第2話 初陣(2)
草原に送られた金朝の使者の名は、耶律阿海という。彼は騎射に優れ、多数の言語に通じていた。金朝が滅ぼした契丹の王族出身であり、かつ、祖父の代から金朝の高官であった。
トオリルの下に至った阿海は言った。
「帝は任国公・襄さまに、タタル部族を討てと勅を下されました。トオリル殿にも参陣なされるように、とのことです」
これに対し、トオリルは微笑しながら、語気を強めて言った。
「タタル部族は金朝の支援により、よき武器、よき防具、よき矢を持っております。我らの骨の矢では太刀打ちできません。鉄を供給していただきたい」
鉄は武具の原料であるが、草原に産地はなく、北のキルギスや西のウイグルは、西遼の傘下にあるため、供給源として期待できない。南の金朝や西夏から得るしかなかった。とはいえ、金朝もまた草原への鉄の供給を規制していた。草原の鋳物師たちは、中国の鉄銭を溶かして鉄材として使っていた。
「来年の夏の戦には間に合いません」
阿海はそう弁明した。すると、トオリルは、まあ今後はよろしくお願いすると言った。阿海は、別の声を聞いた。
「タタル部族を殲滅できれば、草原の東半は我らのものであり、主は後背を気にせずナイマン部族やメルキト部族とことを構えることができるでしょう」
声が大きい。よく通る声である。聴く者には、まるでその言が真理であるかのように思える。阿海は間髪入れず言った。
「あなたの名は」
30歳ほどの長身の男が答えた。
「モンゴル部族、キヤト氏族のテムジンです」
トオリルが口を挟んだ。
「これは我が盟友の子で、我が子も同然の者です」
阿海は、自分の顔がなぜか赤くなっているのを自覚しつつ、テムジンに問うた。
「これは使者としてではなく、私個人の質問です。テムジン殿はモンゴル部族の成員と言われたが、モンゴル部族の大部分は西遼の側にいる。それにもかかわらず、なぜ我が方にいるのか」
テムジンは静かに答えた。
「我が仇敵は、タイチウト、メルキト、そしてタタル。我が父はタタル部族に殺されました」
親の仇を討つためという、初めて会った人にも誤解しようのない理由を端的に述べた男に、阿海は惚れぬいた。
テムジンと耶律阿海は、この邂逅以降、世界史にその業績を刻むこととなった。
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