81.コリナ丘陵-14
「そろそろ見えてきたぞ」
「え、どれどれ?」
「この丘を登りきれば見える」
コリナ丘陵を歩いて4日、ようやく岩柱の拠点が見える位置までやってきた。俺の視界には先程一瞬岩柱の先端が見えたが、背の低いタリアには見えなかったようだ。
丘を登りきると、眼前に巨大な岩の柱が立っているのが見えた。森となだらかな丘の中に巨大な岩の柱が生えている様は、歪なのに自然に感じる。
「わあ…」
「大きい…」
「あいかわらずでけえな」
もっと手前の丘の辺りからもその存在は俺には見えたが、俺よりも視力の低い他のメンバーにはよく見えていなかった。だが、これだけ近づけばその大きさもわかる。街にあるどんな建物よりも遥かに大きく高い岩柱の威圧感は凄まじいものがる。
「もう少しだ。行くぞ」
皆に声をかけて岩柱の拠点に向かって歩く。後30分もあれば着くだろう。
******
「つい、たー!」
「あー、疲れた。遠かったねー」
「とりあえず中に入るぞ」
岩柱の前までたどり着き、思い思いに歓声を上げる皆を促して岩柱の中へと入る。
洞窟の入り口へとつながる部分も歩いて登れるようなものではなく、這い登るようなものなので互いに手を貸し合いながら登る。
ステータスの恩恵によって身体能力が高くなっていることがかなり役に立つようで、ジントがアルを、マナミがアキハを背負って登り、セブンはタリアとマーシャ、ユーリを軽々と引っ張り上げていた。
「登るのも大変ね。ユーリ、階段作らない?」
「勝手に作って良いんでしょうか。ムウさんに聞いてみないと」
後ろでタリアがユーリにそんな話をしているのが聞こえる。俺は面倒くさいし一人なら簡単に登れるから作る気はなかったが、作るというのなら別に構わない。
「ここだ」
前来たときから10日は空いているのでだいぶ懐かしく感じつつ入り口をくぐる。
「わあ、すごい…」
「素敵ですね…。お家みたい」
「本当に、拠点だね」
中の広場に俺が建てた小屋と焚き火用のスペースがあるのを見て生産職の三人が思い思いの感想を述べる。
「ジント、適当にテントをたてておいてくれ。昼食も任せる」
「おう。うし、テント立てるぞ。焚き火に近づけすぎないようにしろよ」
テントを立てる方はジントに任せておいて、俺は二つの篝火と焚き火に薪をくべ、火を入れる。
「ムウくん、それってあれだよね。大河ドラマでよく見る、あの…」
「わかるよ、待って思い出す」
興味深そうにタリアとマーシャが近づいてくる。
「篝火か?」
「それ!それも自分で作ったの?」
「昼間はまだ光が入ってくるが、夜になると真っ暗だからな。俺は皆と違って魔法で明かりは出せないし」
聞くところによると、タリアは鍛冶師故に火魔法を取得だけはしているらしく、明かりを出すことぐらいはできるそうだ。
一方の俺は、自分では明かりを出せない。だから篝火などを必要とするのだ。
「でもさ、それって拠点作るなら必要にならない?ずっと魔法で明かり出しとくわけにもいかないし」
「そうね。私もそんな気がしたの。ねえムウくん、細かく見させてもらって良い?」
「火傷はしないように気をつけてくれ」
「はーい」
篝火に見入っている二人を放っておいて、焚き火の方へと戻る。テントの設置も終わり、アキハとシャーリー、ユーリが昼食を作っているようだ。
「ムウさん、食料ある?夜の分が足りないかも」
俺の接近に気づいたアキハがそう声をかけてくる。
ジントたちがいないところを見ると、外に探索兼食料採取に行ったのだろう。あの三人は俺がいるから安全だとでも思っているのか、休憩時間などによく三人で探索に行くのだ。
「そこの小屋にあるものは適当に使ってくれ。干し肉とオニオぐらいならあるはずだ」
「ほんと?じゃあ使わせてもらうね」
アキハが小屋に向かって扉を開け、そして歓声を上げる。
「わっ、なにこれ!ムウさん、アイテムがめっちゃある!」
「それは倉庫だ。持ちきれないアイテムとか色々置いてある」
そう言えば、前ここに皆を泊めたときは倉庫の中を見せなかった。
「何、倉庫?私も見たい」
「タリアお先!」
「あ、マーシャ!」
アキハの歓声に触発された二人が倉庫の方へと駆け出していく。
なんというか、初めてタリアに会ったときはできる年上の女性だと感じたのだが、ここ数日一緒に旅する間にだんだん子供っぽいところもあるのだなというのがわかってきた。
一緒にいる時間が多くなったことで様々な表情を見ることができるようになったのだろう。
アキハが倉庫から戻ってこないので代わりに俺が料理を手伝い、三人でスープを完成させる。
スープの匂いにつられたのか、久しぶりに拠点にはしゃいで中を登ったり降りたりしていた三匹が近づいてきた。
三匹には先にスープをついでやり、探索に出ていた三人も戻ってきたので皆で昼食にする。
「なあムウ、昼食後の予定とかはあんのか?無かったらちょっと探索に出てきたいんだが」
昼食を食べながらジントがそう尋ねてくる。
「タリア達次第だ」
今回の護衛依頼はタリアたちから出されたものであるし、色々な判断や決定は俺が下しているとは言え彼女たちに予定を聞くのが筋というものだ。
「良いわよ。私達はここからほとんど離れないし。ちょっと森の中を歩くぐらいなら護衛はムウくん一人でも大丈夫でしょ?」
「問題ない」
「わりいな。夕方には戻るぜ」
「ああ」
昼食の片付けをした後ジントたちが探索に出る。三匹は雰囲気を察したの、いつもはじゃれついているアキハやシャーリーについていくことはなかった。代わりに俺やタリアの方へと近づいてくる。
「ユーリ、時間があるなら弓の稽古をするぞ」
「あ、はい、お願いします!」
ここ数日昼の休憩などで実際に矢を射る訓練をしたが、それも短時間ばかりだ。今日は時間が余っているし丁度いい。
「ムウくん、ユーリの稽古が終わった後でいいから森の中を歩いてもいいかな。少しでもこっちのことを体験しておきたいの」
「わかった。一時間ほどしたら呼びに来る」
「ありがと。それまでは倉庫とかのぞかせてもらうね」
「ああ」
初日は疲れ果てていたタリアたちだが、段々慣れてきて最近では焚き火の作り方を覚えたり、水を汲みに行ったり野営をする場所の選別方法など様々なことを聞いてくる。こちら側に適応しようと必死で考えているのだろう。
空洞の入り口から、ユーリに手を貸しながら下へと降りる。俺が背負って降りようかとも提案したが、ユーリに拒否された。よく考えれば、いきなり女性を背負うというのは不躾というものだ。
岩柱周辺の平になっているところに俺の作った木の的を立てる。下手に森の木を的にして外した場合、何が起こるかわからないのでその対策だ。
「まあ稽古と言っても、ひたすら射るだけだ。しっかりと自分の体と弓の状態を意識しながら射ってくれ」
「はい。行きます」
弓を射るのに、心を落ち着かせることもルーティンも必要ない。とにかく体に覚えさせるのだ。
戦闘中に心を冷静に保つのは弓を使うことの前提条件であるし、それをわざわざやっている時間はないのだ。とにかく射る。突然の事態に遭遇しようが、仲間が攻撃を食らおうが、射る手を止めてはならない。それが普通の弓使いだ。
回復役兼任、索敵兼任となってくるとまた話は変わってくるが、ひとまずどんな事態状態でも矢を的確に当てることが出来るようになるのが弓使いの使命である。
ユーリはまだ弓に慣れていないので、無理して早射ちしないように伝えている。まずは、弓を射る形を体で覚えるのだ。
「右足をあと10センチ前に」
「こうですか?」
「ああ。ユーリは右足を引きすぎる癖があるから気を付けたほうが良い。完全に真横じゃあ矢が真っすぐ飛ばないんだ」
「わかりました」
そんな感じで一時間、みっちりとユーリに稽古をつけた。一時間程度だが、かなり弓に慣れてきたようだ。かなり上達が早い。
「そろそろ戻るか。タリアたちも待っている」
「はい、そうしましょう!森を歩くの、私もついていってもいいですか?」
「むしろついてきてくれないと困るな。一人で置いておくのは心配だ」
「ありがとうございます」
的を回収して、洞窟の入り口へと向かう。
「ユーリは上達が早いな。しっかり訓練すれば優秀な弓使いになりそうだ」
「ムウさん、お世辞は良いですよ?体を動かすのが苦手だっていうのは自分でもわかってますし」
「世辞じゃない。普通はこれぐらいの訓練じゃああんなに安定して当てれないぞ。それに、俺はあえて距離を遠くしているから難易度も高いしな。おそらく、矢を使わないで弓を引きまくったのが効いてるんだろうな」
「そうですか?そう言ってもらえるとなんか嬉しいですね」
えへへ、と照れたようにユーリは笑う。
「ユーリは生産がメインだと思うが、多少のアイテムをとるために臨時募集のパーティーに入って戦闘をしてみるのも良いかもな。弓が募集にひっかかるかはわからないが」
「そう、ですね。今までは何かを作って人に使ってもらうのが嬉しかったですけど、ムウさんと会ってから自分で戦ってみたいなって思いました。そ、そのことでムウさんにお願いがあるんですけど」
「何だ?」
「その、弓だけじゃなくて、ムウさんが普段戦いのときとか、歩いてるときに何を考えてるのか、教えてもらえませんか?迷惑じゃなかったらで良いので」
少しためらいがちにユーリがそう切り出す。本来、戦い方、探索の仕方というのはそれぞれが自分で編みだすものであり、よほど仲が良くなければ無償で聞き出そうというのは非常識にあたる。
だからユーリはためらっているのだろうが、俺はあまりその辺りの常識は気にしないのだ。
「じゃあ今日の夜に、簡単に話すか。全部を教えるのは時間がかかりすぎるから無理だが」
「本当ですか!?」
「ああ。簡単に話すから、後は自分で歩いてみながら色々試してくれ。そっちのほうがユーリも楽しいだろう」
「はい!ありがとうございます!」
「いや、教えると約束したのだし、出し惜しみは情けないからな」
「ふふっ」
「どうした?」
「いえ、何でもありません」
いかにも何かありそうな様子でニコニコしながらユーリが答える。まあ本人が何もないと言うなら無理に聞かなくても問題ないだろう。
正直、ユーリに弓について教えるのは楽しく、心が癒やされる。言ったことは素直に聞いてくれるし、成長していく様子を見ると微笑ましく思えるのだ。
初めはおどおどしていたのだが、慣れてくると色々と話しかけてくるようになり、正直に言って可愛い。俺が冒険に魅了されていなければ好きになっていたのかもしれないな、と想像する程度には心ひかれており、自分の態度が柔らかくなっているのがわかる。
とはいえ、まだ会ってほとんど経っていない相手にそんなことを考えるというのも失礼な話だ。態度には全く出さないように気をつけている。
「とりあえずタリアたちを呼んできて森に行くか。夜の食材も取っておきたいし」
「はい、そうしましょう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます