79.雷統べる古なる龍

にぎやかだった夕食も終わり、疲れていた生産職の三人や年少組からテントに入って眠りにつく。実はこのあたりには夜になると咲いて光る花が生えていたのだが、それらが光り始める前に眠りについてしまった。また、次の機会があったら教えてやろう。


皆がテントに入って眠りについた深夜、俺は一人焚き火の側に座り込んでいた。手元にはアーカンの牙。待っている間、ぼうっとしているのもあれなのでアクセサリーを作っているのだ。


装備した際にステータスに影響するアクセサリーの数は一つなので今俺が新しいアクセサリーを装備してもステータス上は変化はないが、別にステータスは変化しなくても見た目は変わる。


胸元にはすでにネックレスをつけており、今まで倒してきたモンスターの牙や爪をひとまとめにして紐に通しているので、今加工している牙はネックレスとは別に紐にとおして手首に巻こうと思っている。


ゆっくりと牙としての形を損なわないように加工しながら待っていると、焚き火を囲うようにして立っているテントから誰かが出てきた気配がした。


そちらに目を向けると、コートを着たタリアが寒そうに立っていて焚き火の方へと近づいてくる。


「目、覚めちゃった。隣座っても良い?」


「ああ」


加工をしながら答えると、タリアが隣に座る。


「何作ってるの?」


「アクセサリーだ」


「見てていい?」


「…ああ」


別にアクセサリーを作っているところなど見ていても楽しいものだとは思わないが、本人が見たいと言うのだから何かあるのだろう。


しばらく互いに黙ったまま、俺は牙の加工を続ける。ある程度形が整ったところで穴を開けて紐を通す。


「牙の形はそのままなのね」


「せっかく牙として入手したんだ。わざわざ全部同じ形にすることもないだろう」


金属のアクセサリーならともかく、モンスターの素材を使ったアクセサリーなら形を生かしたい。


「ふふっ、そうだね」


その後、特に何を言うでもなく、タリアはニコニコと俺がブレスレットを装備するのを見守っている。


「…眠れないのか?」


タリアの様子が少しおかしいことに気づき、そう尋ねてみる。


「…うん、そう。なんか眠れなくって」


少し恥ずかしげにタリアがそう言う。


「疲れは溜まっていると思うがな」


「疲れてはいるんだけど、なんか目が冴えちゃって」


それっきりタリアは黙り込んでしまう。


「何か気になっていることがあるのか?俺で良ければ話を聞くが」


「ううん、悩みって言うわけじゃないのよ」


それから、互いにしばらく黙ったまま焚き火を見つめる。俺は無理に聞くつもりはないし、どうせ待っているものがあるのでそれまでは手空きなのだ。


やがて、ぽつりぽつりとタリアが話し始める。


「最初、このゲームから出られなくなったときはすごく怖かったわ。デスゲームになるんじゃないか、家族にはもう会えないんじゃないか、って」


「でも、だんだんそれが違うってわかって、とりあえずゲームを楽しみながらクリアを目指そう、って思ったの。それからは生産職として頑張ってきたわ」


「けど、ムウくんと話してると、それが間違いだったんじゃないかって思うの」


「間違い?」


「そう、間違い。私は、今までこの世界をゲームだと思っていたわ。でも、ムウくんの話を聞いて、このコリナ丘陵に来て、どうしてもゲームのようには思えなくなったの。なんて言えば良いのかな」


「…これは、攻略するようなものじゃない、って思ったの。それってもうゲームと言えないでしょ?」


「ほう」


「そんなことを考えてると、なんか眠れなくって」


「そうか」


再び沈黙の時間が続く。


「…ムウくんは、なんでこの世界をゲームじゃないと思えるの?」


その質問に、俺自身答えれる明確な言葉が見つからず少し考える。


「そう、だな。まあ自然があって生態系が存在するから、っていうのが大きいんだろうが、後は、このゲームだったから、現実と思えてるのかもな」


「このゲームだから?」


「ああ。VRで、かつ生きることに必要な色々なこともする必要があるこの世界だから、現実だと思える。これが例えばコントローラーで遊ぶゲームだったら、もしくはFPSでひたすら撃ち合うだけのゲームだったら、俺はそれを現実だと思っていないと思う。それに、今ここに立ってるのは、俺たちが作ったキャラクターでも開発者の用意した主人公でもなく、俺たち自身だからな。俺たちが先へと進むために、ここにいるんだ」


俺とて、生きていればいいと、いつまでも同じところにとどまり続けるつもりはない。力の限り先へと進む。それもまた、生きるということではないだろうか。


「そっ、か」


「何というか、明確に区別しなくてもいいと思うぞ。先へと進むために全力で攻略するのもまた生きることの一つの形だし、ここは誰かの作ったゲームの世界であると同時に、俺達に取っては現実なんだ。そう考えれば少しは悩まなくてすむ、んじゃないか?新しいエリアを目指して開拓することが、生きることになる。きっと昔の人達はそうやって生きてきたのだろうしな」


きっと、海を渡って巨大な大陸に行き着いた人々も、森と山を切り開き、大自然の中に生きる術を求めた人々も。


彼らは常に開拓者として、足元を固めながらも、先へ先へと進んできたのだ。


開拓、そう、開拓だ。今自分で言葉にして思ったが、これほど相応しい言葉は無い気がする。俺自身は、一人で新しい景色を目指す冒険者だ。だが、拠点を作り、プレイヤーの活動範囲を広げていく彼女らはまさしく、開拓者なのだ。


「開拓、開拓かあ。それいい言葉だね。私も今度から使わせてもらうわ」


「ああ」


「…そうね。この世界を開拓してくのも、私達の生き方よね。ありがとう、気が楽になったわ」


そう言ってタリアが立ち上がる。


「眠るか?」


「うん、明日はまた歩かないと行けないしね」


「…せっかくだ。後5分だけ起きていろ」


もうそろそろ俺の待っていた時間なので、タリアを引き止める。


「なにかあるの?」


「ああ」


「そう、じゃあもう少しだけ起きてようかな」


タリアが再びとなりに座る。


「何があるの?」


「見てのお楽しみだ」


しばらくだらだらと会話をしながら、時間が経つのを待つ。


「そろそろだな」


「もう教えてくれても良いんじゃない?」


タリアがそう急かしてくるので、北西の空を指す。


「あっちの空を見ていてくれ。見えてくる」


俺の目にはすでに小さな光の点が見えている。


次第にその光が大きく、そして光を放っているものが俺の目には捉えられるようになった。


「何、あの光。星?」


「もう少し近づけば本体が見えてくる」


少しして光がこちらに近づいてきて、その正体がタリアの目にも見える大きさになった。


「え、嘘、あれって…」


まっすぐ俺たちの方へと近づいてきたそれが、頭上を通り過ぎていく。


巨大な、光を放つドラゴン。ワイバーンなどと言うちゃちなものではない。遥かに巨大で、圧倒的な気配を放つ雷の龍。


体のあちこちに持つ尖った結晶や甲殻、そしてドラゴンの額から生える一対の角が雷を湛えており、その雷の輝きが遥かかなたからでも視認できた光だ。


屈強な四肢の先には大きな鉤爪を持ち、胴体から巨大な二枚の翼が生えている。下からでは詳しく見えないが、ファンタジーのドラゴンのようなとがった顔つきをしているようだ。


体表は鱗のような組織に覆われており、所々に鱗を覆う甲殻が見える。


そのドラゴンはこちらに目を向けることすら無いまま悠々と頭上を通過し、野営地に光をもたらした後南東の方角へと消えていった。以前と同じだ。


隣で一緒にドラゴンが頭上を通過する様を見ていたタリアは、呆然とした表情をしている。


「良いものが見れただろう?」


「あ、あれって、モンスターよね?すごくなかった?」


動揺した様子で問い詰めるように俺に尋ねてくる。


「相当強いだろうな。今日はあいつがここを通るのがわかっていたから起きてたんだ」


「あんなのがいるのに、ここは本当に安全なの?」


「さあな。絶対安全だとは言えないが、あいつが襲ってくるとは思えないから危険だとは思わないな」


「はあ、なんていうか本当に、大自然ね」


まだやつを見た余韻が薄れていないようにタリアが呟く。無理もない。俺も初めてやつを見たときは興奮ともなんとも言えない感覚に襲われて眠ることが出来なかった。


「用も済んだしもう寝るぞ。明日も歩くからな」


「そ、そうね。早く寝ないと」


タリアを促してテントに向かわせる。すでに夜遅い。俺は慣れているのでそれほど問題ないだろうが、タリアは疲れが蓄積していてはまずいだろう。俺も焚き火に薪を追加してからテントに入る。


あの龍を見るのは今日で二回目だ。どこにいるかなどわからないが、以前も今日と同じ光る花が咲いている場所で目撃したのと、あの気配でやつがくるというのがわかった。遥か遠くにやつがいるときでも、妙な肌のざわつきがあったのだ。そして待ってみれば案の定やってきた。


あの光る花と、妙な肌のざわつきが一応の目安となるだろう。


今後探索を続ける中であいつの正体に迫ることが出来るかもしれない。積極的に探してもそうそう見つかるとは思えないが、一応心の隅に置いてはいるのだ。


さて、俺も寝よう。明日もまた拠点に向かって歩かなければならない。

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