82.コリナ丘陵-15 旅人はまた一人

翌朝、昼ごろまでしっかりと休みを取ってタリアたちは街へと戻っていった。俺はここで別れるという約束は最初からしていたことだ。


ユーリやタリアは別れを惜しんでくれた。人と関わるつもりがほとんど無かった俺に別れが惜しんでくれる友人が出来るというのは不思議なものだ。


彼女らを見送ってすぐ、俺もまた北に向かって出発する。この辺りはもう十分に探索してしまっている。北にはすでに更に先の拠点を築いているので、ひとまず4日かけてそこまで歩く。探索はそれからだ。


三匹はタリアたちに預かってもらった。三匹も彼女らのことを好んでいたようだし、この先俺が危険な場所の探索や危険なモンスターと戦うことを考えると、三匹と一緒にいるとあいつらに危険が及ぶ可能性があるし、俺があいつらを置いていかざるを得なくなる可能性もある。


それなら、俺よりは安全な場所にいる予定のあるタリア達に預かってもらったほうが安心だ。


「旅人は一人、か」


そこそこの期間常に誰かといたため、一人で歩いていると一抹の寂しさを覚える。だが、同時に自然との一体感も感じている。


一人でいるときの俺は、完全に自然の一部として存在しているように感じるのだ。


次に街に戻るのはいつになるのか。防具が性能不足になれば戻らざるを得ないが、今から行くのは街まで少なくとも10日はかかるような場所だ。そう簡単には戻れない。


ごちゃごちゃと考えているが、結局のところ、俺は今から一人で冒険をするのだ。未知なる景色、未知なるアイテム、未知なるモンスターを探して、わくわくするじゃあないか。


******


ジントたちと別れて二日目の夕方。そろそろテントを張ろうかと言うところで、再びあの気配を感じた。雷を纏った龍が近づいているときに感じた、あの肌がざわつく感じ。しかもだんだん強くなっている。だが、今回はなにか違うようにも感じる。


ひとまず近くの丘の頂きへと上がり、遠くを見渡す。先程から吹き始めた風が少し強くなっており、肌寒い。


そして、見えた。


西の方角、今まさに地上へと降りようとしている一体の龍。遥か遠くなのでその存在は俺の視力でも細部までは詳しく見えない。


だが、少なくともあの龍は光っていない。あの龍が雷を纏っていないとああなるのか、それとも同じレベルの別のモンスターなのか。


前回、前々回と雷の龍を見たときは夜で気づかなかったが、あのモンスターが接近してくるのに合わせて、周囲から風以外の音が消えた。森が静まりかえっている。


おそらくは、あのモンスターを恐れて。


あのモンスターを近くで見たい、観察したい、そして戦ってみたい。そう思うと同時に、今近づいても何も出来ないだろうという予想もある。


風が激しくなってきた。いつの間にか空も分厚い雲に覆われている。


早めに風を防げる場所を探してテントを張ろう。これだけ距離を取っていればあのモンスターに気づかれても襲われることもあるまい。


岩の隙間、風のあまり入ってこない場所を探してテントを張る。今日は焚き火は目立つので無しだ。


テントをいつもより厳重に地面に固定する。このコリナ丘陵では、雨は降ったことはあるもののこのように強い風が吹いたことは一度もない。気候的に風はそれほど強い土地ではないと思っていたが、そうではなかったようだ。


テントに潜り込み、干し肉を二つ食べる。密封性もそれほど高いわけではないので、テントの中まで風が吹き込んできて寒い。三匹がいるありがたさをこんなところで痛感するとは思わなかった。


一度寝袋に潜り込んだものの寒かったので、普段は革鎧の上に来ている防寒具とマントを着直して寝袋に潜り込む。これだけ厚着すれば寒くはない。


明日にはこの荒れた天候が収まっているとありがたいが。


******


翌朝、目を覚まして外に出ると、まだ昨晩のように風が吹き荒れており、雲が凄まじいスピードで動いている。


「異常気象ここに極まれり、だな」


異常気象には何かしらの原因がある。この世界で一番考えやすいのは、なんだろうか。


ゲームだからそう設定されている、なんてことは無いだろう。あの男が、こんな生態系の成り立つ世界を作ったあの男がそんなつまらないことをするとは思えない。


考えられるのは、やはり魔力の異常だろうか。


俺は魔力の存在を直接感知するすべを持たないが、“魔力探知”というスキルが存在していることから、この世界では至るところに魔力が存在していると考えられる。


岩柱の拠点で岩から生えている木や異常な成長を果たしている大樹の存在を考えると、そういった何かしらのエネルギーが存在していると想定できる。何より、そう想定して行動したほうが面白い。


魔力に影響をもたらす存在があるとするとなんだろうか。魔力そのものが不安定な存在で揺らぐのが当然だというのも考えられる。


色々と想像はできるが、実際に魔力がどういうものなのか、そして異常気象の原因になっているのかを探るためには、やはり魔力を探知する手段を考えておいたほうが良いかもしれない。


「とりあえず、出発だ」


昨晩はテントを張ってすぐに寝たので片付けるものも特に無い。すぐに出発し干し肉をかじりながら北に向かって歩く。


昨晩のモンスターはどこに行っただろうか。今はまだ遭遇しないことを祈っておこう。


******


昼食休憩も少ししか取らないで北に向かって歩いていると、次第に吹き荒れていた風も収まってきた。


風が吹いているとこれだけ厚着していても顔などが寒かったので、風が弱まってくれたのは素直にありがたい。


そしてそのおかげで、風の原因はここよりも南、俺が抜けてきたエリアにあることも想像できた。このあたりは大まかにしか探索できていないので確実なことは言えないが、何もおかしなものは見当たらなかった気がするのだが、何かがあるのかもしれない。


光る花と雷の龍の関係もまだわかっていない。光る花のあるところにいるときにだけ目撃し、しかも頭上を通ったので何かあるとは思うのだが、こちらはまったく検討がつかない。


雷の龍が花を守っているというわけでもないようだったし、ただの偶然、という可能性も十分にありそうだ。


北に進むほど崖など複雑な地形が多くなってきて進むのに時間がかかる。以前コチラに来たときは天候がよく、遠方に山も見えたので段々山の領域に入っているのだろう。


景色のいい崖の先端付近にテントを張る。昨日と違って空には雲がないので、ここからなら美しい空が見えるだろう。やはり自然を探索する醍醐味の一つは、美しい景色を見ることなのだ。


ここ数日は簡素な食事ばかりだったので、今日は奮発してしっかりとしたスープと串焼き肉を作ることにする。


テントを設置し焚き火を組んだ後、まだ明るい間に近くで鳥を二匹狩ってくる。二匹とも肉をドロップしてくれたので助かった。


革袋から水を鍋に移して沸かし、干し肉と鳥肉を少し、それにハーブとオニオを切っていれる。近くでガーレという葉野菜とハーブの特徴を併せ持つ植物を探したのだが、残念ながら見つからなかったのだ。


食後にコーヒーがあるとなお雰囲気が出るのだが、無いものは仕方がない。そのうちどこかで見つかるだろう。


スープを煮込んでいる間に鳥肉を小さく斬り、串に刺して焚き火の側に立てる。これでスープが完成する頃にはいい具合になっているだろう。味付けは単純に塩だけだ。


唐辛子粉のようなものも採取した実から作ることは出来たのだが、肉にいきなりかけても美味しくなる気がしなかったので今回はやめておいた。代わりに唐辛子粉は、スープに少しだけ入れている。


スープが出来たところで、今日は椀ではなく木のカップに次ぐ。ゆっくり食べたいので空気と接する面積を減らして冷めにくくしたいのだ。鍋もいつものように火から降ろさず、ぎりぎり熱が伝わるぐらいの高さで火に当て続ける。これですぐに冷めることはない。


まずはスープを一口。肉とオニオの旨味の中に唐辛子の辛味が入り混じっており、体がほかほかしてくる。この唐辛子は寒いところでの料理にはもってこいのようだ。


続けて鳥の肉を一口食べる。鶏よりも歯ごたえがあるが、妙な臭みははなく美味しい。臭みはないが肉としての旨味はあるので、なかなかに食べやすい鳥だ。


少し腹が満たされたところで一息つき、スープを少しずつ飲みながら天球を見上げる。“梟の目”は空を見るには邪魔なので外しておいた。


空一面の星空だ。こちらの空には、月は見当たらない。


一面に、星、星、星。しかも空気が澄んでいるからかそれぞれの光がはっきりと見える。


正面に視界を戻すと、崖の先に広がる丘陵の景色が星の淡い光に照らし出されて少しだけ見える。


こちらがわで生活しているとはいえ、毎日こんな風に美しい景色を見ているわけではない。だからこそ、何度見ても美しいと感じる。


空や丘陵の風景から視線を戻し、残っている串焼きを食べる。


スープはまだ少し残っているが、もう少しこうしてのんびりしていたいのでゆっくりと飲もう。

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