第7話 復讐の連鎖
生前の記憶はカラスに生まれ変わりってすぐには戻らず、空を飛べるほど成長した時に戻るという。
そこから人間時代の話になった。
夫と三人の子供がいたこと、留守中敵対している部族に子供が殺され夫も重症を負ったこと、復讐に乗り込んだが逆に何丁もの銃で撃ち殺されたこと。
カラスに生まれ変わり、敵対部族に復讐を始めたこと。
《五人殺したわ、皆殺しにするつもりだったの。でも皮肉なもので私のやったことが神の怒りと思った互いの部族長が話し合って、敵対関係は終わってしまったのよ。知った顔や夫が敵対していた部族の人達と抱き合っているのを見たときは気が狂いそうだったわ》
カラスが澄んだ鳴き声を上げた。
それは自嘲する人間の声にそっくりだった。
《やるべきことを失って、何度死んで生まれ変わったか。そして気付けばここにいる、といったところね。ああ、ごめんなさい、これからが本題よ》
小学生くらいの少年の手を握った女性が前を通り過ぎた。
そして照明灯の上にいるカラスに気付くと、ピンク色の自動車に小走りで駆け寄り、後部座席に少年を押し込むと自らも運転席にそそくさと乗り込んだ。
《いつから人間がカラスに転生するようになったかは誰も知らない。でもここ数年の増え方は尋常じゃないわ。そして私のような目的を失った連中も大勢増えたの。こんな話を耳にしたわ、私のような連中と本来の目的を持った連中がふとしたことで争いになって、双方全滅したそうよ。そして、お互い争って死んだ連中の転生した姿は見たことないっていうの》
ごくりと唾を飲み込んだ。
《私が思うに浄化作用なのかも知れないね。この世の人智を超えた何かが病を患い、復讐という名のカラスが生まれ、その病が重症化し点滴のようなものを受けて私たちのような変化したカラスを発生させた。陰と陽、プラスとマイナス、ひとつの予定調和なのかもね》
それに私は頭の中でぽつりとつぶやいた。
《仮にそうだとしたら人を馬鹿にしている》
同情でも何でもなかった、心の底からそう思った。
そして怒りも覚えた、燃え上がるようなものではない、この冬風のような冷たく悲しい怒り。
「ふっ」という寂し気な声が頭に流れた。
《その浄化作用を利用した計画を同志達が世界各地で予定している、もうすぐここでもね。人間達は何故カラス達が同士討ちを始めたのかわからないでしょうね。早くこのおぞましい復讐の連鎖を終わらせたい一心よ。お譲さんに伝えたいのはそこなの、誰かにそのことだけは伝えたかったの》
今に始まったことではないが、悪い夢と思いたかった。
知ったところで何になる?
これ以上カラスの、自分とは違う世界のことは知ってどうなるの?
唐突に琴音さんの車が恋しくなった。
ヒートシーターに座り込み、暖房の効いた助手席で陽気なラジオの声を聞きながらぬくぬくしたかった。
《いろいろ勝手なことを言ってすまなかったね。ありがとう、お譲さん》
カラスは顔を上に向けると体を沈めた。
そしてカシュンと照明灯を蹴って飛び立った。
姉の復讐が脳裏をかすた。
このカラスなら何とかしてくれるかも、と思った。
《私の名前は悠、あなたは? また会える?》
カラスは羽ばたく後ろ姿のままこう答えた
《ルピタよ、ここ数日正午はこの場所にいるわ》
その後ろ姿が小さくなっていった。
小さくクラクションが鳴った。
見ると琴音さんの車がこちらに近づいていた。
こうして帰路についたが車中はどこか重苦しかった。
葬式のことを聞いても琴音さんは上の空で生返事しかせず、ときおり吐く溜息には泣き出すのを噛み殺している様子が窺えた。
そうしてマンションに着き、夕食の時間になった。
琴音さんは黙々とクリームパスタを口に運びながら赤ワインを飲み、物思いに耽っている。
そうしている内、こちらに顔を向けると重い口を開いた。
「うちの店のママが……常連さんとゴルフに行って、カラスに襲われたの」
「え!?」
「ママは……頭に怪我を負って入院したんだけど……でも、でも常連さんは……死んだんだって」
パスタが半分残った皿にフォークが落ちる音が耳に鳴り響く。
ドラマの一場面みたい、と頭の隅で思う。
琴音さんが頭を抱えて泣き始めた。
感情をさらけ出す琴音さんの動揺する。
カラス、そう、またもカラス、カラスカラスカラス!
もうカラスにはウンザリだ、復讐の代名詞になったカラスには――復讐?
「その常連さんって、どんな人だったの?」
充血した目を見開き、頬には涙の粒が伝っている顔で私を見た。
その顔はクライマックスにさしかかったパニック映画のワンシーンのようだった。
「前に言ったかも…う、腕時計の人。綺麗な女性社長さんで、傾いた会社を立て直した努力家の人だったの」
努力家?
その女性社長の努力とは何だと思う?
首切り、リストラだよ。
そう囁くカラスの声が聞こえた気がした。
「このままじゃここも引き払わなくちゃいけないかも。お店もいつ再開できるかわからないし……」
テーブルに突っ伏した琴音さんの声がみるみる涙に染まる。
ドンッ
突っ伏した琴音さんの拳がテーブルを叩く。
そして少しの間を置いて再びテーブルを叩いた。
搾り出すような嗚咽がテーブルを伝って耳に届く。
身近な常連さんが死んだから?
将来の見通しが不安になったから?
何を思ってテーブルを叩いているのか、私に知るはずもなかった。
ただ根源の全てであるカラスに対する憎しみは生まれたと思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます