第5話 転生した姉との再会
「今日は店も休みだし、海でも見てリフレッシュしよっか!」
そう言った琴音さんに連れられた私は海浜公園のベンチに腰掛けていた。
快晴で海風もなく穏やかな昼下がり、最高のリフレッシュ日和だ。
私の左には先程まで波打ち際で石を投げたり波を相手に鬼ごっこをしてはしゃいでいた琴音さんがベンチの背もたれに体を預け、恥じらいも無く大口を開けながら眠りこけている。
キラキラ輝く沖を見つめながらペットボトルのお茶をひと口飲んだ。
波打ち際のテトラポットの上では毛づくろいをしているウミネコ。
ふいに涙が溢れてきた。
その涙は姉を失ったときや、琴音さんの優しさに触れたときのものとは違った。
生きていることへの感動の涙だった。
そこへ以前聞いた甲高い澄んだ鳴き声がしたので体がびくっとなった。
とっさに声のほうを向く。
すると石を投げれば当たりそうな距離の木に一羽のカラスが止まっていた。
そのカラスはじっと身動ぎせず、こちらを見つめている。
いつかベランダで見たカラスだ。
直感でそう思った。
カラスを観察すると、口ばしや頭全体が赤茶っぽい色で染まっているのに気付いた。
それに胸騒ぎを覚える。
《聞こえる? 悠》
頭の中に姉の声が聞こえた。
「お姉ちゃん?」
震える声で言うと、カラスは小刻みに鳴き声を出す仕草をした。
《仲間から聞いたとおりだわ、怒りを抱えたまま死に切れなかった者はあたし達とコミュニケーションできるっていうのは本当だったのね》
「信じられない、本当にお姉ちゃんなの?」
思わず大きな声で言うと松葉杖に手を回した。
《よしなさい悠、無茶はダメ。それと声は出さなくてもいいから、頭の中で会話できるのよ》
姉はそちらを見ろというように口ばしを琴音さんに向けた。
《今の生活はどう?》
カラスと化した姉に《琴音叔母さんは優しくて楽しいし、前の生活とは全然違うよ》と頭の中で答えた。
《そう》
姉が沈黙した。
《お姉ちゃんのおかげだよ、ありがとう。お姉ちゃんもおいでよ、一緒に暮らそうよ。琴音叔母さんに私からお願いするから》
そこで再び胸騒ぎがした。
どこか苛立っている姉の口調だけではない、何かを思い出せないでいることに。
いや、思い出したくないだけかもしれなかった。
《無理よ、悠。もう住む世界が違うの。それにあたしは成し遂げなきゃならないことがあるの》
じっと身動きせず姉が言った。
その声にはあの優しい姉の響きがあったのでちょっと安堵したが、いまだ胸騒ぎは落ち着かない。
《何をやるの?》
姉は頭を右に向け、こちらを凝視するよう左目を突き出した。
それは間を置いてオチを言おうとしている噺家の仕草に見えた。
《遼を憶えてる?》
小さく頷いた。
カラスと化した姉の赤茶っぽい頭部に目を向けたまま。
《あいつ、死んだわよ》
姉が口ばしをカスタネットのようにカチカチ鳴らした。
体が震え始めた。
それと同時に『人を襲うカラスは妹と同じように、自分を殺した相手に復讐するため生まれ変わった人間の姿に違いない』という文字が頭の中に流れた。
透けた文字の後ろには赤茶けた大地と青白い空、そしてムスっとしたアフリカ系の女性が立っている。
《あのACチャリで走っているところをこのクチバシで正面から突っ込んでやったの、あいつの憎らしい口へ思い切りね》
姉の口から低い澄んだ鳴き声が数回吐き出された。
《あいつが転倒する前にクチバシを抜いて飛び上がったわ。そして空から様子を眺めたの、そしたらどうなってたと思う? 喉を掻きむしってのたうちまわっていたのよ!》
こちらの頭に響くその声には残酷な笑いが含まれていた。
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