105.武闘大会 レンVSシーラ

先手を取ったのはやはりシーラだ。魔法を唱え、水の球と氷の塊を生み出して打ち出す。


打ち出した魔法の数が多い。多重詠唱か詠唱複製で同じ魔法を同時に使ったのだろう。計20程の魔法がレンに向かって飛ぶ。


それに対してレンは、ゆっくりと歩く足を止めないまますべて叩き落とした。見ていた観客がどよめく。盾で受けるのではなく、攻撃を正面からぶつけて打ち消したのだ。


「やってくれる」


「何?何をやってるの?」


「俺たちに見せつけてるんだ。自分がどれだけ強くなったのかを」


やってくれるじゃないか。観客席であいつの戦いを見ている、俺を含めたあいつ以外のメンバーへの挑発だ。


なにせあいつは、最も得意とする居合すら見せていないのだ。


もちろん、多段の魔法に対して居合は相性が悪いから使わなかったとも取れるだろうが、あいつなら一度の居合で数発落とし、続ける刀で他のを落とすぐらいはする。あえて、使わなかったのだろう。


何よりあのゆっくりとした歩みがその証拠だ。いつでも撃ち込んで来いと言わんばかりの歩み。敵を倒すだけなら、相手に準備する時間を与える行動をするはずがない。


続けてシーラは、地面を走ってレンの元まで伸びる氷の柱を放つ。レンがそれを躱そうと一歩横に動くと魔法はそちらに向かって曲がる。


更にレンが躱そうとしてもう一歩横に跳ぶと、氷の柱の陰から最初に放たれたのと同じ氷の刃が数本飛び出す。それを止めるためにレンの足が止まった。


それを待っていたのか、シーラが両手を広げ、大規模な魔法を行使する。


巨大な水の竜巻。それがレンの足元から出現し彼を飲み込む。更にシーラは続けて巨大な氷の剣を作り出しそれを竜巻に向かって突き立てる。


あのシーラという魔法使いはかなり腕が良いようだ。


基本的にアーツと一緒で、魔法も大規模なものになるほど発動までの溜めに時間がかかる。溜める段階では思考と杖による操作で溜める魔法を指定し、溜めている間はその魔法を想像しつづけることで発動までの溜めを行うのだ。


彼女はそれを、4つの魔法で同時にやった。最初の水の球と氷の刃の段階から二つの大規模魔法も同時に溜めていたのだろう。そして小手調べに水球と氷の刃を発射。その間も大規模魔法の詠唱は続けていた。


そしてレンの腕がかなりのものであると確信して、次の魔法は威力を優先するのではなく確実に当てるために搦め手を用意。二段構えを避けさせて誘導した先に遅延させておいた拘束用の水の渦をしかけ、最後に大技を叩き込む。


腕の良い武器職でも確実に取ったと言えるぐらいの攻撃だ。攻略組の魔法使いとして十分に活躍できる実力である。


「終わったじゃない」


「晩飯は俺のものだな」


竜巻へと突き刺さろうとする氷の剣を見たタリアの愚痴に、そうふざけて返す。本当にそうだとおごらないですんだのだが。


まだ、審判の旗は振り上げられていない。


そして、氷の剣が竜巻へと突き刺さり、二つに割れた。竜巻が形を失って崩壊し、氷の剣が切断面からずれて地に落ちる。


先程までうるさいほどに盛り上がっていた観客席が静まり返る。


一方シーラは、分かたれた魔法を動揺の色を見せずに見つめている。攻略組のトップだけあって落ち着いたものだ。このパターンも頭の中に置いていたのだろう。


割れた水の中から、納刀したレンが現れる。装備と髪は乱れているが、元気なものだ。そして氷の欠片を踏み砕き、今度は走り出した。


それを迎え撃つようにシーラは空中に氷の刃を浮かべていく。10、20。凄まじい数だ。先程の大魔法同様、発動を遅延させてストックし続けていたのだろう。


魔法の発動を遅延させるというのは、基本的にモンスター相手に使うものではない。よほど凝ったギミックを持ったボスモンスターか強力なモンスターでない限り、魔法使いは前衛を信じて魔法をぶつけ続ければいいからだ。魔法を用意する余裕は前衛が作ってくれる。


つまり、彼女が使ったのは対人用の技術。攻略組でありながらPvPの技術もかなり磨いているようだ。


その圧倒的な氷の弾幕の中を、レンはすり抜けていく。刀は抜かない。抜いていない状態が、おそらく一番強い。


そしてレンとシーラの距離が4メートルまで縮まった。氷の刃を周囲に浮かべたシーラは、最後にレンと打ち合おうというのか杖を両手で構える。


それを前にしたレンは走ったまま柄に手を当て、その姿が消えた。一瞬の後、俺がシーラの背後に目を向けると、納刀したレンが立っていた。消えたのではなく、俺の眼球の移動が間に合わなかったのだ。現に視界を横切るレンの姿は見えていた。


シーラの体から結界が剥がれ、周囲の氷の刃同様に砕けた。同時に、審判が旗を振り上げる。


わざわざ踏み込みからの居合を最後に使わなくても勝てたと思うが、最後まで派手に行きたかったのだろう。


観客席からの歓声は湧くことなく、Aブロックを見ていたプレイヤーに沈黙が広がる。


レンとシーラは互いに一礼した後、それぞれの側から試合場を出ていった。


予想道理の結果だ。魔法使い側の強さに関わらず、魔法使いでは今のレンを相手にするのは厳しいのだ。シーラの腕は俺が思っていたよりもPvPへの対応をしっかりとしたものだった。だがそれでも、レンの相手は厳しいのだ。


「夕食は何が食いたい?」


「…ねえ、今の何?」


タリアが疑問の言葉を吐き出すとほぼ同時に、周りの観客もざわめき出す。色々と驚きが大きく、言葉が出なかったのだろう。魔法を斬ったこと、そのときアーツの輝きがなかったこと。そしてシーラが負けたこと。


「どれのことだ?」


「あの魔法を斬ったのと、最後の一撃よ。あれは、何?あんなアーツ聞いたこと無い」


「居合斬りだろう。何のスキルで強化しているかは知らないが。そもそもアーツですら無いと思うぞ」


「え?アーツじゃなくてあの威力なの?」


「まあ俺の推測だが。アーツだと使い勝手が悪すぎるからな。MPをつぎ込んで攻撃の強化とか、一時的なバフとかを使ってるんだと思う」


アーツというのは定まった形と威力を持っているので、その威力を強化するのには限度がある。魔法と違って性能を変化させるためのスキルもそれほどない。それなら、むしろ自己強化や攻撃力上昇、魔力集中などのスキルを使って一撃の威力を上げたほうが便利なのだ。


「それで、あれだけの魔法を斬れるの?」


「斬れるんじゃないか?俺は一撃にあれだけの魔法を断つだけの威力を込める方法は知らないが、あいつは見つけたんだろう。あいつは居合が得意分野だしな」


タリアは驚きが抜けきらない様子で聞いている。次のプレイヤーが入場してきたが、周りの観客もさっきの試合の余韻が抜けきっていないようだ。


「それで、あの人はムウくんの知り合いなんでしょ?」


「まあ知り合いというか、ある意味クランメンバーだ」


「クラン?ムウくんクラン入ってたの?」


「ある意味と言っただろう。クランみたいな形は無いが、気の合う奴らで集団は作っているんだ。あいつもその一人。後は5試合目にも一人出てくる」


そう答えると、タリアは納得した顔でうなずいた。


「だからあんな自身満々に賭けとか言ってたのね」


「あいつが強いことを俺は知ってるからな。負けることはないと思っていた。あそこまで派手に正面から切り伏せるとは思っていなかったけどな」


もっと軽やかに魔法を躱して接近し、斬る。そう思っていた。まさか正面から真っすぐ行って斬り伏せるような戦い方をするとは思っていなかった。


「それってやっぱり、さっき言ってた、ムウくんたちに見せるため?」


「だと思う。単純に上の試合で遊ぼうと言いたいんだろう」


今度はタリアが呆れた表情をする。


「そんな理由で?」


「まあみんな戦うのは好きだからな。出ている奴らは奮い立つんじゃないか?後はお祭り気分とか、かっこいい戦いをしたかったとか。まあ色々あるんだろう」


色々と推測はできるが、完全に慮ることできない。あいつなりの理由や事情があったのだろう。ただ一つわかるのは、確かにあいつの戦いは、俺の心に火をつけたこと。あんな演出こみの戦いをされておとなしくしているのも無理というものだ。


イベントが終わってタクたちと探索を始めたら、PvPの動きもしっかりと訓練していこう。


「じゃあ、5試合目に出てくるのはどんな人な…」


「おや、タリアじゃないか」


俺の後ろの通路から、タリアを呼ぶ声がする。こう周りにプレイヤーが多いと、どの気配がこちらを注視しているのかわからないため反応が遅れてしまう。


「あ、シェスタさん。おはようございます」


「おはよう」


そちらを振り返ると、30代から40代の静かな顔をした男性が立っている。銀色の髪は首元まで伸びており、愛嬌のある丸眼鏡をかけている。少し微笑んだ表情は能面のようだ。

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