閑話・レン
あの日、この世界に閉じ込められた時、俺は、他のプレイヤーが抱いていたような絶望でも、仲間たちが抱いていた焦がれるような喜びでもなく、ただ一人、安心感を抱いていた。
******
朝早く、宿で目を覚まして昨晩やり残した調合の続きをする。今日からは街を離れて遠くのエリアを攻略するので、特に命に関わるポーションはちゃんと準備しておかないといけない。
予定していた数のポーションを作り終えて調合キットを片付けていると、扉をノックする音がする。
「はーい」
「もうみんな飯食ってるぞ」
「わかった、すぐ行くよ」
調合キットを片付け、今作ったばかりのポーションをマジックバッグに入れて部屋の外へ出る。朝食のときはみんなが集まるから、朝のうちにポーションを配っておきたい。
階段を降りて下の階に行くと、もうみんなは朝食を食べていた。
「おはようみんな」
「おう、珍しく遅かったな」
「うむ、カルマより遅いなんて珍しいであるな」
「そう言われるのはちょっと癪だけど、ポーションを作ってたんだよ。昨日間に合わなかったから」
「それは確かに、悪かった」
「おいどういう意味だ」
「ふっ」
ラルがカルマをからかうのはいつものことだ。いつものことなのに何回見ても面白いのは本当にすごいと思う。
「おいレル、お前今笑っただろ。普段は無口なくせして」
「…」
「なんか言えよ」
トーヤとシンは、いつもどおり過ぎる二人を放っておいてもくもくと朝食を食べている。俺も二人の掛け合いを笑ってないで見習わないとね。
「ポーションが少なくなってきたのは誰だっけ?」
「俺だ。攻撃を受けるから消費が早いのである。うむ、感謝する」
ラルにはタンクとして最前線で戦ってもらっているのでポーションを作ることをいちいち嫌に思ったりしていないのだけど、こう申し訳無さそうに言われると自分が悪いことをしたような気持ちになってしまう。
「別に良いよ。ラルにはいつも前で支えてもらってるし」
「うむ、今後も精進する。それで、出発はいつであるか?俺はもう準備は出来ている」
ラルがそう皆に尋ねると、ふざけあっていたカルマとレルを含めた全員が、多少真面目な顔になる。シンは真面目な顔というよりも楽しそうな顔になっているけど、それはいつものことだ。
シンは、フォルクやムウに負けず劣らず冒険するのが大好きだから、新しいエリアに進むことがワクワクして仕方ないんだと思う。
俺も含めて全員用意できているみたいで、食事を終えたらすぐに出発することになった。俺はみんなより食べ始めるのが少し遅かったので、急いで朝食を食べる。うん、いつもどおり美味しいシチューだ。
******
「よし、それじゃあ出発しようか」
「うーい」
「やっとであるか。待ちくたびれたぞ。ガハハハッ」
結局俺が朝食を食べ終えるのが一番最後になってしまって、みんなを待たせてしまった。みんなは大して気にしていなそうだけど。
宿を出て、街の東門へとみんなで歩く。わずかに匂う、鉄と、煤の匂い。この鉱山都市レーシンでは見慣れた光景だ。そこかしこに工房があって、熱気がある鍛冶師の街。
掲示板を見ていると、北の魔法都市ネクサスなんかでは少し寒くなっているらしいけど、レーシンは毎日日が絶えないので寒いと思ったことはない。
前では、ラル、シン、カルマのいつも騒がしい三人組があれやこれやと今から向かうエリアの話をしている。
たいていこの6人でいると、騒がしい三人と俺含めて静かな三人に別れる。
「なあレン、レイテ荒地のモンスターで、こっちのモンスターと比べて強いのか?」
三人で盛り上がっていたシンが、俺の方を振り返って話しかけてくる。
「わからないよ。ムウの話だと、北の方はとても強いモンスターからそこそこのモンスターまで色々いるって言ってたよ。荒地もそうなんじゃないかな」
「くー、楽しみだなあ」
「ダンジョンより強いモンスターが出ると嬉しいであるな。ここのダンジョンは強いというよりは厄介であったし」
「だよなー、もう少し攻撃が強くないとガードしがいが無い」
「お前がガードすると俺が楽しくなくなるだろ。ちょっとは自重しろ」
「どうかな。戦闘はタゲの取り合いだぜ?」
「絶対勝つ」
カルマとシンが戦闘に関して言い合いをするのはいつものことだ。カルマがタンクとしてターゲットになってしまうと、シンが退屈するのだ。
街を出ても大したモンスターが出ないからと、三人が話し続けているのを聞きながら、俺も気になることがあったのでトーヤに話しかける。
「トーヤは、俺たちがダンジョン攻略していた間どこにいたんだい?」
俺、シン、ラル、レル、カルマの5人は、ルクシアでみんなでパーティーを組んだ後、西の岩場を踏破してレーシンにやってきた。
レーシンを見つけたのは偶然だけど、その後掲示板でギルドの依頼でレーシンに来るプレイヤーが出始めたことを見て、進行として間違っていないことを確認できたのがありがたかった。
その後はそこそこの時間をかけて、レーシン付近の二つのダンジョンを攻略したのだけど、トーヤはその時はまだパーティーに入っておらず、その後にふらりと現れて一緒に行動することになったのだ。
ムウ以上に自分を表に出さないトーヤだから、特に説明が無くても皆受け入れたけど、俺は何をしていたのか少しだけ気になったので尋ねてみた。
「…それは秘密」
「そっか。トーヤの索敵、頼りにしてるよ。荒地はモンスターがたくさんいるみたいだしね」
「ん、任せて」
言葉少なだけど、ちゃんとパーティーのことを考えて、みんなに気を使って行動してくれる。頼れる仲間だ。
なるべくモンスターとの戦闘を避けながら、東へ向かって進み続ける。荒地と岩場をつなぐ魔法陣には、ちょうど一日ぐらいの時間がかかるからすぐにはつかない。
この世界は、ゲームと言うには遥かに広大で、移動するのにも、何かをするにも時間と労力がかかる。一人だったら何をしたら良いかわからないまま、のんびりとルクシア周辺で狩りをしながら過ごしていたかもしれない。
でも、俺には仲間がいる。
あちらの世界で、俺と一緒にだらだらとただ毎日を送るだけの周りの人間とは全く違う、貪欲に、何かを追い求め続ける仲間たちがいる。
だから大丈夫。
彼らと一緒にいれば、俺もひたすら進み続けることが出来る。
さあ、進もう。どんどん先へ。
きっと、みんなが追い求めている何かは、俺を楽しませてさせてくれるはずだ。
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