5.あんな事をしてきたのは何故

 今日も上村先生と一緒に社食で昼食を取る。


 たわいのない話をする上村先生。


 私はじりじりして、話を切り出した。


 「昨日あんな事をしてきたのに、何故平然としていられるのですか?」


 「あんな事?そうねえ、思春期ごっこじゃないしね。」


 とかわし、ごく普通に食事を取る先生。



 『今夜先生とお会いしたいです』


 と、昼休みの終わりに先生にメールを打った。


 『わかったわ、いつものバーに行きましょう』


 と先生からメールがきた。


 『今日は医局の勉強会があるから、遅くなるわよ』


 と付け足されていた。



 私は電子カルテを打ち終え、いつものバーへ行った。先生は私がバーに来てから2時間ほど経ってから来た。


 『ずっと待っててくれたのね。遅くなってごめんね。』


 先生はそう言いながら上着を店員に渡した。

 

 私は赤ワインを、先生は黒ビールを、つまみはチーズの盛り合わせと生ハムをオーダーした。すぐにお酒が運ばれたが、乾杯はしなかった。そういう気分じゃないからだ。


 いつもニコニコしている先生とは違い、真顔でバーテンダーさんの後にあるお酒の瓶を眺めていた。


 先生は、はぁ~っと溜め息をついた。


 「昨日、起きていたのね。しかし、デリカシーがないわね、あなた。そういう質問はしないのよ?普通。」


 でも、男女逆の夜這いかしら、と先生は付け足した。


 「あなたと出会った時は、面白い男の子だと思ったわ。そして、母性本能をくすぐるのよね。あなたは女性と話すときは、すぐに胸元や太ももをじっと見る姿が露骨でね(笑)。まあ、お盛んな年頃よ。やがて、佐々木先生とあなたが付き合ってね。二人は愛し合っていたわ。なのに、急にあなたが応じなくなってね。何で?と思ったわ。あなたは急に男の子らしくなくなったの。私は、あなたに声をかけて、何が変わったのか確かめる事にしたわ。」


 先生はそう言って、黒ビールを少し飲んだ。


 「あなたの心が女性かもしれないとなると、私と付き合う事は不可能でしょう?あなたの事はたわいない話をしたり、姿を見るだけで良かったのよ。でもね、体は正直よね...」 


 先生の自分の手を握り締めた、そして、涙が頬を伝ってこぼれ落ちた。辛そうに、寂しそうに話す先生。


 「私の片思いみたいなものね。」


 私はゴクリと赤ワインを飲んだ。


 「私は先生にとても憧れているんです。ただ、私が先生の求めている事が出来るか自信はないです。それに、先生が考えている私と私が思っている私とは違う物かもしれません。」


 今日の二人は、奥歯に物が挟まったような言い方をする日だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る