85.コリナ丘陵-18
最北の拠点についてからしばらく立つ。ここ数日で、北東、北西、東、南東、南西の方角の探索をし終えた。
以前探索していた分も合わせて拠点周辺の探索はだいたい終わっているので、次は山の方角に向かって進もうと思ったのだが、そうもいかない理由がいくつかある。
まずひとつ目は、昨晩から降り始めた雨だ。朝起きても降り続いていた。街に一度戻ってから雨が降るのは初めてだが、これが非常に寒い。
今いる拠点は岩柱の拠点と違って上に天を遮るものが無いので、冷たい水がそのまま拠点の中へと落ちてくる。さらにこの世界では、服が濡れば乾くのに時間がかかるので、焚き火が出来ない中で濡れてまで探索するのは難しい。
また雨が降っているせいで気温がほとんど上がらず、一日中寒いままだ。
雨の方はマントを羽織っていれば防げる。マント自体は風や寒さを防ぐことに加えて雨具としての利用も考えていたので、ラルにそう伝えて雨を十分に防ぐように作ってもらっている。それに雨の日はどうせ崖を登ったりするのは無理なので、ズタ袋を手で保持する余裕もあるのだ。
そこで今日は、倉庫兼作業場の中にこもって防寒装備を作ってみようと思っている。服に関しては全く作ったことも調べたこともないので一から試行錯誤する必要があるが、完璧なものを作ろうというわけでもない。
2つ目も寒さに関わることだ。連日気温の低下が着実に進んでおり、かつ現在の装備で山を登ろうとした場合にはマントを装備できないので普段の探索からして寒さに震える可能性が高い。そこで、マントに代わりズタ袋や弓入れの下に着ることの出来る防寒具を用意することにしたのだ。
せっかくマーシャに作ってもらった防寒用の服だが、あちらの装備で言えばトレーナーと厚手のズボンを作ってくれた程度で、寒冷地にそれ単体で行けるほどのものではない。特に外気が染み込んでくるためだんだんと寒さを感じるようになる。そこで、中にそれを着つつ、さらに上から着れるようなものを考えようと思っているのだ。
ちなみにマントを普段は装備していて、壁を登るときだけズタ袋にしまえば良いのではないかと考えてそれも一度試してみた。
結果、弓が大きく俺の背中からはみ出しているので、マントをその上から羽織ると弓に引っかかってしまい不要な負荷をかけてしまうことに気づき、その手法をとるのは諦めた。
テントの中で忘れ物が無いかを確認した後、ズタ袋を掴んで小屋へと急いで移動する。小屋はテントのすぐとなりにあるのだが、わずかな距離でも少し濡れてしまった。
小屋の中なら火はつくのだが、油を持っていないので火をつけるのにはそれなりなスペースがいるため松明などを用意することは出来ない。少しばかり中が薄暗いので“梟の目”スキルを装備して作業をすることにした。
とりあえず新しい防寒具は革を主にして作ろうと思っている。革ならば俺の“魔物素材加工”スキルで加工できるし、素材のストックもそこそこある。
まずは革を種類ごとに並べて置いておく。その際についでにMPを消費して《なめし》を行っていく。これで革が加工可能な状態になるようだ。
ひとまず、どの革が防寒具にあっているかわからないので色々な革で作ってみて一番良さそうなのを使うことにする。
用意した革は、ジンフィア、コフト、ファシリカ、アーカン、ヒストル、ローヴェ、オンロンの7種類だ。
手始めに一番多くあるヒストルの革で作ってみる。革を使った作業には慣れていないのでまずはスキルのアシスト通りにやってみる。
スキルのアシスト任せだと、大雑把に革を切った後、それを服の形になるように縫いわせて完成なようだ。完全にスキル任せでも、そこそこ使えそうなものが出来た。とはいえ、そのまま使うのは嫌なのでもう一度自分で作る。スキルに従って作ったのは、どうやって作るのかという手順と作業を確認するためだ。
手順とすることがわかったので、今度はそれぞれの工程の意味を確認しながら自分でやってみる。
まずは胴体の後ろ半分と前半分それぞれの形に合わせて革を切り抜く。自分で自分の体の形に合わせるのは難しかったので、少し大きめに作った後にベルトで締めてサイズを調整することにした。
体に革を巻いてみながら軽くナイフで印をつけ、実際に革を切り抜く。胴体部分の革が切り抜き終わったあとは腕の分も切り抜いていくのだが、ここで困ったことが一つ。胴体でギリギリの大きさだったので、ヒストルの革からは腕部分にするほどの大きさをとれないことがわかった。
ヒストルより革が小さいアーカンではなおさらサイズ通りに革をとるのは難しいだろうし、何か考える必要があるだろう。
そこで、マーシャに作ってもらった防寒具をよく観察し、以前見たことのあるファンタジーの防寒具を思い出してみたところ、あることに気づいた。
どちらも、一枚の布や革で出来ていない。
もちろん、俺もそれはわかっていて胴体部分と腕部分を分けて作ったりしてみようとはしていたのだが、分けるなら、もっと細かく分けてもいいという話だ。
つまり、胴体部分を2つのパーツから4つのパーツに分けたり、腕を、肩当て、肩から肘まで、肘から手首まで、手首より先の防寒部分とわけても良いわけだ。そう考えると、いちいち全ての革で一通り作ってみてから考るというのは遠回りだということがわかる。
要は、それぞれの革が体のどの部分の防寒に適していて、どう組み合わせれば使いやすく温かい物ができるか考えれば良いのだ。
そうと決まれば、色々と試してみることにする。まず試してみるのは、薄着になった上で体に巻いて、どれが一番暖かくなるかの実験だ。少々手荒だが、防寒性を見るにはこれが手っ取り早い。
革を用いた防寒着には基本的に風を防ぐ役割がある。革の上着に、保温性のある服を内部に着ることで暖かさを逃さないようにするのが防寒の基本だ。つまり、革を用いて防寒具を作る際、風を防ぐことは前提となる。
一方で、革自体にも性質が色々とあり、風を防ぐだけでなく革の内部に温度を溜め込むことで保温力を得ることの出来るものもあるらしい。俺が今から探そうとしているのは、そちらの性質だ。
全て確認してみたところ、コフトとジンフィアの革が毛が生えている事もあって保温性が良いようだった。逆にアーカンの革はなぜか中途半端に外気を通すようで、少しばかり寒さを感じる。他は似たりよったりという感じだ。
次に確かめるのは可動性である。着たまま壁を登ったり弓を至りする予定なので、特に関節部は動いてくれないと困る。
肩のように飛び出している部分だと多重構造にして可動域を増やすことも出来るが、一番気にしないといけないのは肘の内側のように曲げる部分だ。今作っているのは防寒具ということもあって、稼働する際に隙間の出来るような防具であってはならない。
そこで関節部分には、できるだけ柔らかく、薄い革を使いたいのだ。一方で、胴体部分、特に心臓を守る場所と背中側には、そこそこに頑丈で分厚い革を使いたい。急所を守るという意味もあるが、、単純に装備自体の頑丈性が気になるのだ。
特に背中側などはそちらに向かって曲がることもないので、頑丈な革を使っても問題ない。頑丈といっても板のように固い革は無いので、多少体をひねることにも十分に対応できるはずである。
やはりというかなんというか、他の革と比べて薄いジンフィアの革やアーカンの革は柔らかい。ヒストルはそれに次ぐ程度で耐久力もその二つと比べればありそうだ。コフトの革はかなりに柔らかい。オンロンも少し耐久性に難がありそうな気がするが柔らかい。一方ファシリカの革はかなり固いようだ。
特に使い勝手が良さそうなのはローヴェの革だ。ライオンに似た肉食のモンスターだったこいつだが、革の柔らかさは硬すぎず柔らかすぎず装備の胴体部分にちょうどいい感じであり、それでいて耐久性も問題なさそうだ。
とりあえずの方針として、正面左側の上部分、つまり心臓部分にはファシリカの革を使い、胴体の前と後ろはローヴェの革を、胴体の両サイドにはヒストルの革を、脚はローヴェを中心に太もも部分とブーツ、腕もローヴェを主体に肩周りにはコフト、肘周りにはジンフィアとアーカンを使って作ってみることにした。
特に防寒に気をつけたい革の合わせ目にはコフトの革から取った毛を貼り付けてどうにかしたい。
胴体部分は、二つのパーツを前後で組み合わせるよりは、長方形を描くようにしたほうが作りやすそうなのでその方法でいってみることにする。
早速作ってみることにする。幸い革は一人分には十分なぐらいにある。色々と試しても大丈夫だろう。
とりあえず部分ごとに革をわけて切って、一着分の革を用意する。
異なる革をつなぎ合わせる部分では、隙間が出来ないように重なる部分をしっかりと取って縫い合わせ、はみ出している部分を適度に切り落とす。
胴体部分は、特に前側を二つに分けておいてそれぞれに固定用にベルトと金具をつけ、前を開け締め出来るようにする。これで着脱がそこそこ楽になるはずだ。防寒具ということで、多少は硬さと重さがある方が安心感があるので、その分脱ぎやすさはしっかり考慮している。
胴体の側面部分の革は前と後ろの革の下側に入り込むように縫い合わせる。革の色はそれぞれに少しずつ違い、わずかに前後の方が色が暗く、見た目もいい感じだ。
胴体部分が出来た後は、腕パーツを作ってつなぎ合わせていく。肩部分は複数のパーツを縫い合わせることで、肩を保護するパッドと胴体、そして残りの腕部分との接続をなめらかにする。腕の部分も一枚の革を巻くようにして作るのではなく、複数の革を互いに一部が重なるようにして縫い合わせて形を作っていく。
複数の部品で一つのパーツを作る方法を多用するのは、暖かさの保護もあるが、見た目を良くする目的もある。一面同じ革で変調が無いよりは、合わせ目などがあったほうが見栄えが良い。
肘の内側や脇の部分にはジンフィアの薄く柔らかい革を使う。
後は首周りには内側にコフトの毛が生えたもふもふの革を貼り付け、肌に触れても寒くないようにする。裾は股のあたりまでの長さにした。上着はベルトで締めて体に密着させるが、太ももにも装備をつけるので邪魔にならない程度の長さだ。
上半身が出来たところで、今度は下半身を作っていく。下半身では特に股と太ももの内側、それに膝裏の部分は柔らかい革を使う。
また、膝より少し上までは内側にコフトの革を張ることで暖かさを逃さないようにしている。
下半身の装備は膝下あたりまでで、その下に長いブーツを作ることにしている。それも色々と確認が必要だな。
******
昼食をはさみ、幾度かの実験と試作を繰り返して装備が完成した。
まずは頭。当初の予定では上半身部分にフードを付ける予定であったが、フードにした場合上半身との兼ね合いで頭の可動域が狭くなる可能性に気づいたので、完全に別に顔の横までを覆う兜のような頭装備を作った。
頭の部分は衝撃から守ってくれるようにファシリカの革を使って平にし、内側にはコフトのふかふかな革を貼っている。顔の側面、肌に触れる部分にも同様にコフトの革を貼っている。寒さを防ぐために、マーシャに作ってもらった上半身用の装備と重なるあたりまで伸ばしている。
次に上半身。使用した革は予定と少し変わって、左胸にファシリカ、前側と後ろ側をローヴェ、そして両脇をオンロンの革で作っている。当初予定していたヒストルの革だと少し動きづらく感じたので、オンロンの革を試したところちょうどよかった。
また、当初は革の上から別の革を貼り付けて作っていた固定兼調節用のベルトだが、体前側の革を縦に4つに分けることで対応した。右外側、左外側の部品はそのまま脇のオンロンの革と縫い合わせている。そして、その外側の革と体の中央側の革を縫い合わせる際にベルトにするヒストルの革をはさんで縫い込むことでより安定するようにした。
また首の部分はそこそこ高く、また首を曲げる際に邪魔にならないように前を開け、左右後ろは少しゆとりを持って作った。
腕は当初の予定と変わりなく、適度に革を重ねながら作った。またモンスターの攻撃を受けたり、岩や崖に押し付ける可能性も考えて、前腕部は部分的にファシリカの革をつけて耐久性を上げている。
また肩も目立たない程度に衝撃を吸ってくれるように多層構造にしている。
次に脚。こちらもおおむね最初の計画通りに出来た。太ももまでは曲げる際に邪魔になることもないので多層構造にして暖かさを確保し、膝の部分は薄く、行動の邪魔にならないようにした。
そして足。ブーツを作ろうと考えていたが、以前作ったスパイク付きの靴が十分に暖かいので、それを少し改良し、足首から膝までを覆うカバー装備することにした。上半身の装備同様にベルトで閉めることが出来るようにしたので、革を足に巻いているだけだがしっかりと固定でき、暖かさと安心感を感じる。
一通り作った装備を装備する。
装備の分の重さは感じるが、余計な隙間が無いように作ったのでしっかりと体に密着しており、妙なバタつきやふらつきもなく安心感がある。かといって動きにくいわけではなく、むしろ適度な重みが心地よい。それになにより、この小屋の中では相当に暖かい。おそらく雨でない日に外に出て多少の風に吹かれてもものともしないだろう。
雨の中だと濡れるのは防げないので行動できないが、そういうときはマントを羽織ったりテントの中にこもったりすればいい。それに、これだけ寒さ対策ができていれば夜の探索も十分にできる。“梟の目”もだいぶレベルが上ってきて夜の探索もしたいと思っていたところだ。
これで、明日以降山の方へと探索に行けるだろう。おそらく遠方に見えている山に、二日あれば麓には辿り着けるはずだ。さて何があるか。楽しみだ。
気がつけば外は暗くなっており、炉の火だけが赤々と小屋の中を照らしている。基本的に試行錯誤しながら物を作っているため、時間がかなりかかっている。生産職のプレイヤーは、短い時間でより多くの、良いものを作り出せるのだろう。
だが、時間がかかっても俺は一人で生きていくことが出来る。それでいい。
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