84.コリナ丘陵-17

翌朝、装備を整えて拠点を出る。背中には弓とズタ袋、右の腰にピッケルホルダーにロープ、左の腰にはマジックバッグ、そして後ろには鉈と矢筒。


街の中を歩いていると笑われそうな装備だが、このエリアを一人で踏破するには大真面目な装備である。


マントを羽織っていない分昨日より少し寒いが、まだ気合で耐えられる領域である。ただ、先日のように風が吹いている場合には外に出るのがきつくなるだろう。そのうち自分で毛皮を使って防寒対策をしないといけない。


昨日と同じく東に向かい、昨日引き返したところまでたどり着く。昨日と違って多少の障害物を乗り越えて進んだのでだいぶ早く進むことが出来た。


やはり、こう傾斜や崖の多いエリアを迂回しながら進もうとするととてつもない時間がかかるのだ。いつも最短ルートを選べるとは限らないし、早く進みたいなら直線で乗り越えるほうが楽なのだ。


昨日引き返した地点へとたどり着くと、昨日引き返した原因が目の前にそびえ立っている。


大きな岩の塊だ。岩柱の拠点ほど高く切り立っているわけではないが、歩いて登れるような場所が無いのだ。昨日はこれを見て登れるように装備を整えてくることを決めたのである。


弓やズタ袋が固定されているのを確認した後、まずは素手で壁に取りついてみる。今の俺なら、“登攀”スキルを所持していることもあって、凹凸のある壁なら素手でも十分に登れる。だが、ここはそうもいかないらしい。


昨日見たときも思ったが、妙に側面がなめらかなのだ。もちろん岩のでこぼこは見受けられるのだが、なぜかそれらに尖った部分が殆ど見られない。これでは途中で手をかけて体勢を維持することは出来ても、上までは登れない。


森の中にぽつんとたっているために、長い年月をかけてゆっくりと表面が削られてできたのだろう。


ただ気になるのは、特に数箇所、他と比べても削れている部分があることだ。自然だけの産物ではない可能性が高い。


いつまでも考えていても仕方が無いので、ピッケルを取り出して再度挑戦することにする。


ピッケルホルダーの隣にかけているロープをピッケルと結び、反対の端をリストバンドに結びつける。これで登っている最中にピッケルを落としても、再び拾い上げることが出来る。


ピッケルを一旦腰のホルダーに戻して再度岩に近づき、素手で登れる部分まで凹凸を頼りに登る。そしてそこからピッケルの出番だ。


なめらかな壁の隙間にピッケルを突き立て、体を持ち上げる。


下から一度のピッケルで次のでこぼこに届くルートを探して登り始めたので、右手のピッケルで体を引っ張り上げた後は、左手を次の凹凸に引っ掛けて体を持ち上げる。


右のピッケルで体を引っ張り上げた後は、左手。それを繰り返しながら上へと登っていく。


今度は右手の届く範囲にも凹凸があるので、一度ピッケルを口に横向きに咥える。腰のホルダーに戻してしまうと再度取り出す際には右手を使わなくてはいけなくなるのだが、今度は左手を伸ばす場所が無いので左手でピッケルを使う必要があるのだ。


口に加えたピッケルを左手でつかみ、再び岩壁へと突き立てて体を持ち上げる。


岩塊の高さは10メートルほど。ピッケルを左右の手に持ち替えながら登っていると、やがて頂上にたどり着いた。


頂上もまた、壁面と同様になめらかな岩肌が広がっている。広さはわずかに2メートル四方ほど。おそらく元は尖っていた先端が削られていき、今のように平らな頂上が出来たのだろう。


上にはほとんど土が積もっておらず、わずかに岩肌の隙間に溜まっているのが見える程度だ。


周囲の丘や崖と比べてもそこそこ高く、遠くまでが見渡せる。


ちょうど昼時なので、昼食に干し肉を食べながら東の方角を観察する。


これは街で買ってきた食料の残りなのだが、やはりちゃんと人の手で加工されているためか、塩加減が丁度いい。自分で作ると塩味が濃すぎたり薄すぎたりと調整が難しいのだ。


東の方角はここから100メートルほど行ったところで大きく地面が落ち込んでおり、そこそこ広い幅の崖になっているようだ。


その崖の向こうにはここまでと同じように森と丘陵が続いているようだが、こちら側と比べて地形は比較的穏やかなように見える。その代わり木が多く、地面が露出している部分が少なくなっているようだ。


反対に後ろを見て歩いてきた地形を見ると、やはりかなり荒れた地形をしているのがわかる。ところどころに大きな岩がむき出していたり崖があったりして、平らな部分は殆ど見当たらない。


そのためかはわからないが、森と言えるほどの木の集合は稀で、林程度の少数の木の集合があちこちに見受けられる。


おそらく突き出している崖や岩の部分には木が群生せず、むき出しの部分が多くなっているのだろう。


昼食と周囲の観察を終えて、岩の上を一通り見てから下へと降りる。よく観察したことで新しいアイテムを発見することが出来た。


《蒼鉄》という名の鉱石で、岩塊の端に引っかるようにしてあるのを拾ったのだ。説明を見る限り鉄より強度が高いが、その分重量もあるようだ。


とりあえずズタ袋にしまっておいて、登ってきた道のりを今度は反対に降りる。


先程とは反対の手順で足を先に伸ばし、その後手を下へと下ろしていく。今回もピッケルを活用したことで無事下まで降りることが出来た。


「二本作ったほうがよかったかな」


今回のように本当に手をかける場所の少ない物を登る場合、ピッケルは二本あっても良かったかもしれない。


それにしても不思議な岩だ。ピッケルを隙間に突き立てながら登ることが出来たが、岩に対してピッケルを振り下ろすと大きく欠ける事が無く、ピッケルがうまく突き刺さらなかったのだ。


そこまで考えて、はたと気づく。


「…まさか、これ」


いや、そんなことがあるのだろうか。確かに俺は、この岩塊の上で《蒼鉄》の鉱石を拾った。また、この岩塊は鉄のピッケルを寄せ付けなかった。


だからといって、この塊そのものが《蒼鉄》だということがあるのだろうか。


いや、考えても答えの出ないことを考えるのはやめておこう。今の俺にはこの岩を砕いて正解を確かめるすべがない。心に止めておく程度にしよう。


ついでに軽くノートに絵として記録し、俺の抱いた疑念も書き加えておくことにした。


記録が終わったところで、再び東に向かって進み始める。あちこちに大きな段差があり、少し北の場所にはかなり大きな窪みがあるのが見えた。近寄って見てみるが、特に中には何も無いようだったので、記録だけ取ってスルーした。


そのまま100メートルほど進むと、先程見た広い崖にたどり着いた。先程まで幾度も見かけたように地形の一部分が飛び出して崖になっているのではなく、右から左まで一面が崖だ。すくなくとも100メートル先まで崖は続いているようである。


迂回して降りることも出来ないので、崖を直接下ってみることにする。上から見下ろす限りでは、先程の岩塊に比べて遥かに凹凸が多く、上り下りしやすそうである。


崖に取り付くまでが一番手を滑らせる可能性が高いので、ピッケルを崖上の地面に突き刺し、そのロープを頼りに体を崖に沿って下へと下ろす。


頭部以外が崖上の地面より下へ行ったところで崖上のピッケルを引き抜き、ホルダーにしまう。ここまで来れれば後は下まで降りるだけだ。


見た通り手や足をかけるところは多く、下まで降りるのにピッケルはいらなかった。


下まで降りると、そこは先程までの凹凸の激しい地面とは打って変わって、平らな地面の続く森になっていた。


視界に収まる範囲では、拠点からここまでのエリアにあったような傾斜やでこぼこした地形は見受けられない。


木やその他の植物の種類は変わりがないように見える。


とりあえず目印となるように崖にもっとも近い木に十字に傷をつけておいて、先へと進む。すでに昼過ぎだが、昨日と比べて探索のスピードが上がっているので多少なら問題はない。


モンスターの気配は、これまで同様にあちこちからする。見える限りではファシリカやアーカンが普通に生息しているようだ。他の虫や小動物の様子も変わりない。


もう少し詳しく調べるまではなんとも言えないが、高低差があるだけで先程までのエリアとひとつづきの生態系を持っているようだ。


今日探索できる時間はもうそれほどないので、ファシリカの肉などの入手は諦めて先へと歩くことにして、東へと探索を進める。



******



一時間ほど東へと森の中を進んだが、二つ、新しい発見があった。一つは初めて見る大型モンスターの発見。もう一つは、新たなダンジョンだ。


新たな大型モンスターは、今まで見かけてきたワイバーン型のモンスターと似た見た目をしていた。


ただし、これまでのワイバーン型が黒と赤や、オレンジ系統の暗い色といった色をしていたのに対して、こちらは真っ黒だった。そして長い尻尾と頭部、背中の一部には白い体毛が見受けられる。


この体毛もまた、これまでのワイバーン系統のモンスターには見受けられなかった特徴だ。これまでのワイバーン系統のモンスターは全て鱗やそれよりも頑丈そうな甲殻を持っていた。だが、体毛は生えていなかったはずだ。


また、この大型モンスターの特に特徴的な点が、前脚と頭部から生えている刃上の何か、だ。


頭部の方はおそらく角が発達したのだろうが、黒く太陽を反射して光るそれは、角というよりはもはや刃である。前脚にも同様の構造が見て取れ、あれが何かしらの役目を果たすことは想像に難くない。まあ、あの見た目で役割など二つぐらいしか思いつかないが。


木々の隙間でくるまるように寝ていたので、遠目から観察するにとどめておいた。


もう一つの発見、新しいダンジョンの方だが、今回のは今までとは少し様子が違った。


ほとんど平坦な崖の先のエリアの中で、唯一こんもりと盛り上がった丘の上にそれはあった。


基本的に木に覆われているこのエリアにあって、なぜか木が一本も生えていない小高い丘。その頂上に何かが建っているのは遠くからでも見えた。


丘を登ってみると、《亜人の巣》や、以前見つけたもう一つのダンジョンよりも作りが豪華な神殿が一つ建っていた。


また他のダンジョンとは違って入り口は開け放たれており、すぐにダンジョンへと飛ばされることはなかった。


中に入ると壁一面に様々なことを描いた壁画らしきものと、奇妙な記号が書かれている。そして奥には、他のダンジョンでも見た扉。なぜか周りの装飾の中で、その扉だけが奇妙に浮いて見えた。


とはいえ、他のダンジョン同様扉に触ったらダンジョンへと進むようだ。しかし、この社はそれ以外の点が興味深すぎる。


扉の手前には、演説でもするかのような台があり、その上には奇妙な像が乗っていた。


酷く風化して表面が削れいているが、脚のついた翼を持ち、さらに複数の脚を持つ蛇だということは見て取れる。奇妙なことにその脚のうち数本は、先が切断されたかのように無くなっている。


これは何を表しているのだろうか。像が存在する以上、その題材となった何かがあるはずだが、この像は抽象的すぎて想像がつかない。色々な物を混ぜてみただけのようにも見えるし、具体的なものではなく、抽象的な恐怖などを具現化したものなのかもしれない。


ダンジョン名は、《深き森に棲まうモノ》。更に扉を触った際に、中級ダンジョンであり、適正レベルに到達していないと告げられた。まだ俺が挑むべきではないレベルにあるということだろう。


何が出るのだろうか。森といえばやはり虫、あとはトレントなどの木系統のモンスターだろうか。気になったが時間もないので挑戦するのはやめて引き返すことにした。場所の記録だけは一応してある。あれだけ目立てば次見逃すこともなさそうだが。


崖まで戻り、十字の傷跡のある木を確認した後、そこから上へと戻る。帰りはとくに大型モンスターに出会うこともなく、拠点まで戻ってこれた。元々こちら側は木が多く大抵の大型モンスターは生息しにくいようで、以前雷光をまとっていた狼型の大型モンスターと、巨大な鳥モンスターしか見かけていない。


今日発見した新たなモンスターを入れても、このあたりは大型モンスターがあまりいないようだ。大規模な拠点を作るならこういう場所のほうが安全そうだが、あいにくと地面がボコボコで到底無理そうである。


少しばかり長く探索していたため、拠点に戻る頃にはすでに太陽は丘の向こう側に隠れていた。


焚き火と篝火に火をともし、夕食用のお湯を沸かす傍た追加のピッケルとホルダー、リストバンドを作る。


いつもなら“料理”スキルの《加工促進》というスキルを使って湯を早く沸騰させたり煮込む時間を短縮しているのだが、今日は生産をするのでそのままにして自然と沸騰するのを待つ。


湯が沸騰した後は一旦ピッケルを作る手を止めて食材を放り込み、再び生産に戻る。ピッケルもホルダーも作るのが二度目ということもあって、手早く作ることが出来た。


新しいピッケルを装備する位置だが、左の腰にはマジックバッグを装備しているので、ホルダーを付けることが出来ない。そこで、マジックバッグの下、太ももの側面に装備することにした。これなら、左手でピッケルを引き抜くことが出来る。それに合わせて、左足にまいていたナイフホルダーを右足に移動させる。


自分で言うのも何だが、本当に重装備になってきた。だが、探索するにはこれが楽なのである。


生産が全て終わったところで料理を完成させ、夕食、時間帯的にはすでに夜食だが、のんびりと食べる。


美味しいものを食べる時間というのは、やはり至福の時間だ。体の芯から温まる。小麦粉があればスープの代わりにシチューを作ったりとバリエーションが増すのだが、無いものねだりをしても仕方がない。


スパイスも無いのが残念だから、そちらは次街に戻ったときに買い込んでおこう。


食事を終え、生産の片付けも終えてテントに入る。明日は北東へ探索するつもりだ。後少しこのあたりを探索したら、更に北進して山に挑んでみようと思っている。何があるのか、本当に楽しみだ。

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