88.アーデラス山脈-2

夢なのか現実だったのかすら怪しいダンジョンボスとゲームマスターとの会話から一日。拠点を出てから三日目にしてようやく山の麓にたどり着いた。


ここまで生えていた木々は山の低いところではそこそこ生えているようだが、上の方を見ると標高が高くなるほど木が少ないのがわかる。


山の上の方では山全体を覆うように短い野草が生えており、あちこちに大きな岩が転がっている。登るのはそれほど大変ではなさそうだ。


「お、湖か…。ありがたい」


やってきた場所から少し山沿いに回り込んだところに小さな湖があった。生産や普段の生活で何かと水は使うことが多いので、拠点の近くに水場があるのはありがたい。


残念ながら森に囲まれているため、よくある湖に山が写り込んだ美しい風景はあまり見えないが、それは贅沢というものだろう。山の端に沈もうとしている夕陽が美しいことで十分だ。


周囲に危険なモンスターの反応が無いのを確認して、湖の側に仮キャンプを張る。このあたりにも他の場所同様に拠点を建築したいと思っているので、明日から場所の選定をして拠点の建築開始だ。山の上の方は木が生えておらず、俺の得意とする丸太小屋が建てれそうに無いので木のある辺りまでが候補になるだろう。


焚き火をたいて料理をしていると、頭上をバタバタと小さな何かの群れが通り過ぎていく音が聞こえた。暗闇の中では翼のある何かということしかわからなかった。大きさはおそらく40センチほど。今まで見た鳥系統のモンスターのどれとも似ていない気がする。山の方にそのモンスターの群れは向かっていたので、明日以降山の探索を行っていれば正体がわかるかもしれない。



******



翌日、朝食まで済ませて山に向かって探索に出る。今日一日で拠点を築くのは難しいのはわかっているのでテントは張ったままにしている。


湖にもモンスターが生息しているようで、朝食を取りながら眺めていた水面はとてもにぎやかだった。どんなモンスターがいるのだろうか。ルクを連れてくれば潜って見てきてくれそうだが、俺自身はこんな冷たい水には入りたくない。水の温度は気温ほどには下がらないと言われているが、水中には防寒具なんて装備して入れないのでどちらにしろ寒いことには変わりない。


どうせいずれ、南のサスカー海岸や広い湖のあるエリアを探索するときには“泳ぎ”スキルをとるつもりだが、今は拠点づくりが優先である。


湖の岸から森を進むと、やがて上へと傾斜が向き始める。ここからがいよいよ山だ。


しばらく進む間は森と変わらず木と所々に下生えが生えているが、200メートルほど登ったところで周りの木々がまばらになって、短い草と岩が増えてきた。


開けた視界の中上を見上げると、はるか遠くに山の頂らしき場所が見える。コリナ丘陵全体の標高はわからないが、湖のあった場所から1000メートルは上にありそうだ。そこそこの高さの山である。


また右や左を見ると、今登ろうとしている山の向こう側に同様の山がいくつか見える。山というよりは山脈というのだろうか。ここは複数の山の集合している場所のようだ。


しばらくひたすらに山を登る。傾斜はそこまででもないが、元々足場がしっかりとあるわけでも人の足によってできた道があるわけでもないので、スパイクをしっかり引っ掛けながら登る必要がある。


岩や小さな石ばかりなためか鉱石系のアイテムがゴロゴロ転がっていて、特に蒼鉄がいくつも拾えたのがありがたかった。以前巨大な岩塊の上で拾って以降蒼鉄には出会えていなかったので、複数確保できたのはありがたい。何より大抵の武器を作るには鉱石状態の金属がそこそこの数いるので、一つしかない状態では使い物にならなかったのだ。


他には生えている短い草の中に通常の薬草と、時々俺では鑑定できない草が混じっていた。所々に同じものが生えているのでこれも採取しておく。“調合”スキルもいずれは取りたいと思っているのだが、他にすることもあって後回しになってしまっている。どうせ街に戻って調合セットを買わないと何も出来ないので今すぐどうこう出来る話ではないのだが。


弓といえば、遠距離からの攻撃に加えて、毒矢や麻痺矢など相手に状態異常を付与する攻撃が定番だろう。俺も戦闘手段の一つとして様々な毒や状態異常を扱いたいのだ。


昼過ぎまで登り続けたがまだまだ山頂は遠い。昼食は取っておきたいが、なだらかな山肌が続いているので身を隠す場所も休める場所もなく、何か地形に変化がある場所まで進んでおきたかったのだ。


とはいえ、見える範囲に特筆できる変化らしきものはない。木も今いる場所より上には一切生えていないようだし、もう歩きながら昼食を取ってしまおう。


背中からズタ袋を回してきて干し肉をいくつか取り出す。腰のベルトか、体に巻いている帯に干し肉などを小さな革袋に入れてつっておけば後々楽そうだ。他にも水袋とか後々作るであろう毒系統のアイテムを入れておく袋とか。探索を終えてテントに戻ったら色々と取り付けれるように腰や体のベルトを改造しよう。


とりあえず山の頂上が一日ではたどり着くのが厳しいぐらいに遠いのがわかったので、方針を変えて少しだけ山の側面、尾根側に回り込んで見る。


午前中登ってきた場所と比べると山の左手にある尾根へと続く斜面は急なので、ピッケルを使うことにする。手に持っていたメモ帳をしまって、両手にピッケルを握る。


壁を登るのと比べると脚だけでも登れそうな尾根を登るのは遥かに楽だった。転げ落ちるとまずいのでピッケルを使用して安全を期したが、いらない気を使っただけかもしれない。杖代わりになる棒でもあれば事足りただろう。


尾根に上がると、向こう側も同様にかなり険しい斜面になっていて、歩ける場所は幅2メートル程の尾根の上だけだった。


その向こう側に広がっているのは、今登ってきたなだらかな斜面と比べると遥かに複雑な地形をした山脈だった。


「…これは広いな。骨が折れそうだ」


視界の及ぶ限りでは二つの山が見えるし、その向こうにもおそらく山脈は続いているだろう。


また、奥に見える山々にはなぜか今登ろうとしている山と違ってそこそこ木々が生えている。もちろん上に行くほどその数は少なくなってはいるのだが、今登っている山と比べると遥かに上まで木が生えているのだ。


何かこの山に、木が生えにくい原因があるのだろう。山の土壌かはたまた魔力など他の原因か。


そんなことを考えていると、北東の方角から山肌沿いに近づいていくる気配に気づく。


「高度が高い…。それに翼か」


急いで尾根から降り、尾根の側面に伏せて身を隠す。この位置なら向こうから来たモンスターには見えないはずだ。合わせて、“気配”スキルの上位進化スキル“隠密”スキルを使用して気配を隠す。森の中では木々に隠れながら相手の様子を探ったものだが、今は姿を隠すすべがほとんどないのでスキルによって気配を隠し相手に視認されないようにしたのだ。


翼の音で、昨晩頭上を抜けていったモンスターかと思ったが、大きさが違う。


こいつは、でかい。確実に1メートル以上ある。


翼の音が尾根の向こう側で止まったのを確認し、音を立てないように尾根から顔だけを覗かせる。


いた。尾根の向こう側の空中でホバリングしながらキョロキョロしている。


猛禽類特有の尖ったくちばしに、獅子のような力強い胴体、そして脚の先は巨大な鉤爪。翼は大きく、重たい体を支えるように幾度も羽ばたいている。


グリフォンだ。いるではないか。ファンタジーらしいやつ。


体躯はライオンに似ていたローヴェと比べても大きく、全長で2メートルほど。翼を広げた幅も同じくらいある。


おそらく俺の気配を察知して獲物を探しに来たのだろう。戦ってもそうそう負けるつもりはないが、場所が悪いし相手が何匹いるかわからない。こいつが群れから離れてやってきた個体だったりしたら厄介だ。


やがて俺を発見するのを諦めたグリフォンは空中で踵を返すと、尾根の向こう側、山と山の間に広がる森へと滑空していった。


十分にグリフォンが尾根から離れるのを待ってから尾根に上がり、その後姿を観察する。


力強い四肢から伸びる巨大な鉤爪は、獅子本来の爪よりも遥かに驚異になりそうだ。背中の中央には普通のライオンやローヴェには無い一筋の毛が生えている。


コリナ丘陵での探索でわかってきたのだが、こちら側のモンスターのうち魔法を操る奴らは、それを司る器官を備えているようだ。狼の大型モンスターなら体表に浮かぶ濃紫の結晶、マノピなら拳の後ろ側に生えている結晶、ジンフィアなら体毛などだ。


根拠も何も無い勘に過ぎないのだが、グリフォンの背中の毛は、魔法を操る触媒な気がする。どんな魔法を使うのだろうか。


森の方へとゆっくり滑空していったグリフォンが突如体勢を崩し、森へと凄まじい速度で降下していく。


それに反応するかのように、森の方からは複数のモンスターが慌てるように鳴く声が聞こえた。遠くで響く声は戦ったときとは違って聞こえるが、あれはマノピの声だ。


木々の中へと突っ込んでいったグリフォンが、何かを足に掴んで出てきた。そのまま来た方向、俺が最初に登ろうとしていた山の向こう側へと姿を消す。


「マノピを狩るのか。怪物だな」


ワイバーン型や狼型の大型モンスターほどやばい気配はしなかったが、そこそこ格上の相手ということだ。群れだったら本当にきついな。一人で戦っても勝ち目は無い。


「今日はここまでだな」


すでに昼を大きく回っている。ほとんど足を止めずに登ってきたので、降りるのにも同じぐらいの時間がかかる。今日はとりあえずテントに戻って、いくつか生産をしよう。


後は明日から拠点づくりだ。とりあえず山にはグリフォンやマノピ、他の鳥モンスターが多く生息しているのがわかったので、拠点は麓の方に作ろうと思っている。今テントを張っている湖畔がそこそこいい感じなので、他に候補地がなければそこにするつもりだ。湖の周囲は完全に森の囲まれているので、外からの視線が通っていないのがありがたいのだ。


テントに戻った後は簡単なスープを作って、生産に入る。


今回するのは、腰のベルトに革袋を吊るせるようなラックを設けるのと、胴体の防寒具の全面左側にメモ帳を入れるポケットを作ることだ。いずれも腰のマジックバッグを使用すれば事足りるのだが、できれば腰のマジックバッグは戦闘に使う矢やポーションだけを入れておきたいので作ることにした。


と言っても、ベルトのホルダーは革を細く切って巻いて、革袋を引っ掛ける部分を作るだけの簡単な作業だ。


手間だったのは防寒装備の全面にメモ帳用のポケットを取り付けるところだ。左側ということで一部ファシリカの革にもかかっており、頑丈な革を貫いて縫い付けるのが大変だった。ただ、作業内容自体はシンプルなのでそれほど時間をかけずにすんだ。


試しに装備を着直してメモ帳を入れてみる。


ピッタリのサイズで作ったので動いても中で跳ねることはない。蓋もしっかりつけているので、特に問題は無いようだ。


あれもこれもと装備を改造しているが、探索の際の便利さを増すためのものなので特に気にしていない。いずれ改造するもの、作るものがなくなったときが、俺の装備が本当に整ったときなのだ。

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