86.アーデラス山脈
翌朝、目を覚ましてすぐに外の様子を確認する。まだ水は木の葉や地面に残っているが、雨は上がったようだ。
天候も持ち直したようなので、予定通り山に向かって探索を行うことにする。とりあえず山の麓か中腹のどこかに拠点を築くところまでいくつもりだ。その後山を登ってみるか、それともこちらまで戻るかは行った先で考えることにする。
小屋を整理して、防寒装備補修用の革と食料、木材など、拠点づくりに必要なものを持ち出し、ズタ袋とインベントリに分けて詰める。
アイテムの整理が終わった後は、防寒装備を着込み、テントを畳んでズタ袋にしまう。最後にズタ袋と弓を背中に固定して探索の準備は完了だ。
拠点内が片付いているか、忘れているものはないか確認してから拠点の外に出る。
天気は雲ひとつ無い晴れ。北の山もはっきりと見えている。
ひとまずはひたすら山に向かって直進だ。
******
山に向かって探索し始めて2日目。周りの様相が少しずつ変わってきた。
拠点からここまでは、大きな岩が地面から飛び出していたり、崖があったりと起伏に富んだ地形をしていたが、このあたりはそれと比べるとだいぶ穏やかな調子だ。言ってみれば、最北の拠点から東に向かった先にあった森や岩柱の拠点周辺と同じような地形をしている。地形が山の麓へと移り変わっているのだろう。
山はだいぶ近くに見えてきたが、まだ1日はかかりそうだ。目が良くなっているせいで、遥か遠方にあるものも見えてしまってまれに距離感を見誤ることがあるのだ。
起伏に飛んだ地形が減ってきたために、せっかく作ったピッケルが腰で泣いている気がするが、山に入っていけばいずれ使う機会は増える。今はひとまず、この穏やかな丘陵を楽しもう。
地形が穏やかな丘陵に戻ってきたために、最北の拠点周辺の起伏に飛んだ地形の中では見かけなかったヒストルや、ワイバーン型の大型モンスターの姿も再び見かけるようになった。
また、鳥型のモンスターの数が最北の拠点周辺と比べても多くなっている。森が広いからかはたまた他の原因があるのか。それは謎だ。
加えて、久しぶりに新しいモンスターを見つけた。マノピという名の、黒い毛皮に、いかつい顔を持つ猿だ。攻撃的なのか縄張り意識が強いのか、森の中を進んでいる俺に襲いかかってきた。
相手が一匹だったので迎え撃ったが、なかなかに手強い相手だった。基本的に木から降りてくることはなく、手や脚、尻尾で木にぶら下がって頭上から攻撃を仕掛けてきた。他には、魔法で生み出したらしき石を投げて攻撃もしてきた。
これだけの説明だと普通の猿のように思えるだろうが、これらすべての行動がダイアウルフの突進よりも速かったことを考えると、到底ただの猿のようには思えまい。
樹上を縦横無尽に飛び回り、高速での突進や噛みつきひっかきを絶え間なく繰り出してきて、このエリアで出会ったどの小型モンスターよりも凶暴で速かった。またその体躯も素早い動きの割には大柄で、特に腕が長く、一撃の重みもかなりのものだった。
アーカン相手には樹上戦でも圧倒できるようになった俺でも、マノピほどのスピードで移動することは出来ず、木を盾にしながらカウンター気味に攻撃を当て続けることで仕留める事ができた。
一度動きを止めて魔法らしき大技を放とうとしていたタイミングもあったのだが、そこで攻撃を集中すると、ひるませて攻撃を中断させる事が出来た。
問題は、マノピが群れで出現したときである。俺が一人で相対したときは複数体の攻撃に対応できずに負けるだろうし、他の6人パーティーが相対したときはマノピの機動力に対応できずにやられるだろう。そもそもあんな動きをするモンスターを相手にすることを想定したやつが何人いるだろうか。仲間たちや、それと同等に腕のいいプレイヤーなら地面に立ったままでもなんとかできそうだが、他は厳しいだろう。
俺が複数人いれば、というのは完全な妄想に過ぎないが、本当にそうであってほしいと思ってしまうぐらいには厄介な相手だった。
今後3体以上でいるのを確認したときにはなるべくやり過ごしたい。2体はどれぐらいの強さになるかわからないので、一度試しに戦ってみたくはある。
今の戦闘ではダメージは受けなかったが、現在の俺の防御力はマーシャに作ってもらった胸当てや篭手、脚甲がそれぞれ魔力を通して30、布の服が5、そして自分で作った防寒具が20ぐらいなので、心臓などの急所に関しては防御力が55を越えている。
更に、防寒装備と他の防具を重ね着をすることを考えて“革鎧”スキルを新しく取得しているのでその分の補正も相まって以前とは比べ物にならないぐらいの防御力があるだろう。そのためマノピの攻撃を受けてもそうそう簡単にやられるとは思えない。今後どれぐらいむちゃできるかを確かめるためにも、身をもってマノピの攻撃力を確かめておく必要がある。
後は、今までなるべく避けていた大型モンスターも。今は山にたどり着いて拠点を築くのが目標なので余計なことはしないようにしておくが、いずれは挑んでみたい。
考え事をしながらも注意に気を配り、森を進んでいく。山にたどり着くのはまだ先になりそうだ。
******
夜、寝袋に潜り込んだ後少しばかり今日の探索を振り返る。まずは午前中に遭遇したマノピ、そしてその後に発見し回避したマノピの群れ。これまで見てきたどの小型モンスターよりも強力な小型モンスターで、なおかつかなり敵対的だ。それにしては、他のモンスターと争っている姿をあまり見かけなかった。
この山の麓エリアでの大型モンスターの数は、様々な種が見つかるとはいえこれまでのエリアと比べるとやはり少ない。
また同様に、中型モンスターであるジンフィアや小型の凶暴なヒストル、アーカン、ローヴェも、それぞれ発見は出来たものの群れも小規模で発見数もこれまでと比べると少ない。
一方で小型の、害のないモンスターや、鳥型のモンスターの数はかなり多い。
様々なモンスターの生息数から考えると、この山の麓エリアはマノピの支配しているエリアなのかもしれない。そのため、大型モンスター含めて他の肉食獣も数が少なく勢力が小さいと考えれば辻褄が合う。マノピも自分たちが最大勢力であり、食料となるモンスターが十分に確保できることに気づいていれば、無闇に他の肉食モンスターに襲いかかろうとはしないだろう。
俺自身が襲われたのは、見慣れない生物が縄張りをウロウロしていたから、もしくは群れに近づきすぎたからだろうか。何にせよ、他のモンスターと違ってマノピの目に止まってしまったために攻撃を受けたような気がする。
(明日からはとりあえずマノピの気配を察知して避けるとするか。)
どんな事情があってマノピが俺だけを攻撃対象にしたかは定かではないが、近づかなければ害はない。明日からはそれを注意して行こう。
このエリアのモンスターについて考えていると、ふと他の方向へと考えがそれる。といっても、同じくモンスターに関わることなのだが。
今の所俺がコリナ丘陵で発見したのは、様々な動物的なモンスターばかり。一方でゴブリンを発見したのはダンジョンの中だけである。またトレントやゴーレムなどと言った、生物的ではないモンスターは一切発見していない。
つまりなんというか、ちょっとした違和感。
この世界には魔法があって、モンスターもまた人間同様に魔法を能力の一部として生活している。ファンタジーではよくある世界だ。
だというのに、そこにある生態系、モンスターの種類は、ファンタジーのそれとは異なる、完全独自の物となっている。
この世界を作ったあの男は、一体何を想像してこの世界を作ったのだろうか。何をモチーフに、この世界を描き出したのか。
更に言えば、先日見つけた不思議な社。あれは一体何を表しているのか。誰があんなものを作ったのか。あれが誰かの生み出したものだとして、その作り手はどこに消えたのか。
この世界が、あの発案者を名乗る男が作った、非常にリアルな異世界を描くゲームの世界だというのはわかっている。ここにいるモンスターも、ダンジョンも、自然も、全てあの男の被造物だ。
だというのに、その作り手である男の意思が見えてこない。もちろん、作り手の意思が垣間見えるような世界は欠陥品だ。
そういう意味での意思ではない。なんと言えば良いのだろうか。
この世界には、ダンジョンという、明らかに後付されたように見える建築物が普通に自然の中に紛れ込んでいる。それは窪みの中に存在し、周囲を不自然に土に囲まれた、明らかに人工の建築物。それが通常のダンジョンだ。何者かの手が加わっていることがはっきりとわかる。
だが、それ以外の自然は、わからない。そう、わからないのだ。本当にここは、誰かが作った世界なのだろうか。誰かが作ったのだとしたら、一体、どこまで作っている?
生えている一本一本の木。それぞれに巣食う小鳥の巣や、生えている苔。全く違う形をした木の根。時折ある崖に、そこから流れ落ちる小さな川。
どこまで、いや、どうやってここまでのものを作ったのだ。
俺は、このコリナ丘陵の大自然の中で生き、探索できることに満足している。
だが、本来ゲームとは、ここまでのものではない。誰がこんな物を作れる?
俺は幾度も、ルクシア周辺のことを『自然が死んでいる』と呼称した。だが、それが本来のゲームなのだ。
むしろ、あれだけ広大なルクシア周辺にあれだけリアルな木々が生え、多少とはいえ地形に多様性があり、更にモンスターの行動に多様性がある時点で、十分にそれはリアルな異世界なのだ。
だが、このコリナ丘陵はどうだ。まるで
俺自身、自分の行っている探索というのが明らかにゲームとしては異常なものだというのはわかっている。
本来ゲームにおける探索というのは、作り込まれた構造を持つエリアを、その先へと進んだり、進むための何かを探すために歩くことなのだ。分岐はあれど、決められたルートが存在して、それに従ってクリアしていく。RPGを名乗り、クリアがある以上ゲームとはそういうものであるはずだ。
俺がやっているように、ただ無作為に世界を歩き回り、拠点を築き、新しい景色へと挑むことを許してくれるほどの広大な世界を、果たして、どうやって作ったのか。そして、それは、もはやゲームと言えないのではないか?
俺が、普段あえてゲームであると理解しているここを現実と捉えて探索し生きていくために使っている、世界と言う言葉。その響きが、自分の中での違和感に語りかけた今となっては、異質な響きを伴っているように感じる。
「この世界は…本当に、世界なのか?」
酷く拙い、自分でも明文化出来ないその独白に、
「なかなかに、鋭い答えだ。少年」
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