第4話 初陣(4)
完顔襄は破顔してトオリルを自身の天幕に迎え入れた。
「よくやってくれた」
トオリルは大声で言った。
「タタル部族の首魁、メグジン・セウルト以下、ことごとく討ち取りました」
これに対して完顔襄は次のように応えた。
「汝を封じて王となす」
こうしてトオリルは「オンカン」と名乗るようになった。「オン」は王、「カン」は汗の意味であり、西遼から与えられる称号「グルカン」ではなく「オンカン」と号することで、ケレイト部族が金朝派であることを誇示したのであった。
テムジンにも「ジャウト・クリ」の称号が与えられた。「百人長」の意である。これを受けたことは、西遼に対する裏切り、金朝への寝返りを公表したことを意味する。モンゴル部族の大多数は、テムジンに敵意を向けた。これ以降、テムジンの主敵はモンゴルとなる。同族相食む状態がつづくこととなった。
完顔襄は自らの戦功を、ケルレン河南岸の石壁に漢文と女真文で刻んだ。世に言う、「セルベン・ハールガ碑文」である。この文章にはトオリルもテムジンも登場しない。金朝にとって、彼らは卑小な北朔の族長にすぎなかった。
ジョチは、捕虜にしたタタル部族の貴族の子女たちが黄金の耳輪や鼻輪をつけ、クロテンの毛皮だけでなく、きれいな絹織物をもっていることに驚いた。銀細工をあしらった乳母車や、大きな真珠の付いた布団も初めて見た。
阿海は近づいてきて、勝手に説明し始めた。
「タタル部族は馬や羊を売るだけでなく、より東の森林地帯から毛皮を手に入れ、金朝に貢納を行っています。その代りに、金銀や真珠などを得ているのです」
草原では貨幣を用いないが、比較的少量で大きな価値をもつ金銀や真珠は、好んで蓄えられた。
ジョチは、毛皮獣を狩る森の民と独占的に取引できれば、莫大な利益が上がることを理解した。そこでジョチは阿海に問うた。
「タタル部族と懇意の森の民と、その拠点は」
阿海は答えた。
「タタル部族の取引相手はス・タタルと呼ばれています。ナン河が居住地です」
ス・タタルは漢字で水達々と書き、後にはス・モンゴルとも呼ばれる。ナン河は満洲の大河・嫩江で、その左岸がス・タタルの主な居住地である。草原の民はチョルゲといって、河川の流域ごとに地域や住民を区分する。
タタル部族が、草原の北と東を取り囲む森林地帯に、いつでも逃げ込めること、森の民は軽視できない力を持っていることを、ジョチは知った。
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