80.コリナ丘陵-13

翌朝、いつもより少し遅く目を覚ます。やはり昨日遅くまで起きていたので睡眠時間が足りずいつもの時間には起きれなかった。


テントの外に出ると、すでにシャーリーとユーリが起きていた。焚き火に薪をくべて温まっている。


「あ、おはようございます」

「おはようございます」


「おはよう。早起きだな」


寒そうに二人は身を寄せ合って座っている。実際朝方の今は一日の中でも一番寒い。かなり冷え込んでいる。


「さ、寒くて目が覚めました。寒い…」


「私は探検するのが楽しみで目が覚めちゃいました。でも寒いです。手袋持ってくれば良かったなあ」


ユーリは探索するのが楽しみで目が冷めたらしいが、それでもやはり寒いらしい。コートを羽織っているので体はそれほど冷えてなさそうだが、隙間から冷気が入ったり手袋をしていないので手が冷えたりしてそこから寒さを感じているのだろう。


「そうだな。みんなも朝は寒がりそうだし、温かいスープでも作っておくか」


「そうですね。起きてる私達で作っておきましょう」


「ムウさんは料理もできるんですか?」


「少しはな」


「すごい…」


ユーリは俺が料理をできることに対して感動しているようだ。


「大したものじゃない」


俺がしているのなんて“料理”スキルを取得して料理を可能にしているだけである。


レベル上げを積極的にしているわけでもないので《加工促進》というスキルもそれほど使えないし、俺の作った料理にはほとんど支援効果がつかない。本当にあちらの食事と同じものが作れるだけだ。


「水をくんでくるから鍋を貸してくれ」


「はい。お願いします。あ、あと薪もお願いできますか?」


「もう無くなりそうなのか?わかった」


予想していたより多く薪を消費していたようだ。おそらく昨晩俺がドラゴンの接近に気づいて眠らずに待っていたからだろう。どうせ適当な木を倒して薪にすれば良いので水を組むついでにしてくる。


川まで降りて水を汲み、一度鍋を置いて近くの木を切り倒して薪へと変える。薪を一度インベントリにしまってから鍋を持ち焚き火のところへ戻る。


「汲んできた」


「ありがとうございます。食材は私達が持ってきたのを使いますね」


「ああ。俺はあまり持ってきていないから助かる。使えそうな野菜を探してくることもできるが、いるか?」


俺がそう尋ねると、シャーリーは食料を入れているマジックバッグの中を確認してから答える。


「まだ大丈夫です。でも明日ぐらいにはあるとありがたいです」


「わかった。時間のあるときに探しておく」


このあたりで収穫できるのは風味の強い葉野菜に、唐辛子のような薬味に使える実と、山菜ぐらいのはずだ。大して料理道具を持ってきていない今は山菜を取ってきても調理に困る気がするし、葉野菜もどきを主に探してみよう。


「私も何かできることはありますか?」


シャーリーが料理に取り掛かり、俺が自分のテントを片付けている間手持ち無沙汰になったユーリがそう尋ねてくる。


「まだみんなを起こすには少し早いし、自分の分の弓でも作っておいたらどうだ?後で俺がお前にあった弓になっているか確認するから」


俺がそう言うと、ユーリの表情がぱっと明るくなる。


「そうします!」


すぐに生産道具と木材を取り出して弓を作り始めた。


料理はシャーリーに任せているので、俺も隣に座って自分の生産をする。矢はいくら作っていても良いので、手が空いたときは矢を作るのも一つの手だ。


そうこうしていると皆起きてきて、起きた順にシャーリーの作ったスープとパンを食べる。


ユーリは弓の完成には至らなかったようだが、途中でしまって朝食を食べていた。


全員が起き、鍋やテントの片付けが終わった後は再び北を目指して進み始める。シャーリーの作ってくれたスープで皆温まったようで、寒がっているメンバーはいなかった。歩いていれば体も温まるし、また夜までは耐えることができそうだ。


今日は天気もよく昼間は温まりそうだし、大丈夫だろう。


******


夕方近くになって再びテントを設営する場所を探す。ここは見覚えがある。確か、この人数でテントを張るのに丁度いい洞穴があったはずだ。


記録を頼りに、以前一人でテントを張った狭い岩の隙間と、それとは別に以前にも見つけた洞穴の場所を探す。


「うお、結構でけえ洞穴だな」


「何か中に住んだりしてないの?」


日中に大型モンスターを2体ほど見つけたのでタリアが若干警戒しているようだが、ここにはそんな気配はない。洞穴の中を確認してもそれらしき存在は確認できないの大丈夫だ。


少々通る隙間は狭くなるが、4つのテントを洞穴の中に並べて立てる。生産職の3人もタリアが主導して無事にテントを立てられたようだ。


シャーリーとアキハが料理をしている間、俺は特にジント達と相談することもないのでユーリに弓の使い方を教えることにした。


「弓は作れたか?」


「もう少しです」


ユーリが弓を取り出して作業している間、俺はそれを見ておくことにする。


ユーリが作っているのは、ほとんど真っ直ぐな状態の胴を曲げてそれに弦を張る弓のようだ。


生産スキルを取得している場合、もともと知識のないものに対してもスキルの補正によって作り方が分かる場合が多々ある。


それはゲームとして当然のことだ。大抵の人間は剣の組成や作り方なんて知らないだろうし、弓の明確な構造も知らないだろう。それでもそれらを作れないと、生産職そのものが成立しないのだ。


ユーリも弓そのものの作り方は知らず、スキルのアシストを使って生産しているようだ。


この世界の面白いところは、スキルによるアシストが100%ではないところだ。つまり、スキルの補助だけを頼りに武器を作っても最高のものは出来ない。スキルによるアシストを受けた上で試行錯誤して作らなければならないのだ。


ユーリもそれは知っているだろうが、まだ弓づくりに関してはそれほど試行錯誤していないのだろう。


「できました」


少ししてユーリが顔を上げる。


「よし、そしたらまずは弓の引き方を教える」


「引き方、ですか?」


「ああ。確かに武器の扱いはスキルを取得すればなんとなく体が動くから考えなくても使えるようになるんだが、それはあくまでスキルが教えてくれるからだ。自分で意識して行ったほうが動作も早くなるし無駄も省ける」


このあたりも面白いところだ。武器スキルにしろ生産スキルにしろ、スキルを取得しレベルを上げればいいというものではなく、自分の技術に対して鍛錬が必要なのだ。


大抵のプレイヤーはレベルを上げるために戦っているうちに技術が磨かれていくが、意識して技術を磨こうとすればスキルのレベルに対して高い戦闘力を獲得することができる。


俺自身もそうだが、フォルクなどが特にいい例だ。あいつはモンスターを斬るでもなくただただ武器を振っていることがよくある。本人曰く理想の剣筋を目指しているらしいのだが、そのおかげで彼はスキルのレベルに収まらない強さを手にしている。


それを説明するとユーリは納得してくれた。


「確かに、レベルを上げるよりも的に当てる練習をしたほうがうまくなれそうですね」


「特に弓は技術の差が顕著だからな。まずはスキルに合わせて弓を構えてみろ」


指示に従ってユーリが弓を構える。左手を前に、右足を引いて弓を前に突き出す。


「次は矢は無しで弦だけを引き絞ってみろ」


ユーリが腕で弦を引く。少し弓がユーリにとっては固いようで、腕がプルプルしている。


「少し弓が強そうだな」


「は、はい。ちょっと強く作りすぎました。作り直します…」


少ししょんぼりと、ユーリが生産道具の方へと戻ろうとする。


「いや、そのままで良い」


「え?」


ユーリだけでなく、近くで見ていたタリアとマナミも疑問の表情を浮かべている。


「でも、この弓は今の私が引くには少し強いです。だから合った弓を作り直した方が良いと思うんですけど…」


「どうせすぐに狩りに出れるわけでもないんだし、それを使って筋肉を鍛えたほうがステータスも上がる。それに今の引き方には少し問題があったしな」


「筋肉を、鍛える?」


ユーリが再び疑問の表情を浮かべる一方、タリアは何かを思い出した表情をしている。


「そう言えば、スキルのレベルが上がらなくてもトレーニングでステータスを上がるっていう話があったわね。ムウくんが言っているのはそれ?」


「そうだ。自分のステータスできつい弓を引いていればトレーニングになる」


タリアに答えておいてからユーリの方を向き直る。


「というわけだから、ユーリにはその弓が扱えるぐらいのステータスを身に着けてもらう。それに加えて正しい引き方もだ。まずは、俺が今から二種類弓の引き方を実演するから、どこが違うか、どっちが正しいか考えてくれ」


「は、はい」


俺は自分の弓を取り出して、二種類の引き方を実演する。


一種類目は、弓を下げた状態から弦を引き、それから正面へと構える方法。

もう一種類は、下に構えた状態から体を起こしながら弓を引く方法。


「違いがわかったか?タリアとマナミも答えてもいいぞ」


「弓を引いてから構えるか、弓を引きながら構えるか、の違いですか?」


「私もそれぐらいしか思いつかなかった」


「私も。違いなんてあった?」


「いや、それで合ってる」


「あ、合ってるんだ」


再び二つの動作をしてみながら、重ねて尋ねる。


「じゃあ、この二種類の引き方で力の使い方がどう違うか、わかるか?」


俺が幾度か実演するのを見ながら三人が考える。ユーリはそれでもわからないようで、自分で弓を引いてみて、はっとしたように顔を上げる。


「手で引くか、体、っていうか、背中、で引くか、ですか」


「だいたい当たりだ」


実際に体を動かすことにそれほど慣れていないのかうまく言葉に出来ないようだが、おおむねわかっているようだ。


「体全体で引くことを意識して引くとかなり楽になる。後は本当に反復して引けるようになるしか無い。理想としてはこれぐらいだな」


俺は弓を連続で十回引いてみせる。


「パーティーで戦うなら、これぐらいの速度で引いて当てれないと役には立てない」


「い、今、何回引きましたか?」


「10回だ。弓は剣なんかと違ってどこに当ててもダメージが稼げるような武器じゃない。だから味方の作った隙や、相手が急所を晒している瞬間になるべくそこにダメージを与える必要がある。そのためには短期間で連続して射る必要がある」


じっくり狙って、そして当てる、なんてことは誰にでもできる。だが、果たしてそれが役に立っているのだろうか。そんなことをするぐらいなおっとり刀で斬りつけたほうがはるかにダメーzが与えられる。


もちろん一人で遠距離から狩りをするならそう言う技術は必要だし、俺もそういう狩りはする。だが、それはパーティーで行う戦闘とは全く違うのだ。


「弓使いは、戦闘においては前衛に負担をかけることになる。だからこそ弓使いにしか出来ないことをやる必要がある。弓という武器による攻撃で言えば、相手の行動に関わらず継続的にダメージを与え続け、更に相手の目や脚といった部位にダメージを集中することで行動を制限することだ。それぐらいやらなければ、魔法使いなり剣士なりになって戦ったほうがはるかに役に立つことになる」


俺とて、同じレベルの魔法使いと比べて圧倒的にダメージを出せるとは思っていない。目や顔などの急所へのダメージと、手数で上回れる、といった程度だ。


「まあ、ユーリはとりあえずお試しだろうから、理想はそれぐらいということで練習してみてくれ」


「ムウくん、それレベル高すぎない?」


「生産職だから戦う機会はないかもしれないが、目標は高いほうが挑みがいがあるだろう?」


俺はタリアにそう返したが、ユーリは少しためらっているようだ。


「今のは理想程度に捉えてくれれば良い。ユーリが本当にしたいのは、弓を作ることだろ?そのために弓を自分でも使ってみて、ある程度慣れたらそれでもいいし、もしうまくいくようなら使い込んで見ればいい」


「…わかりました。私、がんばります!」


「あ、ああ、頑張れ」


どうやら俺が言ったことがレベルが高すぎて引いているのかと思ったが、やる気に火がついていたようだ。


「今は暗いから矢が入れないが、それは明日の昼にでも教える。後はひたすら弓を引く練習と、イメージトレーニングをしてくれ」


「わかりました!」


前向きな姿勢が眩しい。護衛の間だけしか教えるつもりがなかったが、放っていくときに罪悪感が生じそうだ。


ユーリが早速弓を引いているのを見ながら、俺は矢を作る。


夕食を挟んで矢を作り続けていると、弓を引く練習をしていたユーリが近づいてきた。他のメンバーはすでにテントに入っているか、夕食後の雑談をしているようだ。


「あの、矢の作り方も教えてくれますか?」


「ん、矢は特に難しいことはないが、そう言う事なら一緒に作ってみるか」


俺が作った鏃を使って、ユーリに矢作りを教える。ユーリの矢に合わせて作ったので、俺の矢より小さく細くなった。


「今は俺の持ってる素材をやるが、護衛が終わったら自分で取れよ。特に鳥は弓の練習になるし、ルクシア周辺で狙ってみるといい弓の練習になる」


「はい!街に戻ったら“弓師”スキルも取りに行きます」


「ああ、弓専用の生産スキルか。矢も作れるからあったら便利だろうな」


「はい!」


その後も二人で矢を作っていると、ナツがユーリの膝の上に乗ってきた。


「キャッ。ナツちゃん、どうしたの?」


ナツはユーリの服を軽く噛んで引っ張っている。


「そろそろ寝るか」


「あ、そういうことか。そうですね」


ナツが寝ようと誘いに来たのに気づき、生産道具や素材を片付ける。


「おやすみなさい」


「ああ、おやすみ」


生産をしていて気づかなかったが、俺達の他は全員すでにテントに入っているようだ。俺も一人テントに入り、、寝袋にくるまる。寝袋の中より焚き火の側のほうが温かいのは、俺のテントが一番焚き火から遠い位置にあるからだろう。


あと岩柱の拠点までは2日ほどかかる。思えば、なかなかに街から離れているのだ。一人では感じなかったが、、人といるとなぜか街から離れていることを強く感じる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る