89.アーデラス山脈-3|ログハウスづくり-1

山にたどり着いて二日目。今日は湖畔にこの周辺1つ目の拠点を作るつもりだ。作るのはいつもどおりの木の小屋と焚き火をする場所。後者は良さげな大きさの岩を拾ってきて並べるだけなので、湖周辺を探してくればすぐにすむ。


湖をぐるりと回ってみて拠点づくりに良さそうな場所を探す。昨日はすぐに山の方に向かって湖の方を探索できていなかったが、ゆっくりと時間をかけて見て回ったので色々と発見があった。


湖の周囲の長さは300メートルほどであり、楕円に近い形をしている。おおよその場所では岸から急に深くなっていたが、一部では海岸のように徐々に深くなっている様子が確認できた。またそういうところでは水中からあまり動かない生物の気配がしており、何かが浅いところに潜んでいるのがわかった。小型の魚だろうか。


また、徐々に深くなっているところでは岸から2メートルほどの位置にアイテムの反応がいくつかあった。水にはなるべく入りたくないので今日は拾うのをやめておいた。いずれ暇があったら入ってみることにしよう。


大体の場所では少なくとも湖の淵2~3メートルのところには木が生えていないのだが、一部では水中まで枯れた木が続いているような場所もあった。何らかの気象によって湖の形が変わり、以前まで森だったところが飲み込まれたのだろう。


湖を回った結果、拠点づくりに良さそうな場所を二箇所発見した。


一箇所は、巨大な岩と岩の間。ベタだが、周囲から視線が通りにくいという点で拠点に向いている。ただし、少しスペースが狭い。


もう一箇所は、後ろが山の一部である崖に面した場所。後ろ側は崖に遮られているので視界が通らず高台があるので増水でも安心だが、木が他の場所に比べて非常に薄く、5メートルに1本程度しか生えていないので風とモンスターからの視界が気になる。


特に問題なのは風だ。実はアーデラス山脈に入ってから生えている木が針葉樹林ばかりになってきており、これからさき必ず訪れる寒冷期、今以上に冷え込むことが予想される。そんな中で風を遮るもののない場所には倉庫を立てたとしてもテントは張りたくない。


だが、この場所、眺めは絶景なのだ。崖に沿って地面が盛り上がっているため、周囲を広く見下ろせる。


「どうするか…」


この際倉庫ではなく、寝泊まり出来るようなしっかりとしたログハウスを作ってしまうのも手だ。森の中にテントを設置したとしても、どうせ冷たい外気が隙間からテントの中に入り込むので、木によって風を防げても寒いことには変わりないだろう。


今すぐ自分でより防寒性のあるテントを作ることも出来るだろうが、どちらのほうが良いだろうか。


高台から湖の周りを見下ろしながら考えていると、上空から気配が近づいてくるのに気づく。羽ばたきの音もする。


このサイズはグリフォンだ。


「隠れる場所ないな…」


拠点建設候補地のうち周囲に木がほとんど生えていない方にいるので、今すぐに隠れる場所がない。湖を渡って反対側に行くほどの時間はないし、どうしたものか。


とりあえず一番近くの木の根元まで走っていってしゃがみ込み、気配を隠す。


俺が隠れた直後にグリフォンが頭上にやってきた。木の陰に入っているので見えないが、そのまま下へと降りてきているようだ。奴らの生息しているであろう山の向こう側から俺の気配に気づくほど鋭敏な感覚を持っていることは無いだろうから、別の用事があってやってきたのだろう。


気配の主のグリフォンが降り立った場所は、俺の隠れている木の真横だった。


“隠密”スキルで気配を隠していたがグリフォンには通じていなかったようで、真横に降り立ったグリフォンとバッチリ目が合う。一瞬グリフォンが驚いて目を見開いたように見えた。


グリフォンが隣に降り立つ前から近くに着地することはわかっていたので、刺激しないようにじっとしながらも、襲ってきたときにはすぐに反応できるように身構える。


頭をこちらに向けてきょろきょろと見ていたグリフォンは、やがて興味津津な様子で近づいてくる。


敵意や警戒心といった様子より興味が勝っているように思えたので、逃げること無くグリフォンが近づいてくるのを待ってみる。


首を伸ばした状態の身長は俺より高いグリフォンだが、俺の匂いを探るように頭を下げている今はその頭が俺の腰のあたりにある。腰にぶら下げているピッケルホルダーやマジックバッグなどに興味津々なようだ。時々脇などに頭を突っ込んで後ろ側を見ようとしてくるので、それに合わせて動いてやる。


グリフォンが俺の観察に熱中している隙に、俺もグリフォンを細かく見る。


頭部はワシの頭をそのまま大きくしたかのような猛禽類らしい顔つきだ。そこから通常の鳥よりも少し長い首までは白い羽が生えている。


一方胴体はライオンのように短い毛がなめらかに生えているだけで、背中の中央にたてがみのように一筋の毛が生えている。


足の付け根はライオンや虎のような形をしているが、中程から太い鉤爪が生えている。


尻尾は幅広く、尻尾というよりは長めの尾羽根のようだ。全体的に黒い色調で、一部だけ白い羽根が生えている。


やがて俺の観察に満足したのか、グリフォンは俺から離れる。だが、そのまま立ち去ることはなく、俺から少し離れた位置で立ち止まると、首をかしげたりしながら俺の方を見てくる。いかつい鷲の顔でされてもそれほど可愛らしくは無いが、敵意が無いことはわかった。


試しにそっと手を伸ばして首元の羽を触ってみる。固い。触り心地はあまり良くない。俺の矢なら弾かれることは無いと思うが、勢いが減衰しそうだ。


特に俺に触れられることは気にならないのか、グリフォンはじっと俺の方を見ている。


いつまでも触っていたいほど心地良いものでもなかったので手を離すと、じっとしているのに飽きたのか離れていった。


どうやらここには水を飲みに来ていたようで、湖の近くまで歩いていって水を飲むと、そのまま飛び上がって去っていった。


「敵対的ではないわけか」


あの個体がそうなのか、グリフォンという種がそうなのかわからないが、マノピのようにすぐに襲いかかってくるわけではないのはわかった。


「ログハウス、だな」


今のグリフォンとの接触で、今いる場所にログハウスを作るか岩の間や森の中に倉庫だけ作ってテントを改造するかという悩みに結論が出た。


この場所で一番懸念していたのが、上から見下ろせるグリフォンなどのモンスターの接近だった。だが、この周辺でも特に強力なグリフォンが水飲みに訪れる場所であり、かつそのグリフォンは俺に対して攻撃的でないので、この場所にログハウスを建てても襲いかかってくるモンスターはいないだろう。


そうと決まれば早速ログハウスの建築である。


まずは前準備として、テントを今張ってある場所から岩の間に移す。そちらのほうがログハウス建築予定地から近く、移動も楽だ。


テントの移動が終わった後はログハウスづくり開始だ。まずは、木を切り出してくる前に適当な設計図を考える。


メモ帳を取り出して大まかな設計図を書き出していく。


「まずは倉庫、寝室と、後は室内で火が焚けるといいな」


いちいち料理や生産のたびに外に出て焚き火をするのは面倒だ。室内を温める意味でも部屋の中で焚き火が出来るようにしておきたい。レンガを使った暖炉か、金属製のストーブというのもありだろう。


「この際冬越しの備えをするか」


頭をよぎったアイデアを捕まえて具体的に考えていく。


今現在は10月25日。あちらで言えば秋、こちらもおそらく今から更に寒くなっていくだろう。拠点づくりをしたあとは山脈の中を探索していくつもりだが、冬極寒の状態で探索するのはしんどい。特に今の俺は自作の防寒装備しか無いので、寒さが厳しすぎる場合には撤退するしか無い。


とは言え、冬を越すために街まで戻るのは面倒くさい。この拠点を冬を越せるように作れば、丁度いいだろう。


「それなら、後は薪倉庫と食料庫、煙突もいるか」


冬に建物の中にこもっていても火を絶やさないですむように薪を蓄えておく倉庫と、同じくこもっていても食べるものに困らないように食料を入れておく倉庫は必要だ。


簡単な設計図が出来上がった。


必要な木の本数は100本以上。しかも以前まで作っていた倉庫と違ってそこそこの太さの木材を使い、さらに屋根や床には板材を使う。地面が土なので、基礎は簡単に作れそうなのはありがたいが、それを抜きにしても相当な活動量だ。さて何日かかるか。


何にせよ楽しみである。なんとなくの形は頭の中にあるが、実際に作ってみないとどうなるかわからない。しっかりした家を作るのなど初めてなのである。ああ、本当に楽しみだ。

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