閑話・タク

《始まりの街ルクシア-7~始まりの街ルクシア-18》


「やっほータク、久しぶり」


露店のアイテムを適当に覗き込みながら歩いていると、後ろから懐かしい声がする。


「お、タリアか。随分久しぶりだな。元気にやってたか?」


《炎紅の鍛冶師》タリアだ。βテストの頃からその見た目と作る武器の優秀さで有名で、イベントで知り合ってから懇意にしているプレイヤーの一人だ。と言っても、正式サービスになってから会うのは初めてだ。


「そこそこね。タクは武器をどうしてるの?」


「あー昔からの知り合いが生産職になったから、そいつに作ってもらってるんだ」


βテストの最初の頃は俺もそれほど親しい生産職の知り合いがいなかったから、タリアと出会ってからは彼女に武器をづくりを任せていた。別ゲーからの知り合いは結構いるのに、どいつもこいつも攻略組だから武器を作ってくれる奴がいなかったのだ。


正式サービスからは、βテストをやってなかった知り合いが鍛冶師として活動を初めたからサービス開始初日に出会えたそいつに作ってもらっている。


「ふーん、その人私より腕が良いんだ?」


「別にそう言うわけじゃないぞ。ログアウトができなくなったから、とっとと攻略しないといけなかったからあいつに頼っただけだ」


「そ。じゃあ今度からは私が君の武器を作っても良いのかな?」


いつもはニコニコと笑っているタリアが、珍しくすねたような声で尋ねてくる。


「らしくないな」


「そう?」


「昔のタリアは、普段はニコニコと明るいくせに剣には真摯に向き合う鍛冶師だったけどな。客を取られたことにこだわってる今のタリアは、剣に向き合う姿勢をなくしてるように見えるぞ」


そう言い切ってから、タリアがうつむいたのを見て、つい言いすぎたかと後悔する。普通にしてるつもりなんだが、時々こうやって言いすぎて後悔するんだ。


「…わかってるわよ」


「え?」


タリアがポツリと呟いた言葉に、つい疑問の言葉が飛び出た。顔を上げたタリアの顔が泣いてるように見えてどきりとする。


「ごめん、忘れて」


そう言ってタリアが踵を返そうとするので、つい手をつかんでしまった。あんな泣きそうな顔をしたやつを放っておけるはずがない。


「飯に行くぞ」


「え、ちょっ…」


タリアが何か言っているのを無視して、近くのレストランに引きずり込む。店内のプレイヤーがこちらを見てすぐに視線をそらす。


「ちょ、ちょっとタク、手」


「ん、ああ、すまん、強く握りすぎたな」


「そういうことじゃないんだけど」


タリアが呆れたような目で俺の方を睨む。そっちの顔の方が、よっぽどタリアらしい。


「とりあえず飯食おうぜ。俺が奢るからさ」


「…ありがたく頂いておくわ」


「何食う?」


「任せるわよ」


NPCの店員に二人分の注文した後、タリアの方を向き直る。


「それで、急に人を引っ張って、何の用?」


「え?」


「え?」


タリアの言葉が予想外で、ついそう返すと、タリアも同様に疑問の声を返してきた。そうか、俺が引っ張ってきたんだったな。つっても、別に何か用があるってわけじゃなかったんだが。


「いや、なんか泣きそうだったからつい…。別になんか話があるわけじゃない。迷惑だったらすまない」


俺がそう言うと、タリアは少し黙り込んだ後、フッと吹き出した。人が心配してるのに笑うって酷くないか?


「昨日怖い夢を見ちゃったから気分が落ち込んでたの。空元気してたけどしんどかったみたい。心配させたならごめんなさい」


「まあ、原因がわかってて元気になったなら良かったけど…」


「ついでに」


俺の言葉を遮るようにタリアが言う。


「私の愚痴を聞いてもらおうかしら。愚痴を聞いてもらったら気分も良くなると思うの」


まあそう言う事なら、と軽く愚痴を聞くことを承諾したのだが、そこからが長かった。


最初は生産職で揉めてる話とか、その過程で離反した生産職や顧客の話をしてたのだが、勢いがついたのかログアウト不可になって心細かっただの武器を使ってもらえなくなると鍛冶師として自信がなくなるだのと、弱気な気持ちをひたすらに言うようになった。


食事をしながらも延々と嘆きを聞かされてもうお腹いっぱいだ。


「そこまで弱音を言うのも珍しいな」


「タクだからね。今の他の人に言ったら許さないから」


「はい、気をつけます」


「うむ、よろしい」


俺が敬礼をしながら返すと、タリアが満足げに頷く。やっぱり、これぐらいふざけれるタリアの方が接しやすい。この状態ならちょっとぐらいじゃあ凹まないし。


「うーん、美味しかった。ありがと、元気出たよ」


「そりゃ良かった」


特に何をしたわけでもないんだけどな。勝手に文句を言って勝手に元気になったんだから、別に俺じゃなくても良かった気がする。まあ知り合いが元気になってくれたのは嬉しいから良いけど。


食後にタリアに断ってから軽く掲示板を漁っていると、タリアが何か思い出したようで話しかけてきた。


「そう言えばタクって、ムウくんの事知ってる?」


タリアの口から飛び出した見知った名前に、つい声が上ずる。


「俺の知り合いにもムウはいるけど、人違いじゃないか?あいつが他のプレイヤーと仲良くするとは思えないし」


「黒髪の短髪で、ちょっと顔が怖い子なんだけど。あ、後弓を持ってたわ」


ああ、あいつだ。


絶対に同一人物だ。俺も未だに弓を持ってるのはあいつともう一人しか知らないし、もう一人は女なので絶対に違う。


黒髪で顔が怖いというのも当てはまる。怖いというかあまり笑っていないだけでそこそこ整った顔つきはしているのだが、昔から誤解されやすいやつだ。


まああいつと俺の関係を知ってる人なんていないだろし、無理に隠さなくてもいいだろう。


「多分同一人物だな。あいつがなにかしたのか?」


「ほら、こないだタクが掲示板に色々と新しいモンスターの情報上げてたでしょ?」


開き直って冷静に話そうと思っていたのだが、続くタリアの言葉で水を吹き出しそうになった。


「あ、ああ、上げてたな」


「あの素材をムウくんが私のところで売ってくれたのよ」


「……」


「タクに情報をくれた知り合いってムウくんだったんだね」


「……」


タリアは確信を抱いているみたいだが、自分からそれを認めることはできない。ムウには秘密にするという約束をしたのだ。書き方がまずいとカルナにも怒られた。ムウのことはあいつの言っていたとおり秘密にしたかったが、自分で取ってきたと嘘をつくのも嫌でああなってしまったのだ。


「ま、なんか約束してるのはわかったけど、私はムウくんと契約したのよ。口約束だけど」


「なんの約束だ?」


「新しいアイテムが手に入ったら、ムウくんが使わない限りは優先的に私のところに売ってくれるっていう約束」


「そう、か」


冒険だ自然だと、学校でもほとんど友人を作らなかったムウが自ら取引とは言え知り合いを作るというのは、少ない友人からすれば嬉しいことだ。


タリアには自分が強いモンスターを倒せるということを教えてもいいとムウが判断したのなら、俺があれこれと考える必要はない。


「まああいつが気にしないなら、俺が気にすることでもないな」


「ねえ、ムウくんってどんな人?」


「そうだな…」


ムウとの思い出に思いを馳せながらタリアに語る。あの馬鹿は今どこで戦っているのだろうか。






*************





「タクー、行くわよー」


「ちょっと待ってくれ!」


みんなに待ってもらって露店で美味しそうな匂いをしている焼き鳥を買う。


「遅いわよ。朝ごはん食べてないの?」


みんなのところへ戻ると、タリアが歩きながら代表して文句を言ってくる。全面的に俺が悪いのだが、言い訳をさせてほしい。


「夜用事で起きてたせいで起きれなくてさ。てことで朝食は抜いてる」


「用事、ってなによ」


「うーん、それはダンジョンをクリアしてからのお楽しみだな」


カルナは俺の言葉に疲れたようにため息をつく。一方でタントは興味津々な顔だ。


「なんか面白そうなことがあったか?」


「まあそんなところだ。とりあえずダンジョン攻略をしてから、だけどな」


「…そろそろ気を引き締めろ。あのダンジョンを踏破したという話は一つしか聞いていない」


「そうだな。よし、今日も気合い入れていくぞ」


リストが助け舟を出してくれるので乗っておく。


「誰がよ、誰が。あんたが一番気合が抜けてんのよ」


「カルナ、それぐらいにしてあげて?」


珍しく今日はサラも俺の味方に回ってくれた。


「タクは頑張っても抜けてるの。だから、ね?」


「いや、味方してくれるかと思ったらけなすのかよ」


サラの言葉にタントが突っ込みを入れるとみんなが笑う。よし、今日もいい感じだ。

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