第13話 雄飛(1)
モンゴルには諱(いみな)の習慣があった。チンギス・カンの本名はテムジンだが、即位以降、テムジンの名は使われなかった。チャガタイはイェケ・アカ(大兄)、オゴデイはカアン(可汗)、トルイはイェケ・ノヤン(大殿)で、やはり本名の使用は避けられた。また、同じチャガタイという名前の武将が複数いたが、彼らは改名している。
ジョチのあだ名はウルシュ・イディ、すなわち「国主」あるいは「民の主」である。ジョチとは「客」の意味であり、モンゴル人にありふれた名前だった。例えば、チンギス・カンの弟の名もジョチである。紛らわしいのでジョチ・カサルと、あだ名が付けられている。
ジョチの下に、幕府が形成されつつある。軍事面では、総参謀長のクナンとこれを補佐する武将ゲニゲダイ、モンケウル、ケテ、イナルチ附馬がいる。内政・外交はハッサンに加え、ウイグルから来たコヤクと、西遼から亡命してきたチンテムルらが担当する。
太祖6年(1211年)、伐金戦が始まった直後、西遼に従っていたウイグル国とカルルク国が、モンゴルに付きたいと申し出てきた。チンギス・カンはウイグル王とカルルク王に娘を嫁がせると言った。また、カルルクの有力首長テギン・オザルには、ジョチの娘をやると約束した。
西遼では国内が混乱し属国が離反する中、西遼に逃げ込んで公主をもらったナイマン部族のクチュルクは、クーデターをおこして自らグルカンと名乗った。クチュルクはモンゴルに付いたテギン・オザルの拠点アルマリクを攻略してオザルを殺害し、各オアシス都市に圧政を敷いたのだった。オザルの息子スグナク・テギンはジョチの下に逃亡し、ジョチは約束通り娘を嫁がせた。
ジョチは婿となったスグナクに問うた。
「グルカンの次の一手は何かな」
スグナク附馬は迷うことなく答えた。
「ナイマン旧領の回復を目指すでしょう。西のホラズムシャー朝のムハンマドとは話がついております。ムハンマドはイランからバグダッドを、グルカンは草原を取ろうと約束しています」
少し前まで、ナイマン部族が支配する地域は高原の西半分から森の民の居住地までであった。チンギス・カンの末子トルイの牧地ハンガイも、ジョチの本拠地イルティシュ河上流域も、元はと言えばナイマン領だった。
とはいえ、こうした草原地帯はチンギス・カンの子が分封され、しっかりと押さえている。
不安定な地域を挙げるとすれば、北方の森林地帯であろう。
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