第4話 殺人カラスと対話できる人間

 いつの間にか寝室で寝ていた琴音さんがリビングに顔を見せたのは正午も過ぎたころだった。


 温めた昨夜の残ったシチューとパンをテーブルに置く。

 二日酔い特有の気だるい顔で礼を言った琴音さんが、ちびりちびりと食べ始めた。


 テレビでは人類最大の敵となっている殺人カラスの事をコメンテーターや鳥類学者が意見や質問を交えて話し合っていた。


「しかし今のご時勢、金あんなーって思った。ともかくその常連さん、来るたび腕時計変えてんのよ、それもすっげー高級なやつ。んで、かわいい子に欲しいって言われる度にあげちゃうんだ、とか意味ありげな目で言ってきんのよ。悠はどう思う?」


 いつもの調子を取り戻した琴音さんが、食べ終わった食器を洗いながら尋ねてきた。


「その人琴音さんに気があるよ、絶対!」


 ソファーの上からそう答えた。


「だはははっ、やっぱそう思う?」


 これまでは考えられない笑いのある生活に喜びを噛み締める。


 目の前のテレビではまだカラスの話題が続いており、〔カラスと会話できる人物を発見!〕というテロップが現れコマーシャルに入ったところだった。


「よぉっし! じゃあLINEしよっかな、昨夜の腕時計の話だけど~、ホントは欲しいな~って思ってたの、とか」


 だははは! と笑った琴音さんが充電中のスマホを取り上げるとフローリングにあぐらをかいた。


 コマーシャルが終わり、再び〔カラスと会話できる人物を発見!〕というテロップが映る。

 そこに赤茶けた大地と青白い空を背景にアフリカ系の女性が映った。

 画面の端には姿の見えないリポーターの持ったマイクの一部が見える。

 音声は原語のままでインタビューが始まり、それに合わせて画面下には字幕が現れた。


『カラスと会話できるというのは本当ですか?』

『本当です』

『どういう方法で会話をするのですか?』

『カラスに向かって頭の中で話しかける。すると返事が頭の中に流れてくる』

『なぜ会話できるのですか?』

『妹と一緒に街へ向かう途中(リビアの)政府軍に銃撃された。妹は死に自分は大怪我を負ったが助かった。それから会話できるようになった』

『カラスが人間を襲う理由は何ですか?』

『復讐。妹はカラスになって私の前に現れた。自分を殺した政府軍を許さないと言っていた。人を襲うカラスは妹と同じように、自分を殺した相手に復讐するため生まれ変わった人間に違いない』

『会話が出来るあなたはどうすべきだと思いますか?』

『わからない、だが私も死んでいたらカラスになり妹と一緒に同じことをすると思う。政府軍が憎い、何故なら父も政府軍に撃ち殺されたから』


 そこで画面がスタジオに切り替わり、司会者やコメンテーターがあれこれ感想を出し合っていたが、終末論に首まで浸かった霊能者もどきや怪しげな宗教にかぶれた者の戯言といったものばかりだった。


「悠、悠?」


 琴音さんの声で我に返る。


「え? なに?」

「大丈夫? どっか体おかしいとこあんの?」


 優しげに微笑んでいるが目には不安な色を浮かべていたので嬉しいような申し訳ないような気分になった。


「うん大丈夫、ちょっと考え事してただけ」

「そう、何かあったら言ってよね、っていうか言え」


 ほっとした琴音さんがニッと笑うとスマホに目を落とした。


 私は考えた、カラスと会話できるという外人と自分の共通点を。

 

 どちらも身内が一人死に、一人は助かったという点。

 では自分もカラスと会話が出来るのだろうか?

 昨日、姉の声が聞こえた直後に見たカラス、あれは姉の生まれ変わりだったのだろうか?

 

 そう考えている内にもう一つの共通点を見つけた。


 憎しみを持って死んだという点。


 死を選択しなければならない状況に追い込んだ尚美や遼を私は今も憎んでいる。

 いや、頭がおかしくなる程憎んでいると言っていい。

 この世の全ての苦しみを与えてもがく様をじっくり眺めた後、じわじわなぶり殺したいほどに。


 ビルの屋上から落ちる寸前でも姉はそんな事を言わなかった。

 だが心の中――本音はどうだったのだろう。


 コーヒーの香ばしい香りで現実に戻った。


 キッチンに顔を向けると、琴音さんがコーヒーのドリップパックを載せた二つのカップにお湯を注いでいた。


 私の誇らしい巨人だったあの姉に復讐という言葉は似合わない。

 そう結論付けると再びテレビに目をやった。


 公園らしき場所に無数のカラスの死骸が転がっており、画面下には〔カラス同士の争いか?〕というテロップが写っていた。

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