです。メルキトは討ち果たしましたので、我々は引き揚げます」

ムハンマドは、そうじゃ、たまたまじゃ、と繰り返して、ハッサンに愛想笑いをしていた。

 グルカンことナイマン部族のクチュルクが、キプチャク・メルキト連合軍に援軍を送ることができなかった理由は、ジェベ率いるモンゴル軍が侵攻してきたからである。耶律阿海は西遼内の契丹人にモンゴルに付くよう働きかけ、またひそかに寝返っていた宰相マフムート・ヤラワチら、ムスリム官僚を通じて各オアシス都市での反乱工作を展開した。その結果、西遼国軍3万騎は阿海が掌握し、わずかな供回りだけで山中に逃げ込んだグルカンは、現地民に捕えられて殺された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る