106.生産職組合からの依頼

「約束の時間には随分と早いが、スタッフの仕事は大丈夫なのかい?それと今はオフだからね。そういうのは無くていいよ」


「スタッフもそんなに大変な仕事じゃないわよ。一応私は午前中は担当入ってないし」


「なるほど。そちら側に入れてもらっても良いかい?」


タリアの隣の空いている席を指してシェスタが尋ねる。


「良いわよ」


「では失礼するよ」


俺に向かってペコリと頭を下げておいて、シェスタはタリアの向こう側に座る。


「シェスタさん、今時間良いの?」


「まあ、ずっとものづくりしててもね。たまには息抜きしないと。特に最近は色々と忙しくて生産と話し合い以外してなくてね」


「ふーん、じゃあ、約束は11時だったけど、もう始めてもいいの?」


「というと、そちらの彼が?」


「約束の時間には早いけど、もう紹介しちゃっていいかな?」


シェスタと話していたタリアが、俺の名前をあえて呼ばずに尋ねてくる。元々約束の時間まではひたすら試合を見ているつもりだったので問題ない。俺が軽く頷くと、シェスタの方を向いて俺を紹介する。


「シェスタさん、この人がムウくん。この前話したプレイヤーよ。ムウくん、この人はシェスタ。ちょっとマイペースな所あるけど、木工に関しては右に出る人のいない職人よ。有名だから色んな集まりでもリーダーになったりして活動してくれているわ」


「ムウくん、というのか。よろしく。シェスタだ」


「ムウです。よろしくお願いします」


ペコリと互いに頭を下げる。


「タリア、場所を変わってもらっても良いかな?」


「そうね。私を挟んで話されても困るし」


タリアと入れ替わって隣に座ったシェスタが、握手を求めてくるので、それに応える。


「ありがとう。無理に敬語を使わなくて大丈夫だよ。タリアにそういう人ではないと聞いているしね」


「わかった。今日は話したいことがあると聞いてきたが、生産職のトップが何のようだ?」


「用と言うか、なんとなく会ってみたいなと思っただけなんだけどな」


シェスタの言葉に、少し緊張していた体の力が抜ける。


「というのは冗談で、一応真面目な話もあるよ。ただ、会ってみたいと思ったのも事実だけどね」


「なるほど」


「とりあえずその前に自己紹介をさせてもらいたい。私はシェスタ。木工職人だ。大工の方には手を出していなくてね。今は主に棍や杖、剣の柄を作っている。気がついたら生産職集団のリーダーにされていてね。まあ色々と、やらせてもらっている」


「では俺も軽く。名前はムウだ。攻略よりは四方のボスエリアの先にあるエリアをひたすらマッピングしながら探索している。街に戻ってくることはそれほどないし掲示板も見ていないので色々と疎いから失礼があったら済まない」


「ああ、大丈夫だよ。別に礼儀が求められるものでもないしね。ちなみに、武器は何を?」


今は武器はすべてしまって腰のマジックバッグだけを持ってきているので、見ただけではわからなかったのだろう。


「弓を使っている」


俺がそう言うと、シェスタが興味深そうに乗り出してきた。


「ほう、弓か。面白いね。なかなか弓を使う人がいなくてそちらの開拓は進んでなくてね。ユーリくんに弓を作ってもらっているというのは君のことかな?」


「いや、俺は自作だ。ユーリには弓について教えたが、生産は依頼していない」


「なるほど。自作か。素晴らしい。武器は自分で作ろうというんだね。ちなみにどんな弓か、見せてもらってもいいかな」


「構わない」


インベントリから弓を取り出して、シェスタに渡す。彼はそれを丁寧に受け取ると、回しながらあちこちを丁寧に観察している。


「ほう、複合弓か。この木材は見たことがない…。それに良い性能をしている。これはボスエリアの向こう側で作ったものかい?」


「ああ」


「なるほど。となると、いよいよ私達もそちら側に進出する必要が出てくるね…。さて、そろそろ本題に入らせてもらおうか」


「随分長い前置きだったな」


俺がそう返すと、シェスタはにこやかな顔のまま頭をかく。


「これは手厳しい。では手短に。私達生産職は、東西南北それぞれの方角において探索及び中継拠点建設をしたいと思っている。君には、それに関してアドバイス及び講師など協力をお願いしたい。もちろん、報酬は支払う。探索のための物資の融通と、ゴールドを相当量用意する」


「普段からタリアにも言っていると思うが、拠点を作りたければ自分たちで探索して探してやったほうが楽しいだろう。それに俺にはメリットがない。元々材料になるアイテムさえ手に入れば自分か仲間が作れるし、それぞれの場所で必要なものはうまく都合がつくからな」


俺がそう答えると、シェスタは一瞬考え込む。。


「なるほど。それなら、確かに君へのメリットは無いかもしれないね。とすると別のお礼を用意しないといけなくなるが…。」


そこでシェスタは一度言葉を切る。


「とりあえず、誤解を解かせてもらいたい。私達が君にしてもらいたいのは、実際にそのエリアでの建設への協力ではなく、拠点づくりや探索の際に意識することを教えてもらいたいのだ。タリアから軽く聞いたが、君は拠点を建設する場所や野営に関して並外れた知識を持っていると聞いている。それを教えてもらいたいのだ」


「並外れているのか?」


確かに、ジントたちと一緒に向こう側を歩いているときは知識が少ないというか、あまり考えてないとは思ったが。だがそれは気にしたり少し考えれば誰でもわかることだ。


俺の疑問に対して、タリアが答えてくれる。


「普通のプレイヤーは、ムウくんみたいにテントはる場所とか探索のときに気にすることとかは知らないのよ。ダンジョンみたいにゲームとしてのルールがあるところはみんなセオリーを知ってたり探ったり出来るんだけど、コリナ丘陵とかあっち側のエリアは、あんまりゲームらしくないのよね」


確かにあちら側のエリアがゲームらしくないというのは合っている。だが、俺は結構誰でも知っていそうなことを活用しているだけだ。


「特別なことは何もしていないと思うが。例えばどんなことだ?」


「そうね。例えばあの岩柱に作ってた拠点はどうしてあそこに作ったの?」


様子を探ったら拠点に良さそうだったからに決まっている。だが、タリアたちの言いたいことがなんとなくわかった。


「あそこが拠点にするのにいい場所だったからだ。具体的には、水と食料の入手しやすさ。少し高台にあること、風を防げること、モンスターの襲撃を受けなさそうだったこと、雨風をしのげる場所だったことが理由だ。そういうのが普通はわからないということだな」


俺が答えると、タリアが大きくうなずき、シェスタも満足そうにうなずく。


「考えればわかることもあるとは思うんだけど、その答えを探ってたら先に進めないから詳しそうなムウくんの力を借りたいと思ったの」


「そういうことだね。報酬の方は100万ゴールドと、私達の組合が用意できるもので君の望むものなら何でも用意しよう」


何でも、とシェスタは言うが、本当に作ってもらえるようなものが今の所無いのだ。たいていのものは自分で作るし、消耗品は別に用意してもらわなくても手に入るものばかりだ。


ただ面白そうな話ではあるし、やり方を俺に任せてくれると言うなら依頼を受けても良いと思っている。


「やり方は俺に任せてくれるんだな?」


「よほど危険なことや尊厳を踏みにじるようなことでない限りはおまかせする」


「では、俺の話を聞いてあちら側の探索を知りたいというプレイヤーを2人以上最大10人用意してくれ。そいつらを連れて向こう側の俺の拠点をめぐりながら教える」


それを聞いてシェスタは少し考えながら答える。


「実地研修ということかな?その、失礼な話ではあるが不用意に知らないプレイヤーを連れて行った場合、後ろから刺されるとは考えないのかい?」


シェスタの言葉に、タリアがぎょっとした顔をして止めようとする。今から依頼しようというのに、それを妨げるような内容だからだ。だが、俺は静かに返すに留める。


「それはそちらの責任だ。PKをするようなプレイヤーを入れたと言うなら信用の問題になる。人選は任せる。ああ、それと条件が一つ。索敵系のスキルと料理スキル、木工スキルを新たに取得しても構わないというプレイヤーに絞ってくれ。それらのスキルのレベルは別に上がっている必要はない」


「…なるほど。気を引き締めて取り掛からせてもらおう。具体的な話は、浮遊大陸のイベントが終わったあとでということでいいかな?」


イベント後はひとまずタク達と探索する予定になっている。


「イベント後一週間ぐらいは他の街の近くで探索をする予定だから、実際にはもう少しあとになるが大丈夫か?」


「そうだね、人選もどうせイベントの間は出来ないだろうし、それで問題ないよ。では、イベントが終わって日程が決まり次第連絡させてもらうことにするよ」


「ああ。どれだけ俺の知識が役に立つかわからないが、報酬をもらうからには全力でやらせてもらう。ゴールドではない方の報酬は貸しということにしておいてくれ。今すぐに欲しいものは思いつかない」


「わかった。では、よろしく頼むよ」


シェスタの差し出してくる手を握る。話しているうちにその表情の能面が彼の普段なのだと気づいた。あえて表情を隠しているのかそれとも表情に染み付いてしまっているのか。いずれにせよ感情が読みづらい、食えない人物だ。


「それでは、私はこれで失礼するよ。若い二人の仲を邪魔しても悪いしね」


シェスタがそう言って立ち上がると、タリアが慌てた様子で答える。


「ちょ、ムウくんとはそう言うのじゃないから」


シェスタはそれにニコリと笑っただけで、何も言わずに去っていった。タリアの方を見ると、赤い顔をしている。


「気にしないでね。たまに変な冗談言う人だから」


「そうか。それにしても、なぜタリアからの説明ではなく彼が出てきたんだ?組合とやらなら、タリアでも良かったんじゃないのか?」


恋愛に関する話は俺もあまり好きではないので、積極的に話題をそらす。


「一応あの人がリーダーだからね。組合全体として依頼するなら、あとから話がこじれないように彼が出てくれることになってるのよ。リーダーは彼一人だから、彼が話をすればそれは組合としての一つの決定になる。組織が大きくなると、揉め事を回避するのも大変なのよ」


「なるほど。厄介なものだな」


会社のようなものか。


「そうね。でも生産職の側も何らかの組織を作らないと、つながりを維持するのが大変なのよ。元は独占に反対する人達が集まってたんだけど、いつの間にか生産職の人がたくさん集まっちゃったの。内部でアイテムの流通も出来るし結構便利なのよ?」


「そうだな。一人ですべてをするのは無理という話だ。ただ、生産職だけの集まりとなると俺と一緒に向こう側に行けるような戦闘職が見つからないんじゃないのか?」


「その点は大丈夫よ。以前ムウくんに話したみたいな、お抱えの戦闘職がいる生産職はいっぱいいるから、そういう人から話を広めてもらうわ」


「それなら、集まるか」


「まあ、こっちは任せといて。それより、5試合目そろそろじゃない?」


「そうか?」


タリアの言葉を聞いてアルトの窓で時間を確認すると、すでに10:50。割と長く話していたようだ。観客席の声も頭の中から排除していたので気づかなかった。


Aブロックの会場を見ると、今まさに前の選手が退場して、次の選手が出てくる。確かに、5試合目のようだ。見知った男が出てきた。

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