83.コリナ丘陵-16
岩柱の拠点を出て4日、予定通りに現状最北の拠点にたどり着いた。
最北の拠点は岩をくぐった先にある。腰をかがめてやっと通れる程の隙間の向こう側に、周囲を岩に囲まれた空間があるのだ。ここを見つけれたのはナツとフユのおかげである。二匹が突如として岩の中へと消えたので、あわてて追ってみるとここが見つかったのだ。
一部の岩の隙間から水が流れ出して小さな泉になっていて、少量の水ならそこから汲むことが出来る。
拠点の中には木も数本生えていて、上から見ても拠点の全体が完全に見えることはない。お守り程度だが、その御蔭で空からのモンスターに襲われにくくなる可能性もあるので拠点内の木はあえて残している。
ひとまず、この周辺の探索はまだしっかりとは行えていないのでここにテントを張り、明日以降は周辺の探索を行っていくことにした。
別に完全な地図を作るつもりはないので、完璧に周囲を探索する必要は無いのだが、どこかにダンジョンがあるかもしれないのでもう少しだけこのあたりも探索することにしたのだ。
その後は更に北へと進んで見るつもりである。このあたりの丘の上からは向こう側に広がっている山が見えている。あの山々には二日もあれば辿り着けるだろう。
山に挑むためには少しばかり装備も改造しないといけないが、それは俺の技術で十分にできる。
まだ昼過ぎなので、外に出てファシリカを3体と鳥を数匹狩ってくる。このあたりは岩柱の拠点周辺と比べて傾斜が急だったり地形が荒かったりするので、コフトやヒストルなど比較的なだらかな地形を好むモンスターは出現しない。
主に山に適応しているファシリカやジンフィア、アーカンの住処である。他には鳥系の小型モンスターも多く、食料と矢羽を確保するには最適な場所だ。
3匹のファシリカからは肉が一つしか入手できなかったが、鳥をそこそこの数倒したことで十分な肉を確保できた。
以前この拠点にいた期間は短く食料の備蓄が全く出来ていないので、干し肉を作って置いておきたいのだ。今日は幸い晴れているし、天候が悪化する前に干し肉を作ってしまいたい。
鳥2羽分の肉は夕食に食べるように置いておくとして、残りの鳥肉とファシリカを細かく切って、干し肉製造機にのせて太陽の当たる位置に置いておく。
拠点の中に置いておいても、匂いを嗅ぎつけた他の鳥に食べられる可能性があるので近くで見張っておく。
見張っている間は、この拠点用の篝火を作っておいた。自分ひとりなら“梟の目”を装備していれば多少暗くても問題ないのだが、他のプレイヤーがここを使う可能性はあるし、何より“梟の目”を装備していると、焚き火や夜の闇が奇妙に明るく見えるので、夜に出歩くとき以外はスキルを外しているのだ。
篝火は二つ、泉付近と、入り口付近に設置する。この拠点の広さは岩柱の拠点と比べて狭いので、この二つで十分に隅々まで照らせるだろう。
夜になったので焚き火に火を入れ、干し肉を小屋の中にしまう。まだ乾燥しきってないが、外に出しておくと霜が降りてだめになる可能性があるのだ。
夕食はいつもと同じくスープと串焼き肉である。外に狩りに出たときにガーレが見つかったので、今日はそれを4分の1使い、いつもより具だくさんなスープを作った。
夕食を食べた後は武器の手入れと矢づくりをし、テントに入って眠りにつく。明日からは拠点を軸にして探索だ。
どこかを目指して進むというのと、帰る場所があってぶらぶらと歩き回るというのは安心感が全く違う。しばらくは落ち着いて探索ができそうだ。
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翌朝、干し肉とスープの朝食をとった後外へと探索に出る。ここから北の方へはいずれ出向くので、今日は東の方角へと探索する。
このあたりの地形は岩柱の拠点周辺に比べて急でひたすら真っすぐ進むというのは困難であり、また崖や傾斜の向こう側、下側などに隠れたものを見落とす可能性が高いので、いつもとは探索の方法を変える。
いつもはエリア全体がある程度視界に収まるように開けている場所を無作為に歩いているが、このあたりでは高台をつなぐように歩くことにした。
高台から次の高台へと行き、そして上から見下ろして気になる場所があったらそこを目指して探索を行っていきたいと思う。
この方法では見落とすものも多くなるだろうが、どちらにしろ一人でエリア全体をくまなく探索し切るというのは困難だ。
木々に隠れて興味深い何かがある可能性もあるが、そこまで気にしていると先に進めないのだ。見落としたときは運がなかったのだと思うことにしている。
「ダンジョンが見つかると良いがな」
一方で、上から見下ろしていればダンジョンの発見は比較的容易いだろう。
今の所俺の見つけたダンジョンは二つ。そのいずれも周囲をそこそこの広さのむき出しの土に囲われており、自然の中に紛れ込んでいるとは到底言えない様子だった。木も生えていなかったので上から見ても発見は容易いはずだ。そうでないダンジョンが存在する可能性も十分にあるが、その時はその時である。
ただ、そこまでしてダンジョンを隠すことはないのではないか、という予想もある。自然に紛れ込んだダンジョンがあるのなら、それらしき痕跡、傾向が自然の中に見うけられるはずだ。そういった痕跡に注意して探したい。
ひとまずは、拠点から出て左手の丘に登る。そこそこの高さにあるので、そこから見渡して次にどこへと進むかを考えよう。
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当初は一日探索する予定だったが、昼前に探索を切り上げて戻ってきた。
現状の装備でも十分に探索できるかと思っって出発したものの、それは誤りだった。拠点から東のエリアは特に崖や、脚だけでは登り降りできない急な傾斜が多く、現在の装備では踏破が困難だったのだ。
予定よりも少し早いが、山に挑む際に用意しようと思っていた装備を作ることにする。作るのはピッケルと、靴の裏につけるスパイクだ.
また、崖を登る際はマントを装備しているわけにはいかず、ズタ袋も手で保持しておくことが出来ないのでズタ袋を背中に固定するための金具も必要だ。
崖を迂回しながら進む方法もあるにはあったのだが、そこそこに手間だし、どうせ山に挑むときにはこれらの装備が必要になるのだから先に作っておいたほうが良い。
拠点に戻ってすぐに焚き火に火を入れる。やはり段々寒くなってきているようで、生産をするときは昼間でも火が無いとかなり寒い。
携帯炉を設置して火を入れ、鉄鉱石を放り込む。鍛冶師なら適当な薪ではなく優れた火力の出る木材を調べて使っていたりするのだろうが、俺は武器を作るわけではないし使うのはただの鉄なのでそこまでこだわらなくて問題ない。
鉄鉱石が解けたところで一度取り出して叩き、インゴットへと整形する。この世界での金属は、一度インゴットの状態を経て加工しないとその強度を大きく失うので注意が必要なのだ。
インゴットにした鉄を二つに分け、薄く伸ばしながら加工する。
今俺が履いているのは厚底の革靴なので、それと結合させるためにスパイクのとがった部分とは別に、細い部分を作っていく。
本当ならこういう細かいパーツは型を作って鋳造したほうが早いのだろうが、たった一人分のパーツのために型を作るのは手間だし、何より今の俺は鋳造のための道具は流石に持っていないのでそれが出来ない。だから一つ一つ丁寧に金槌とペンチを使って加工していく必要があるのだ。
スパイク部分が完成したところで、今度は靴を改造する。
本来、生産に対応したスキルを持っていない、もしくは加工に十分なレベルに達していないプレイヤーが道具や服を改造しようとするといきなり生産失敗となって黒い煙が発生し、道具の耐久度が大きく低下するか、悪いときはいきなり消滅するようになっている。
だが、俺は“魔物素材加工”スキルを持っているので、モンスターの革を素材に作った靴などの改造をする事ができるのだ。
靴の裏の厚い部分を一旦外し、スパイク部分を当てて場所を確認した後何箇所か小さく長方形に切り抜く。そして別の革からもまた、その穴より少し大きく欠片を切り抜く。
スパイクを靴底に当て、固定する部分に上から重なるように革の欠片を引っ掛ける。その革の両端を靴底の革に縫い付けてようやく、一部分固定できた。後はスパイク全体を同様に靴底に固定していく。
それが両足分終わったところで、今度は靴底の補強に取り掛かる。
元々靴底になっていた分厚い革にはスパイクを取り付けるために穴を開けてしまったので、足の裏と接する部分にもう一枚分厚い革を重ねておく。これはスパイクの金属部分が直接足に触れないようにするだけでなく、寒さを緩和するためでもある。
スパイクのついた革と、足の裏と接するもう一枚の分厚い革をつなぎ合わせたところで再び靴を組み立てる。
ついでなので他の部分も革を重ねて分厚くしておいた。
早速履いて少し歩いてみる。
スパイクがついた分重く感じるが、動きが阻害されるほどのものではない。元が相当軽かったので、金属が少しついたくらいでは大した問題ではないのだ。
またスパイクだが、土の上を歩いているからか、スパイクが付いているという感じがしない。おそらく地面にスパイク部分が刺さることで衝撃が伝わってこないのだろう。
使用感には問題が無いことが確認できたので次はピッケルの製作に移る。ピッケルもまた鍛冶師が作れば武器として運用することが出来るが、俺は鉈が近接戦における武器なので使うことはないだろう。
先程同様に鉄鉱石を溶かし、インゴットに変える。
ちなみに靴に付けたスパイクだが、一つだけ困る点がある。それは、木に登ったときに木を傷つける事があるということだ。多少の傷なら木は問題にしないだろうが、特に目的も無く傷つけてしまうというのは嫌なので少し木に登るのは控えることにする。
ピッケルに使う鉄インゴットは二つ。用意できたところで早速溶かして二つのインゴットを合わせる。
俺がピッケルを使うのは岩に引っ掛けたり突き刺したりして登るのが主なので、片刃で十分だ。
ピッケルの金属部分が出来たところで、今度は持ち手の部分を木材で作る。あちらの世界では全体が金属のピッケルもあったのだが、それを鉄でやると大変なことになるだろう。
持ち手は直線ではなく、上に持ち上げたときでもつかみやすいように少し湾曲した形にする。そして両端に大きさの違う二つの穴を開けた。
大きい方の穴には先程作ったピッケルの金属部分を通して固定する。その際に、金属部分を持ち手の穴に通すだけでなく、金属部分の小さな穴に木の棒を通して、それを持ち手に縛り付けることで抜けにくくした。
さらに念の為に、金属部分と持ち手が接している部分を十字にきつく縛っておく。これでおそらく抜けないだろう。
末端部の穴には、ロープを通して結びつける。これは崖などを登っている最中に手からすっぽ抜けて落ちるのを防ぐためだ。
最後に、腰につけるピッケルホルダーとリストバンドを革で作る。
ピッケルホルダーはベルトに取り付ける簡素なもので持ち手が入るのは革の袋部分であり、上からピッケルを通したときに金属部分が引っかかり、また金属の尖っている部分が革のカバーの中に半分隠れて蓋をできるような構造にした。これで普段は尖っている部分は革に隠れているので危険ではないし、取り出したいときには片手で蓋を開けてピッケルを引っ張り出せるようになっている。
このピッケルホルダーと新しく作ったリストバンドには、それぞれピッケルに結んであるロープをつなぐために一箇所革でリングを作っている。
本当はカラビナを作れるとワンタッチで装着取り外しができて楽なのだが、そんな技術力はない。
直接ピッケルホルダーやリストバンドの小さな穴に結ぶと邪魔なので、それぞれに金属製のリングを取り付け、ロープをそれに結びつける形で運用することにした。
手首のリストバンドも、普段は金属製のリングを手の甲側に回して寝かせておけば篭手に隠れて邪魔にならない。
一通りの装備が完成する頃には夕方になっていた。それほど多くのものは作っていないが、細かい部分を作るのにだいぶ時間がかかってしまった。
「ああ、後はズタ袋か」
夕食にしようとしたところで、ズタ袋を固定する金具を作っておくのを忘れたのを思い出した。夕食の後に作ってしまおう。
夕食はいつもどおりスープを作り、さっさと平らげる。
夕食の片付けを終えてすぐに生産に戻る。
ズタ袋の固定のために作ろうと思っているのは、体に斜めにかけるベルトのようなものだ。名前は知らないが、昔の軍人がかけているあれだ。
あれを作って全面の上の方に金具を取り付け、そこからズタ袋を背中側に回してかけておこうと思っている。更にズタ袋本体が背中で暴れないようにするために、ズタ袋を固定している斜めがけのベルトとは別に、もう一本斜めがけのベルトを、今度はズタ袋の上から巻くことで固定しようと考えている。
これなら外すときを外して金具を外せば、簡単にズタ袋を使うことが出来る。
二つのベルトでしようとしていることを一つのベルトですることも出来るのだが、そうするとそのベルトはズタ袋を固定する専用のものになってしまう。
俺はそれだけではなく、ズタ袋を抑える方ではなくどうに直接巻く方のベルトには、後々ナイフやポーションをつける事ができないかと考えているのだ。
つまりは腰回りに鉈やピッケルなど様々な物を装備するようになって色々な物を引っ掛けておく場所が少なくなっているので、そのための拡張性を持たせたいと考えているのである。
斜めがけベルト作り、今はズタ袋から伸びる紐を結びつけるための金具だけを取り付ける。他のラックは後々増やしていけばいい。
更にその上からかけるベルトは大きささえあっていれば問題ないので、見栄えを整えるだけで完成だ。これでズタ袋をかけるための装備は完成である。
更に今更気づいたのだが、それに合わせて弓入れを改造する必要が出てきた。
今まで弓入れは背中に斜めに背負っており、ズタ袋はその上に適当にかけていた。
だが、これからはズタ袋は普段から背中に固定していることになったので、戦闘の前に簡単に放り出すことも出来ない。そのため、ズタ袋と干渉しないように弓を背負う位置を変える必要があるのだ。
改善方法は至ってシンプルで、弓を背中の左半分、ズタ袋を右半分に背負うことである。弓は左手で握るものなので場所の問題はない。後は弓入れの傾きを調整して弓が背中の左側にまっすぐ来るように調整するだけだ。
元々の弓入れの帯を短くしたりしても良かったのだが、今使っている弓入れは初期の物をそのまま使っているものなので、この機会に合わせて新しく作ることにした。
革をいい大きさに切って糸で縫合し袋の形にする。俺の使う弓のサイズも大きくなっているので以前よりも一回り大きな弓入れにした。
弓入れが完成したところで、早速ズタ袋、ピッケルホルダーを合わせて装備する。
「…随分と重装備になったな」
今までと違ってマントをズタ袋の中に閉まっているので軽装になっているはずなのだが、色々と体に装備するものが増えたおかげであまり身軽になった気がしない。まあ歩いたり崖を登ったりするのに問題ないからそれほど気にはならないが。
色々と作るものがあり、途中で作らないといけないものが増えたりしたおかげで随分と夜遅くになってしまった。
だが、おかげで明日探索する用意が整った。これで準備は万全だ。
一度装備したものを全て外してテントの隅に置き、寝袋にもぐりこんで眠りにつく。
俺は一人でも探索すると決めているからこれほど様々なことをする必要性に駆られているが、フォルクたちと一緒に行動していれば、またはジント達に協力してこちらに拠点を気づいて生産職を呼び込んでいれば、これほど大変ではなかっただろう。
だが、それでは物足りない。時間のかかる拠点づくりをするジントたちはともかく、フォルクやトビアは合流すれば一緒にこちら側を探索できただろう。
だが、この大自然の中では、俺は一人でいてみたいと感じるのだ。
ときには誰かと共に行くのも良い。
だが、最後はやはり、俺は一人で行きたいのだ。一人で、この大自然を行きたいのだ。
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